If they had an unexpected reunion … (02)

「そんなに高くないって言っても、コースなんだろ?」

 知る人ぞ知るというオーナーシェフが切り盛りする店は決して過度に高級ではないが、夜にはドレスコードが必要だと聞いた。

 ドレスコードと言われてもピンとこないとなれば、当然昼はカジュアルでOKだと言われてもよくわからない。服装に迷う未生に、尚人派「一応上着はあったほうがいいかも」と助言した。もちろん未生は上着が必要な店になど人生で数えるほどしか入ったことがない。

「でもフルコースじゃなくて、ランチのミニコースだから。そんなに高くもないよ」

 などと言われたところで、フルコースとミニコースの何が違うというのか。尚人の前で格好悪いところを見せてしまうのではないかという不安と、一方で初めてのかしこまったデートにわくわくする気持ちもある。未生はまさしく複雑な心境にあった。

 ちなみに、未生は貧乏学生だし、尚人はまだまだ多額の奨学金を返済中の身である。普段は慎ましい生活を送る二人がなぜコース料理など食べに行こうとしているかと言えば、尚人が臨時ボーナスを手にしたからだ。勤務先の家庭教師派遣会社で、尚人が中心になって進めてきた新事業が好調で、その報奨金なのだという。

 不登校の児童生徒に対するオーダーメイド支援を行う事業には尚人本人もずいぶん入れ込んでいた。帰宅後や休日にも暇があれば調べ物をしたり、資料を作ったりと、その熱意はときに心配になるくらいだった。

「でもさ、他に何かあったんじゃないの? 尚人の頑張りの成果なんだから自分の欲しいもの買うとか」

 金額の大半は奨学金の繰り上げ返済に充てたと聞いている。あくまで「端数の使い道」だと尚人は力説するが、端数だろうが未生との外食に使うのはもったいないのでは――そう思っての言葉だが、尚人はあっさり否定する。

「何しようかなって思ったら、たまには未生くんと美味しいもの食べに行きたいなって思ったんだ。……あれ、もしかして別のものの方が良かった?」

 そこで、ふと尚人の表情に不安がよぎった。

 確かに、若い男子である未生にとって「美味しいもの」で思い浮かぶのはイタリアンでもフレンチでも懐石でもない、もっとわかりやすいもものだ。例えばそう、焼き肉とか寿司とかラーメンとか。

 でも、尚人がわざわざ未生のために一ヶ月も前から予約してくれた「ちょっとおしゃれで特別な店」は、未生にとっても特別で嬉しい大イベントなのだ。

 喋りながらしばらくほど歩いたところで、尚人が「ほら、あそこ」と指し示す。コンクリート打ちっぱなしのシンプルな外観の建物は洗練された雰囲気で、昼時のレストランでは一般的なメニュー掲示も見当たらない。一見さんだとなかなか入りにくそうだ。

 直接店で待ち合わせるという選択肢もあったが、やはり他で待ち合わせて良かった。動揺を悟られないようにしながら、未生は改めて看板を見上げた。

 

 ふと、知っている声を聞いたような気がしたのは、いざレストランのドアに手をかけようとしたときだった。

「へえ、ここか。名前は聞いたことあるけど、店に来るのは初めてだな」

 そう。聞き覚えがある声――だが、誰だっただろうか。瞬時には思い当たらない。家族や友人というほど親しくない、むしろ懐かしさを感じるくらいの距離感。だが、今も昔もこんな店に来るような知り合いが未生にいただろうか。

 奇妙なことは続くものだ。先ほどの声に応じる別の声を耳にして、隣に立つ尚人もまた動きを止める。

「俺は日本にいた頃は、昼も夜もときどき来てましたけど、すごくいい店なんですよ。……あ、でももしかしてせっかくの一時帰国だから和食三昧が良かったって思ってます?」

 一人目よりはずっと柔らかく品の良い話し方をする男。だがその声色はどこかしら偉そうにも聞こえる。

 未生と尚人は二人して硬直したように動きを止めて、近づいてくる話し声に聞き耳を立てた。互いの顔を見ようとしないのは、それが「不穏なもの」であることを予感しているから。

 だが、背後の二人組は脳天気なグルメトークに夢中で、レストランの前で固まっている未生と尚人に気づく様子はない。

「いや、寿司も食ったし、昨日は天ぷらだっただろ? ちょうど、そろそろワインとイタリアンでもいきたいって思ってたとこ」

「あー、改めて食べたもの羅列しないでください。毎日こんな食生活して、ロンドンに戻ったらしばらく三食グリーンスムージーですよ。プールの回数も倍に増やして……」

「楽しむときはそういうこと考えず、素直に楽しんだ方がいいぞ。消化も悪くなる」

「は? 何他人事みたいに言ってるんですか? あなたもランの距離倍にするんですよ」

 聞けば聞くほど、その声は未生の記憶にあるものとぴったり重なっていく。きっと尚人も同じだろう。近づいてくる人物の正体に確信を持ちつつあるのか、落ち着きなく視線を泳がせながら、さっさと店に入るべきか、勇気を出して振り返るべきか迷っているようだった。

 未生は、どちらかといえば振り返ることには反対だった。だってそこにいるうちの一人は、未生がこの世で最も会いたくない相手であるはずなのだから。

 

 そして、ドアの前で立ちすくむ二人の背後から柔らかい声が響く。

「すみません。ちょっとそこ、通していただけますか?」

 おそらく会話に夢中だった「彼ら」は、通路を譲ってもらおうと声をかけるまでは、そこに立っている人物をろくに見てもいなかったのだろう。だが、これだけ近づけばいくら後ろ姿だって、気づかずにいられるはずがない。

 まずは気まずい沈黙。それからわざとらしく脳天気な声をあげたのは、この場で最も過去の因縁から遠くにいると思われる男だった。

「あれ、未生くん?」

 名前を呼ばれた未生はゆっくりとした動きで振り返る。つられたように尚人も同じ動きをした。そして、未生がさっきから懐かしさを感じていた声の主――羽多野貴明はじっと尚人の顔を見つめた。

「……と、確か君は、相良尚人くん」

 

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