If they had an unexpected reunion … (13)

 羽多野の予言どおり、セコンドの皿が運ばれると同時にまずは尚人が席に戻ってきた。栄は一緒ではない。

「ごめん」と席を外したことをひと言謝って、尚人はそれ以上何も言わなかった。未生も、少なくともこの場では何も聞かないことを選ぶ。

 後で二人になってからは――もちろん興味はあるけれど、尚人が自分から話したがるかに任せたほうがいいような気もする。さっきまでの未生だったら間違いなく不安と嫉妬で尚人を問い詰めただろうが、羽多野の余裕に感化されたのかもしれない。

 栄は五分ほど遅れて戻ってきた。尚人とは異なり、場の雰囲気を乱したことへの謝罪ひとつもないまま腰を下ろすと、美しいカトラリーさばきで、しかし猛烈なスピードで仔牛の煮込みをたいらげ、グラスのワインをぐっと飲み干した。

 そして再びナプキンをテーブルに置き、立ち上がる。

「え?」

 またトイレに行く気か? さすがに腹でも痛いだろうか。未生と、さすがに尚人も怪訝な顔で栄を見つめる。だがその表情はさっきまでとは異なる、さっぱりとしたものだった。

「用事を思い出したんで、こっちのデザートとコーヒーはキャンセルしてきた」

 ジャケットの襟を整えながら、栄は誰にというわけでもなく、そう言った。どうやらさっきトイレから戻る途中に、カウンターに寄ってきたらしい。

 コース料理を頼んで途中でキャンセルするのが、マナーに厳しい栄にとって正しいやり方なのかはわからない。果たして怒りの発露なのかそれとも別の意図があってのことかと未生も、尚人も戸惑った。

「え、キャンセルって。栄……?」

「これ以上するのも気が咎めるし、そっちは最後までゆっくり食べていけばいいだろ」

 さっきの未生の台詞をわざとらしくオウム返しして、栄はまだ座ったままの羽多野を見下ろしながら告げる。

「ほら、行きますよ」

「なんだ、デザート楽しみにいてたんだけどな」

 未練がましいポーズを見せつつ、羽多野は言われるがままに立ち上がり、荒くたたんだナプキンをテーブルに置く。

「毎日毎食そんなに食べてたら、すぐ中年太りです。それともロンドンに帰ってから二週間、サラダとチキンだけで過ごしますか?」

「俺は粗食は嫌いなんだ。谷口くんのダイエットメニューとは別にしてくれ。その分ランニングを増やせばいいだろう」

 ぐだぐだとした会話を交わしながら、「さよなら」とも「また」とも言わず去って行く背中を、未生と尚人はぽかんと見送る。

 ――ロンドンに帰ってから。

 そういえば店の前での雑談でも、一緒に日本に戻ってきたようなことを話していた。だがあれはあくまで、周囲に知り合いがいないと思っていたからこその会話だ。あんなに他人行儀を気取っていた栄が、未生たちの前ではっきりと、羽多野と生活していると口にするとは。

 尚人との会話の中で、気が変わるようなことがあったのか。だとすれば二人きりで何を話していたかなど、聞かなくたっていいのかもしれない。

「……何だよあいつら。一方的に誘ってきたかと思えば、途中で帰って」

 まあ、せいせいしたけど、と未生は息を吐く。尚人と仲の良いところを見せつけてやろうと思っていたが、最終的にはむしろのろけられたような気もする。なんとも複雑な気分だった。

「でも、会えて良かったよ」

 緊張がほどけた顔で、尚人が笑う。その視線は、さっきまで羽多野が座っていた席に向けられていた。

「前に栄が熱心に探してたのって、確かあの人だよね」

「そういえば、そんなこともあったな」

 未生に隠れて尚人が栄とやり取りをしていたせいで、ちょっとした喧嘩になった。あの時点で彼らがどういう関係だったのかはわからないが、最終的には今の状態に落ち着いたというわけだ。

「僕よりも、ずっと栄に似合ってる」

 そうつぶやく尚人に、未生は複雑な気分でうなずく。未生からすればどっちも最悪なタイプだが、趣味の悪い者同士という意味ではお似合いな気もしなくはない。

 別れる前に、栄が尚人に「娘を嫁に出す前の父親みたいな気分だ」と言ったことがあったらしい。それを聞いたとき未生は、何様のつもりかと栄に憤ったが、今の尚人もまるで娘を嫁に出した父親のような顔をしている。

 十年近い年月というのは、そういうものなのかもしれない。そして、嫉妬の気持ちが完全に消えることはないにしろ――こういうことの積み重ねで未生もまた、過去は過去であることを受け入れていけるのかもしれない。

「尚人、そういえばあいつらさ……」

「ん? 何?」

 ベッドではどっちが上だと思う? という意地の悪い質問は、尚人の純粋そのもののまなざしに遮られる。

 ひどいこともあったとはいえ、あくまで尚人にとっては「初恋の王子様」である栄が、今はあの四十がらみのおっさんに抱かれていると気づいたら、尚人はどんな顔をするだろう。きっと「栄が幸せなら」と言うのだろうが、果たしてその奥に一片の失望もないものだろうか。

 きっと栄が一番気づかれたくなかったのも、その点なのだろう。天までそびえるプライドの持ち主である男だから、出会いから別れまで虚勢を張り続けた尚人と、かつての恋敵である未生の前では、男に抱かれていることを隠し通そうとするのも不思議はない。いくらそれが、無駄な努力であったとしても。

 そして――そんな厄介この上ない谷口栄を「可愛い」などとのたまう羽多野の「手綱」について思いを馳せるとなんだか不憫な気持ちになってしまい、未生は、今日のところは武士の情けで余計なことは言わずにおこうと決めたのだった。

 

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