悪い夢


「心を埋める」本編完結後。未生視点の夢落ち3Pです。


 笠井未生が受験勉強を開始して三ヶ月が経つ。この間、未生は食事と風呂と短い睡眠時間以外のほぼすべてを勉強に捧げていた。大学に通うことを止めアルバイトも辞め、ひたすら問題集と参考書に向かい合う日々。もちろん悪友たちからの遊びへの誘いになど決して乗らない。

 一分一秒を惜しんで机に向かう未生――とはいえ年頃の若者であるゆえにどうしても発散しなければいけないものはあるわけで。バキバキに凝った肩を回しながらふと視線を下げたところで、スウェットの股間部分が持ち上がっていることに気づく。

 最後に尚人と寝たのは三月。もう会わないと言われたときはさすがに落ち込んで、しばらくはセックスのことなど考えられなかった。やがて週刊誌騒動が勃発し、そこに優馬の不登校も加わり家庭の危機的状況。この時期はあわただしかった上に一歩外に出れば誰かに見られているような気がして、やはり相手を探してセックスという発想には至らなかった。そして気づけば季節は秋。

「五、六、七……うわ、まじかよ」

 指折り数え、すでに禁欲生活が半年を超えていることに改めて驚く。初体験を済ませてこのかた相手を切らすことのない生活を送ってきただけに、未生にとっては異常事態と言っていい。

 健康な二十歳の男子にとって肉欲とはどうにも抗いがたいもので、しかし受験勉強にすべてを捧げる今の未生に、相手と場所を探してセックスをするというのはハードルが高い。それに、まだ完全に尚人のことを忘れることができていない今、わざわざ他の誰かと寝ようという気持ちにもなれなかった。

 時計は午前三時を指している。妙なことを考えてしまうのは夜中のテンションと疲れのせい。そろそろ一区切りつけてベッドに入ろうか、そう思いノートや参考書を広げたままにデスクライトをオフにする。

 シャワーを浴びたい気もするが、瞬きをすると目の奥がチクチクするし十五時間以上机についていたせいで肩や腰も痛い。何より頭の奥がぼうっとして、このままでは足を踏み外して階段から転がり落ちたっておかしくはない。

 とりあえず四時間寝て、起きたら風呂に入って体をほぐして――そんなことを考えながらスマートフォンのアラームをセットする。ベッドに横たわって目を閉じるとすぐに睡魔が襲ってくるが、一方で下半身だけは別人のように元気なままだった。

 面倒な気持ちと、むらむらと落ち着かない気持ち。セックスは半年以上していないが欲望は適度に解放してやらないとむしろ勉強の妨げになるので、定期的にオナニーはしている。今夜もスッキリしてから眠ろうと、未生はスウェットの中に手を差し込んだ。

 勃起したものを握りしめて出来るだけ頭を真っ白にしようとする。いわゆるオカズを思い浮かべようとすれば、どうしても尚人のイメージが湧いてくる。半年以上前に振られて今頃イケメンエリートの彼氏とよろしくやっているに違いない男を思い出して自慰行為なんて、いくらなんでも虚しすぎる。かといって尚人以外の誰かを浮かべて性器を擦るのはさらに惨めだ。

 色気も情緒もないただの作業で構わない。目を閉じて、とにかく早く射精できるように敏感な場所に指を滑らせながら――そのまま未生の意識は落ちた。

 そして、とろとろと浅い眠りを漂う未生はどこからか切ない声が聞こえるのを聞いた。

「……っ、あ」

 嚙み殺すような嬌声には覚えがある。何度も寝て、この手でこの体で何度も喘がせ泣かせた人物の声。一瞬甘く懐かしい気持ちにとらわれかけるが、その声が自分ではない人物の名を呼ぶのを聞いて一気に血の気が引いた。

「栄。栄っ、あ、好き……好きだから」

 ゆっくりと目を開けるとそこには尚人がいた。そして切羽詰まった様子で恋人の――谷口栄の名を呼び、愛の言葉を繰り返していた。それどころかうつ伏せになった尚人の背後には何度か目にしたあの高慢な男がいて、嘘のように甘ったるい声で呼びかける。

「俺も好きだよ、ナオ。いい子だな」

 尚人は四つん這いに近い体勢だが、腕の力が抜けているのか上半身はぺたんとベッドに崩れ落ちている。腰だけ高く掲げているのはそこを栄がしっかり掴んでいるからで二人の体は断続的に淫らに揺れる。

 夢だという自覚はあった。

 オナニーの途中で寝落ちしたせいでこんなろくでもない夢を見るのだ。未生はなんとか目を覚まそうとするが、金縛りにでもあっているかのように体が重くて指先ひとつ動かすことができない。

 目を塞ぐことも耳を塞ぐこともできずにもがいていると、ふと谷口栄がこちらに気づく。

「なんだ、笠井のガキじゃないか」

 ベッドに膝立ちした上半身は裸で、前に会ったときの印象よりたくましく見えるのは未生の劣等感が投影されているのか。スラックスの前はくつろげてあり、そこから突き出したモノは尚人の体をしっかり貫いているそんなもの見たくもないのに、体が動かない以上は凝視するしかない。

 未生の存在に気づいた尚人は驚きと羞恥の入り混じった顔でこちらを見た。

「未生くん、どうしてこんなところにっ」

 そんなこと、こちらが聞きたい。

 未生と尚人の視線が一瞬かち合い、それを不快だと感じたのかベッドにうつ伏せていた尚人の体をぐいと栄が引き起こす。繋がったまま無理やり体勢を変えられた尚人は悲鳴をあげた。

「ちょっと、栄、やだっ」

 しかし尚人は栄の膝に座るような格好で裸の体を晒すことになる。泣きそうな顔で閉じようとする膝を栄がぐいと大きく左右に割った。

「こいつ、間男の分際でまだナオに未練があるんだって。だから、ナオと俺が愛し合ってるところをちゃんと見せてやらなきゃな」

 意地の悪い笑み、そして未生の目の前には尚人のあられもない姿。

 下から挿し貫かれた結合部は丸見えだ。その上では尚人の快感を示すかのようにペニスが反り返っていて、栄が腕の中の尚人を揺さぶるたびにふるふると震える。

「嫌だ、見られるのは嫌っ」

 尚人は身をよじるが、そうすることで咥え込んだ栄の性器が擦れるのか悩ましげな吐息を漏らす。栄はそんな尚人に向かって嗜虐的な笑みを向けた。

「なんで? ナオは俺のこと好きなんだろう? だったら俺の言うこと全部聞けるよな」

 尚人が唇を噛む。そして、悔しいのに目を覚ますことも体を動かすこともできない未生は、尚人の痴態をただ見つめるだけだ。

「嫌だ。……見ないで、未生くん」

 力なく尚人がそうつぶやくのを聞いて、未生の下半身はずくんと痛んだ。視線を落とすとさっきまでとは比べ物にならないくらいの勢いで勃起している。尚人が他の男に抱かれているところを見ているのに、尚人はあんなにも見られることを嫌がっているのに――興奮してしまう自分が惨めだが、倒錯した状況を自覚すればもはやブレーキなどきかない。

「っ、あ。ああ、ん」

ゆ るやかに体を揺すられて尚人が堪らず甘い声を上げるのを、情けなく勃起したまま眺める。かつてああやって尚人を鳴かせていたのは自分だったのに、どうせ退屈なセックスしかできないと馬鹿にしていた男の腕の中で尚人は切ない声をあげ続ける。

「栄、もうちょっと強くして。もう、イきたい」

 栄の動きがあまりにゆっくりしていることに焦れたのか、やがて尚人が白旗を上げる。抽送もせず、ただ揺さぶられるだけの刺激では達したくても達することができないのだろう。だが栄はちらりと横目で未生を見てから、尚人に向かって意地悪く囁いた。

「駄目だよナオ。だってこれは浮気のお仕置きなんだから。もうちょっと頑張らなきゃ」

 堪えきれず自分で自分に触れようと伸ばした手が栄に押しとどめられると、尚人は絶望したように大きなため息を吐き不器用に腰を揺らした。

「お願いだから、栄」

 悲壮な声を聞けばさすがに可哀想になる。

「おい、いい加減にしろよ。やりすぎだ」

 体は動かないのに、なぜだか声だけは出た。未生は栄の非道を咎めるが、相手は飄々としたものだ。

「そんなみっともない格好で、何正義感ぶってるんだよ、間男」

「っ」

 そう言われれば返す言葉はない。未生は硬直したまま栄と尚人のセックスを眺め、股間を痛いほど勃起させている。格好をつけて尚人をかばう振りをしても、結局のところその痴態に興奮している自分がどれほど情けないかくらいはわかっているつもりだ。

 栄はさらに続ける。

「どうせおまえが尚人に声を掛けたのなんか、ただのセックス目的なんだろ。不道徳な男だから、こうやってナオが他の男に抱かれてるの見て興奮して」

 見せつけるように軽く抜き挿しすると、尚人がまた小さな悲鳴をあげた。

「そうだ、おまえナオを開発したつもりになってたんだろ。可哀想だって思うなら手伝ってやれよ」

 急に栄がそんなことを言い出したものだから、未生は思わず素っ頓狂な声を上げる。

「は?」

 あのプライドと独占欲の強そうな男が、未生が尚人に触れることを許すようなはずはない。しかし夢の中の栄は現実の栄とは違っていて――尚人の赤く色づいた胸の先に触れて、笑う。

「なあ、ナオ。笠井に触ってもらってここ感じるようになったんだよな。ここ弄ってもらったらイけるんじゃないか。ほら、あいつだってナオに触りたくてあんなにでかくしてる。どんな風に触られたら気持ちいいのか俺も見たいから、お願いしろよ」

 恋人に抱かれながら、元浮気相手に愛撫をねだる。それがどれほどあさましいことかわかっている尚人の目に涙が浮かび、まつ毛が頼りなく揺れる。しかし栄の指先が触れるか触れないかの距離で乳首をくすぐると、ますます追い詰められたように未生の名を呼んだ。

「っ……未生くん」

「やめろよ尚人」

 嫌だ、聞きたくない。栄に抱かれている尚人になんて触れたくない。そう思っているはずなのに、尚人に甘く懇願されれば未生の理性は簡単に揺らぐ。

「お願い触って。もう、イきたい」

 そう言われた瞬間、凍ったように固まっていたはずの体が動いた。未生はもう、欲望に抗えない。膝立ちで、絡み合う二人のすぐ前まで進む。そして未生は今にも泣き出しそうな尚人に向かって手を伸ばした。

「んぅ」

 乳首に指を伸ばしコリコリと押しつぶすように刺激してやると尚人がくぐもった声を上げた。反対側に顔を寄せまずはふっと息を吹きかけ、びくりと慄く体を楽しんでからおもむろに舌を伸ばす。すでに挿入されて全身の性感は高まっている。それはすぐに粒を硬くして未生の指や舌を跳ね返してきた。

 未生はすぐに夢中になる。指で、爪で、舌で、唇で尚人の底に触れる。それだけでは我慢できずスウェットを膝まで下ろしてすでに濡れた性器を露出すると、尚人のそれに擦り付けた。

「待って、駄目、駄目」

 堪らないのは尚人だ。恋人に後ろを貫かれ揺らされ、元愛人からは胸を愛撫されながら性器を擦り付けられる。

「やだ、栄、未生くん、おかしくなるっ」

「なんでおかしくなるの。気持ち良さそうじゃん、こいつが胸触ると、ナオのここも締まるよ」

 もはや完全に理性を失った尚人は涙を流しながら二人の男の狭間でただ喘ぎ、体を揺らす。

「あ、気持ちいい、気持ち良すぎておかしくなるからっ」

 だからもう勘弁してくれ。イかせてくれ。そう言いたいのだろう。しかし未生自身ももはや、手を伸ばした最初の目的を忘れている。尚人を早く解放してやりたいのではなく、今はただその体を貪り、その淫らな反応を楽しむだけ。

「でも、二人を手玉にとってたのは尚人だろう。こうやって二人分愛されたかったんじゃないのか」

 栄はそう言って一際強く尚人を揺さぶった。

「わかんな、わかんないから。もう駄目、イく……」

 息も絶え絶えにそうつぶやく濡れた唇がひどく艶かしい。胸から唇を離した未生は尚人の唇を求めるが、もちろん栄がそれを許すはずがない。一瞬早く横向けられた尚人の唇に栄が吸い付き、喘ぎ声すら彼一人のものにする。

 こうなったらせめて。未生は姿勢を低くすると真っ赤になって絶頂を求める尚人の濡れそぼった先端を口に咥え、はしたなく開いた細い割れ目に舌を差し込んだ。

「――っ」

 声にならない叫びをあげて尚人の全身が痙攣する。未生の口の中に青臭い味が広がりそれと同時に未生も射精した。

「最悪だ。死にたい」

 電子音に起こされた未生は下半身にじっとりと張り付く下着の感触に絶望する。

 オナニー中に寝落ちして、淫夢。

 しかも憎っくき谷口栄を含めての3P。頭が沸いているどころではない夢を見て夢精とは、恥ずかしいどころの話ではない。こんなことなら無理やり目を覚ましてでもちゃんと抜いてから寝るんだった。激しく後悔するがすでに手遅れだ。

 とりあえず粗相した箇所の後始末を、と思ったところで部屋の扉が勢いよく開く。正直いって最悪のタイミングだ。

「未生くん、おはよう!」

 元気良く飛び込んでくる可愛い弟に、今は優しくなれない。

「なんだよ朝からうるせえな」

 下半身はまだ布団に埋めたままで睨み付けると、優馬はなぜ叱られるのかわからないといった様子で首を傾げる。

「だって目覚ましの音したから。朝ご飯一緒に食べようよ」

 無邪気にベッドサイドまで駆け寄って、未生の袖を引っ張る優馬を思い切り振り払った。今はまずい。精通も迎えていない無邪気な弟に今の自分の姿を見られるのは絶対にまずい。

「先に行ってろ! 俺は、俺は……寝汗かいたからシャワー浴びてから行くから!」

「何だよ、変な未生くん。早く来ないとスープ冷めちゃうからね」

 妙に機嫌の悪い兄を不審がりながら、触らぬ神に祟りなしとばかりに優馬は部屋を出ていってくれた。軽快に階段を降りる足音を聞きながら未生はほっと安堵のため息を吐いて、さっきまでの夢を反芻する。

 こんな最悪の夢忘れたい。けど、本当は忘れたくない。夢の中の尚人の悩ましい顔、声、触れた体の熱さを思い出すと未生の体はあっという間に熱を持つ。

 とりあえずシャワーの前にもう一度。未生は自己嫌悪に陥りつつもティッシュボックスを引き寄せた。

 

(終)
2019.06.09


※最終話に普通入れるべきラブでエロな展開がなかったので、その欲求不満をぶつけて衝動的に書いた&完結御礼です。

※久しぶりに鬼畜気味な栄が書けて楽しかったですが、この栄は未生の妄想の中の栄です。現実の栄はこんなに品のないことしないし、そもそも潔癖なので3Pは拒否かと。

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