お遊び企画「長尾は攻か受かアンケート」の回答お礼に載せたつもりなんですけど、自分で試したところ、ちゃんと表示されていない?? 疑惑があるのでこっちにも載せますね。全然新鮮味のない内容なので読み流してください。
「で、運命の出会いから、そろそろ一年が経つわけだけど……」
スカイプの画面では、コウキが難しい顔で腕組みしている。一ヶ月ぶりの通話でいきなりその話題。
「聞くな」
長尾は舌打ちしたい気持ちを抑えてグラスのビールを煽った。
しかし、長尾の同性愛者人生における親――しかも、とっておきに口うるさい――のような存在が簡単に許してくれるわけもない。
「やっぱりね。今年に入ってめっきり『王子様』の話が減ったと思ったら、うまくいってないんだ」
辛辣な言葉がデリケートな男心を直撃する。
そうだ、最近コウキとの通話の回数が減っているのも、その通話の中でも「王子様」こと谷口栄の話題を出すことを避けているのも、理由は簡単。長尾と谷口の関係は一歩も進んでいないどころか出会った当初と比べて後退している気すらするからだ。
だが「後退」を認めたくない長尾は意地を張る。いくら「自衛」を名乗るとはいえ身分は軍人、そう簡単に劣勢を認めるわけにはいかない。
「だ・か・ら、谷口さんは仕事が超忙しいんだよ。時間ができたら飲みに行こうって話してるけど、なかなかタイミングが合わなくて」
力を込めて口にした言葉だが、案の定返ってくる反応は冷たい。
「ふーん。そういうのって誘いを断る常套句だよね。相手作ってよろしくやってんじゃない?」
「いや、本当に谷口さんは真面目な人だから!」
「どーだか。人が職場で見せる顔なんてほんの一部分でしょ。長尾ちゃんだって、さも硬派な自衛官です! って顔して、その谷口だかなんだかをエロい目で眺めまわしてるだろうに」
うっ、と長尾は言葉に詰まる。
「エロい目でなんて見て……」
ない、と自信をもっては言い切れないのが辛いところだ。もちろん態度にも目線にも一切出してはいない。
だが――。
勤務部門もフロアも違うから、毎日姿を見ることができるわけではない。すれ違うだけで「今日はラッキー」と思うくらいの谷口、ここ最近どうにも色気が増した気がするのである。
「だって、なんか最近前にも増して色っぽい気がして」
言い訳がましいことをつぶやくと、コウキはあきれたようにため息を吐いた。
「それって危険なサインじゃない? 三十路男が急に色づくなんて、相手ができたか、さもなきゃ長尾ちゃんがあんまりに飢えて、勝手にえっちな妄想してるからだと思うけどなあ」
「だったら間違いなく後者だな!」
長尾は半ば自分に言い聞かせるように言った。
それに、谷口の醸し出す色気はコウキが考えているような品のないものではない。もっと爽やかで清潔感があって、そうそう簡単に侵略を許さない類の高潔な色香。ゲイバー勤務や経営が長いだけにコウキの人を見る目は偏っているに違いない。筆下ろししてもらった恩はあるし、友人としてのコウキに好感は抱いているが、恋愛アドバイザーとしての信頼性はそう高くない。
とはいえ問題は、長尾に残された時間が有限であることだ。
この夏でロンドン勤務が開始して丸二年。あと一年経てば日本に帰らなくてはならないのだから、なんとかその前に関係を進めておきたい。そうでなければ谷口にとって長尾はただの「在英大勤務時代の良き同僚」止まりだ。
コウキの同棲中の恋人が帰宅したところで、通話は終わった。彼らはこれから楽しい恋人同士の時間を過ごすのだろうと思うと、休日を一人ビール片手に過ごしている自分が虚しく思えてくる。
こんなとき、谷口が一緒にいてくれればどれほど幸せだろう。だが望みが叶わない以上、許されるのは楽しい想像くらいのものだ。
そういえば通話を終える直前にコウキが言った。
「ところで前にも聞いたけど、長尾ちゃんはその王子様とはどうしたいの? 押し倒してやっちゃいたいのか、それとも優しく抱いて欲しいのか。それって大事なポイントだよ」
谷口の高潔なイメージを崩すのが申し訳なくて邪な想像は出来る限り自粛している長尾だが――退屈な休日にそんな過激なトピックを持ち出されれば、意識せずにはいられない。
一応どちらの経験もある長尾だし、上下どちらかにそこまでのこだわりはないつもりだ。だが経験上、相手によってポジションを固定する方が落ち着くから、もし谷口と「そういう関係」になることがあれば……。
谷口と長尾は身長はそう変わらない。見るからに自衛官らしく鍛えてある長尾のほうが重量はあるが、すらりと細身な谷口もシャツの下にある体は薄いが美しい筋肉に包まれている。
一度だけ、雑談の流れで谷口がシャツをめくり上げ、自ら長尾に素肌を見せてきたことがある。場所は大使館の執務室で、目的は英国人の剣道サークルに参加したときにできた青あざを見せること。まったく色っぽいシチュエーションではなかったし鍛え上げた自制心で平静を保ったが、今もあのとき見たものは忘れられない。
きめの細かい肌は、きっと最初はさらりとした感触。しかし触れ続け体温が上がればしっとりと汗ばんで手のひらに吸いついてくるだろう。痛々しい青あざすら、谷口の肌の上ならば水面に浮く花びらのよう。美しさと同時に艶かしさを醸し出していた。
「やばい……」
思い出に浸っていると、下半身に熱が集まりはじめる。
まるでたった一枚手に入れたセクシーグラビアを後生大事に眺めている青少年のように、長尾は一度だけ、ほんの数秒目にしただけの男の肌を反芻し続ける。実に虚しい三十五歳。
あの柔らかい声で耳元に甘い言葉をささやかれるなら、長尾は腰から砕けてしまうだろう。そのまま優しく抱きしめられるなら身をまかせたくなるに違いない。
いやいや待てよ、最近とみに増したあの色気はむしろ、触れてくれと誘っているかのようには見えないか。耳からすっきりとした襟足、そしてうなじに続くラインを指でなぞれは、彼はどんな顔をするだろう。シャツやスラックスを取り除いた下の体はきっと、脇腹と同じように細いが引き締まって――。
「……ごめん、谷口さん」
とりあえず謝罪の言葉を口にして、長尾はボトムのウエストに右手を伸ばしつつ左手でティッシュボックスを引き寄せる。
抱く側でも抱かれる側でも、谷口が魅力的であることに変わりはない。結局今日も、長尾の勝手な「上下問題」が解決する前に欲望は爆ぜてしまうのだった。
(終)