If they had an unexpected reunion … (09)

 イタリア料理では、前菜の後にプリモ・ピアットと呼ばれる、主にパスタやリゾットなどの炭水化物が出される。メインの肉魚料理――セコンド・ピアットはその後だ。

 本日のプリモ・ピアットは仔ウサギのラグーを詰めたアニョロッティ。

「仔ウサギ……」

 愛らしいペット用ウサギを思い浮かべてか、ぎょっとした顔をした未生は、きっと「食うの?」と続けようとしたのだろう。そして、すんでのところで場違いな言葉を思いとどまったのは、テーブルの下で尚人がこっそり合図したからに違いない。

「ええ、仔ウサギのラグーでございます。同じくピエモンテ特産のヘーゼルナッツをあしらっておりますので、柔らかいウサギ肉との歯ごたえのコントラストもお楽しみください」

 澄ました顔で料理の説明を終えてサービス係が下がると、未生がひそひそと尚人の耳に囁くのが栄の耳にも入る。

「なんだよその、アニ、アニョなんとかとかラグーって。それに、ウサギって日本でも食っていいの?」

 舌噛みそうな名前だし、そもそも長くて覚えらんねえよ、とぼやきは続く。あまりの無知にため息すら出てこない栄だが、尚人は優しく返す。

「ラビオリの一種だってさ。パスタの生地に、ウサギのミートソースを詰めてるみたいだよ」

「要するにイタリア版の餃子みたいなもんか」

「……確かに、作りとしては一緒だよね」

 例えのレベルがどんどん下がっていくので、正面の二人の視線を気にしてか尚人は少し恥ずかしそうだが、決して未生を否定はしない。そんな尚人の姿は栄に、まだ出会った頃の、何も知らない尚人を連れ回して新しい世界を見せることに喜びを見いだしていた自分を思い起こさせた――もちろん尚人は未生よりよっぽど生来の品性に恵まれているし、栄は今の尚人よりずっと高慢だったが。

 大きな皿の中心に、ラビオリはほんのふたつ。繊細な味などまったく感じていないかのように、未生はラビオリをまるごと口に入れてしまう。

 どうやらこのクソガキにかかれば高級イタリアンもファミレスも大差ないようだ。栄は内心で呆れ果てるが、口に入れたものをいざ咀嚼するとぱっと未生の顔は明るくなる。

「あ、美味い。すげえ、ウサギって美味いんだな」

 語彙は果てしなく貧しいが、さすがに美味い不味いくらいの区別はつくようだ。残ったもう一つのラビオリについては打って変わった様子で、名残惜しそうにナイフで切り分けじっくり味わっていた。人前ゆえに控えめではあるが、美味そうに料理を口にする未生を見つめる尚人も心底嬉しそうだった。

 一方で、微笑ましい二人の姿に栄の心はささくれる。

 嫉妬しているわけではない。いや、ある種の嫉妬ではあるのかもしれないが、それはかつての恋人と、恋人を奪った男が仲睦まじくしていることへの不快感ではなく――どうして自分はこの半分も素直に振る舞えないのかという苛立ちだった。

 こんな複雑なシチュエーションでも、尚人は未生を気づかっているし、未生は尚人との食事を素直に味わい楽しんでいる。翻って栄はといえば、料理の味を感じることができず、羽多野との関係をどう説明するかということで頭をいっぱいにしている。

 栄の懊悩など知らない脳天気な未生は、空になった皿を前に切なげにつぶやく。

「こんなに美味いんだから、二個とは言わずもっと食いたいよな。餃子みたいにずらっと並べて出してくれたらいいのに」

 中華料理屋の長皿に並んだウサギのラビオリを思い浮かべたのか、尚人と羽多野は同時に小さく吹き出した。だが栄はまったく面白いとは感じなかった。それどころか未生の冗談は、膨れ上がったもやもやした気分に穴を空ける小さな針のようなものだった。

「コース料理は量まで計算して出されてるんだ。皿いっぱい食いたいだなんて、さすが田舎の成金議員の息子は発想が違うな」

 ぴきっと、空気が凍った。

 口に出した瞬間、栄本人もしまったと思った。羽多野の意地の悪い試みに乗じた未生に腹は立つが、尚人の面前でこんな罵倒の言葉を吐くつもりはなかった。しかも――親の話題を出すなんて、さすがに意地が悪すぎる。かといって吐いた言葉を飲み込むことも、謝罪することも栄には難しい。

「あの……」

 どうにか場を取り繕おうとこわばった笑顔の尚人が口を開いたとき、未生が栄を横目で見て、生意気な顔で笑う。

「すいませんね、躾がなってなくて。――でも、そっちこそ、大人げない言い方だよな。まあ、せっかくのデート邪魔されて不機嫌なのかもしれないけどさ」

「……!」

 テーブルを叩くのは、すんでのところで我慢した。

 そもそも栄と羽多野が〈客観的〉には紛れもなくデートとして食事に来ていることは、少なくとも最初から未生にはわかっていたし、尚人ですら薄々勘づいている。栄の厄介な性格を知っているから、あえて直接的な指摘を避けていただけで。

 だが、目を背けたい事実を改めて思い知らされた栄は、どうしようもな

「谷口くん?」

 すべての元凶であるくせに澄ました顔で栄を気づかうふりをする羽多野。視線のひとつもくれてやらないままに、栄は短く冷たく言い放った。

「ちょっと、お手洗いに」

 

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