ミカドゲーム(11)

 下着の膨らみに唇をつけ唾液で湿らせると、胸先と同様に一層はしたなく形をあらわにした。柔らかな弾力を持つ根元を布越しに舐め吸いながら鼻先を硬い勃起に擦りつける。

 泳いだ後に使ったシャワージェルの爽やかでウッディなアロマに微かな体臭が混ざった栄の香り。何度も体を重ねて、痴態は目に、嬌声は耳に焼き付けているのに、一番生々しいはずの味やにおいはひとりの夜に思い出そうとしてもうまくいかない。体調や食べたもの、肌につけるものなど多くの要因に左右されるからだろうか。でもどんなフレグランスをまとっていても、栄は栄のにおいがする。

 もちろんそれは、どうしようもなく羽多野の情欲をかき立てる。

「あ、ああ……」

 顔全体を使っているかのような濃厚な愛撫だが、薄布一枚に隔てられている。胸も、ペニスも、敏感な場所に直に触れてもらえないもどかしさに苦しげにうめいて栄は腰を揺らした。

 引き締まった臀部を手で持ち上げて、ボトムを引き下げてやる。栄は全て脱いでしまいたいようだが、もう少しだけ焦らしたくて羽多野は下着を残すことにする。

 ついでに靴下も脱がし、足裏にひとつ音を立てて口付けするとむき出しの脚が無性に色っぽく見えてくる。足首を掴んで持ち上げてから、足裏からアキレス腱、脹脛から膝へと唇を滑らせた。

 膝の裏の窪みを舌で抉ったところで、いきなり栄が脚をばたつかせる。足首をしっかり固定していたので蹴られはしなかったが、邪魔された羽多野は面白くない。

「何だよ」

 突然の反抗を咎めると、不安定な体勢ながら栄は上体を起こし潤んだ目で睨みつけてくる。

「それはこっちのセリフでしょう。さっきから落ち着きなく、何なんですか一体」

 言われてみれば、栄の不満は当然なのかもしれない。羽多野は衝動のままに栄の体のあちこちを舐めて弄って、中途半端に放置している。

 胸元だけ透けたシャツから充血した乳首をのぞかせ、ぴったりとした下着ははち切れそうな性器を生々しく浮き上がらせている。どちらも直接の刺激を待ちわびているのに、さんざん高められたところで邪魔な布地を取り去ってもらうことすら叶わず、今度は脚へと興味が移るのだから不満はもっともだ。

 攻撃的な言葉選びとは裏腹に、先を求める声色は濡れている。風呂上がりの万全の状態ではお目にかかれない類いの痴態を堪能している羽多野だが、栄なりのおねだりに理性はいよいよぐらついた。

「悪い悪い。せっかくのだから、脱がすのがもったいなくて」

 そういえば自分が着エロ的なものに興奮する性質だと知ったのも、栄と過ごすようになってからだ。セックスは好きだしやるからには相手を満足させるのはマナーだからきちんと前戯はする。だがあくまで羽多野は過程より結果……つまり射精重視の即物的な男だったはずだ。

「そういう変態的なとこ」

「嫌いなんだろ、わかってる。でも俺は君が嫌がることをするのが好きだからな」

 普段の栄がきっちり身なりを整えているからこそ、乱して汚すことに意味がある。至極まっとうな欲望だと思うが、お上品な栄からは理解してもらえそうにない。

「最低」

 吐き捨てた言葉は甘くかすれ、とうとう待ちきれず伸びてきた指先が羽多野の頬を撫でた。お互いそろそろ我慢の限界が近づいているのかもしれない。

 改めてゆっくりと唇を重ねると、今度は栄も応じる。唇や舌を吸い合いながら座った姿勢で体を引き寄せる。あぐらをかいた膝の上に招くと栄はおずおずと両脚を開いて羽多野の腰に控えめに絡めた。

 とことん焦らされた体は長くは持たない。着衣のままで腰と腰を擦り合うと、栄はあっけなく一度目の絶頂を迎えた。抱きすくめた腕の中で体を大きく震わせて、羽多野の肩に額を預けたまま、まるでプールから上がったときのように荒い呼吸を繰り返す。

「……なんでいつも俺だけっ。嫌だって言ってるのに」

 先に一度追い上げられることは栄にとって屈辱であるらしい。いつもどおりの苦情が申し立てられれば、返事もまたいつものとおり。

「前にも言っただろ。こっちはおっさんなんだから回数より内容で勝負なんだ」

 自虐混じりの言葉も嘘ではないが、羽多野としてはこれでもパートナーの体をいたわっているつもりなのだ。一度達して脱力してからの方が、のが楽そうに見える。

 下着をつけたままの絶頂を経て、ようやく羽多野が薄い布地から栄を解放してやると、どろりと白い液体が糸を引いた。

 本番はこれからだとばかりに羽多野はようやく栄のぬるぬるした勃起に直接触れる。白濁にまみれたそれはまだ硬く、続きを楽しむには支障がなさそうだ。

「触るなって!」

「イったばかりだから? 大丈夫だって、すぐ回復するから」

 調子の良い煽て文句を口にして、背中を撫でてあやしながら濡れた感触と音を楽しんでいると案の定、栄の性器は再び反り返る。

 真上から見ると、先端の小さな穴が喘ぐように開閉し遂情の余韻をにじませるのが艶めかしい。人差し指と中指でそっと割れ目を押し開くと内側の赤い肉がのぞいた。

 ふと、ベッドサイドに置いたままの、封を切ったチョコレート菓子が目に入る。戯れに一本手にとって敏感な先端をつついてみる。

「何……っ!?」

 趣味の悪い悪戯に栄の腰が引けるところを、チョコレートで覆われた細い棒でさらにぐりぐりと小さな孔を抉る。

「入るかな」

「冗談じゃない! 無理に決まってるでしょう!」

「ふざけただけだって、マジギレするなよ」

 いくら射精直後で開いているとはいえ、狭い尿道口に本気で突っ込もうとすればビスケットでできた軸など簡単に折れるに決まっている。軽蔑もあらわに睨みつけてくる栄に悪かったよと呟いて、羽多野は白濁がトッピングされた菓子を口に運んだ。

「でも、この間ソーホーの店で見たんだよな、ここに入れるやつ。カテーテルより細くて、全然痛くないんだってさ」

 尿道に差し込む玩具というのは羽多野から見ても難易度が高そうで、さすがに手を出す気にはなれない。とはいえ細い物から驚くほど太い物まで、シンプルなものから凝った装飾のものまで、シリコン製や金属製の繊細に作られたプジーの数々は羽多野の興味をそそった。スワロフスキーで飾られたリングのついた商品など、栄の形の良いペニスに挿したらさぞかし映えるだろうと想像する程度には――。

「また行ったんですか? そういう店に出入りするのやめろって言ったのに」

 そう言いつつ栄はきっと、羽多野が過去に手に入れてきた玩具を使われた屈辱を思い出しているのだろう。怪しげな小瓶入りドリンクや、中の状態が透けて見えるシリコン製のオナホール。どれも確かに楽しかった。

 過去の栄の痴態の数々を思い出していよいよ昂ぶってきた羽多野は、濡れた手を恋人の尻の狭間に滑り込ませる。男の味を覚えたそこは、ひくひくと震えてたいした抵抗もなしに指先を受け入れた。

 セックスも緩急が大事。さんざん焦らした後は一気にペースを速める。第二関節まで一気に指先を進めると、つるりとしたしこり部分をぐっと押した。

「ああっ」

 指が入ってくるなり前立腺を抉られて。栄の体は飛び跳ねる。ほら、こっちだけでもこんなにいいんだから、前からだってきっと。

「尿道の奥までプジーを入れたら、これ、直接いじれるらしい」

「嫌、やだって。あっ、ああ……っ」

 いきなり追い上げられて、栄は嬌声を上げながら羽多野の背中に爪を立てる。

 尻側から、腸壁経由で押してやるだけでこんなにも乱れるのだから、前立腺を直接弄ったらどんな風になるだろう。興味はあるが、道具経由というのが気に入らない。

 少し前ののときも、ジェレミーが栄に渡した忌々しいディルドは使うことなく捨て去った。他人から贈られたものだから、というのも理由のひとつだがあのとき羽多野は思った自分以外の何かが――たとえそれが無機物であろうが――栄の中に入るのは、面白くない。尻の穴だろうと、ペニスの中だろうとそれは同じことだ。