神を屠る庭

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32. 明るい月の夜に

ひどく静かだった。ついさっきまでいた広場の祭りの喧噪、火の粉のはじける音。何もかもが遙か遠く思えるが、そっと目を閉じれば夢のような、炎と光が闇夜に描き出す花の姿が鮮やかにセスのまぶたの裏に浮かぶ。 仕掛けを目の当たりにした集落の人々はひどく驚いているようだったが、その後はどうだろう。もくろみ通りあれを神の使いの起こした奇跡で、クシュナンの言葉が山の神からの伝言であると受け止めてくれただろうか。まばゆい光と地面を覆う煙に紛れてふたりはそのまま広場から逃げ出し、見つからないよう森まで走った。神の使いの小屋にはもはや戻るべきではない。だからもっと森の奥の、以前クシュナンを水浴びさせるのに使っていた滝壺のほとりまでやってきたのだ。
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31. 神を屠る庭

そして、山の神の祭が行われる日がやってきた。  昼過ぎに広場でスイが鳴り物を叩く。それが合図だった。色鮮やかな布や花で飾り付けられた祭壇が広場の真ん中に置かれているが、その上にはまだ誰の姿もない。人々はただ楽しそうに着飾り、歌い、踊り、飲み食いしている。広場の隅では、この日のため...
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30. たったひとつの方法

「火の粉、とはなんだ?」  アイクは答えを求めて険しい顔をしたスイを見つめるが、答えはない。「火の粉」を取りに行ってくれないかと頼んできた張本人であるこの男ですら、それが何なのかを知らないのだ。  早朝、呼び出しに応じてクシュナンの小屋を訪れた。クシュナンは足枷を外された姿で床に...
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29. 優しい嘘が消えたあと

夜の鳥が啼いている。  セスははっと顔を上げる。いつの間にこんなにも時間が経っていたのだろう。座り込んでいる岩から夜の冷たさが伝わり、セスの尻もすっかり冷え切っていた。  一睡もしていない。水も飲まず、ものも食べず、気づいたらまた夜になっていたのだ。悪い夢を見ているような気がする...
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28. スイの懊悩

朝も早い時間に扉を叩かれ、まだ寝床にいたアイクとリュシカは慌てて衣服を羽織る。そこに立っている小柄な中年男のことは見たことがあった。確か、セスたちの暮らす長の屋敷で下働きをしていた。  全力で走ってきたのか、男は息を切らしたままなんとか用件を口にした。 「スイ様が、支度ができたら...