作戦会議、と言っていたけれど実際のところそれはベンの独演会で、僕はただの観客だった。
シルビアがどれだけ可愛くて素敵かを夢でもみているかのように語りながら、彼女が喜びそうなプレゼントのアイデアを次々に挙げていくベン。たまに思い出したように「どう思う?」とか「他にいい案ある?」と投げかけてくるけれど、何を答えたところで聞き流されるだけだった。
意見をきくつもりがないのに、どうしてわざわざ呼びつけたんだろう。すっかり退屈してしまった僕は、サーシャのお説教を聞き流すときのように適当な相槌を打ちながら別のことを考えはじめた。
週末にはまた、おじいさんとベネットさんは僕に学校の話をするだろうか。編入試験を受けるかどうか、早く決めるよう迫られたらどうしよう。僕が寮のある学校に行く場合サーシャをどうするのか、聞いてみたいけど怖い。いや、週のうち五日間も学生寮で暮らすなんてやっぱり嫌だ。
気がかりなことに思いを馳せていると気持ちが暗くなってきた。もっと楽しいことを考えなきゃ。たとえば、さっき食べたトライフルのこと。すごく美味しくて、おかわりできなくて本当に残念だった。なんだかおなかが空いてきたけど、そういえば今日の夕ご飯はなんだろう。
夕ご飯のことを考えた途端に、昨日食べたチーズいっぱいのラザニアの味が蘇り思わず唾を飲み込んだ。それと同時に浮かび上がるのは、ここにくる途中に見かけた公園の後ろ姿。
あの見知らぬおじいさんは、本当に大丈夫なんだろうか。
大丈夫、というのがどういう意味なのかは自分でもよくわからない。あの人は、杖を持ってはいたけど元気そうだったし、話し方もしっかりしていた。ただ――疑いたいわけではないけれど、話す内容のすべてを信じていいのかわからなかった。おじいさんが嘘をついているようにも、僕をからかおうとしているようにも思えなかったけど、何かがちぐはぐに思えた。
おじいさんの恋人は昨日、公園に現れただろうか。だとしてもあたりはもう暗くて、植え込みのバラはよく見えなかっただろう。だから今日改めて待ち合わせているのかもしれない。
恋人に花を見せることを心底楽しみにしていたおじいさんの顔を思い出すと、そわそわと落ち着かない。
「……アキ!」
「な、何!?」
急に名前を呼ばれてびくっと顔を上げる。話をろくにきいていないことがばれてしまっただろうか。でも、ベンは怒っているのではなく、壁にかかった時計を指で示していた。
「話に夢中になっているうちに、もうこんな時間だ。そろそろサーシャを呼ばないと、叱られるんじゃないか?」
話に夢中になっていたのはベンひとりだけれど、という意地の悪い言葉を飲みこんで文字盤に目をやると、確かにもう五時が近づいていた。
平日に友達の家に行くときは必ず五時にはおいとますること。それがサーシャと僕との約束だ。ベンの家に遊びにくるときも例外ではなく、時間が近づくと電話をかけてサーシャに迎えにきてもらう。
「電話するんだろ?」
いつものように電話機のあるリビングに僕を案内しようと、ベンは立ち上がった。
「うん……」
うなずきかけたところで、ちょっとした考えが浮かぶ。僕はあわてて首を左右に振った。。
「あ、いや。今日はサーシャに用事があるから、僕ひとりで帰ることになってるんだ」
ひとりで家に戻るなんて、そんなことすればサーシャは怒るに決まっている。もしかしたら今夜は夕食抜きだと言われるかもしれない。でも、このままあの、枯れ木のように頼りない姿を思い浮かべて眠れなくなるよりは、サーシャにお説教されたほうがましだと思った。
ベンも、ベンのお母さんも心配した。二人ともサーシャがどれだけ過保護で心配性かを知っているから、彼が僕を一人で帰らせるなんて信じられないのだ。
「ここから僕の家まで十分もかからないし、大通りを歩けば心配ないってサーシャも言ってたんだ」
ベンのお母さんがサーシャに確認の電話をすれば、僕の嘘はばれてしまう。だからできるだけ怪しまれないよう、堂々と言った。
「でも、大通りまでは少し距離があるでしょう。途中まで送りましょうか」
確かに大通りに出るまでには住宅街の細い道を歩く必要がある。でも、その道すがらにある小さな公園こそが、僕が一人で帰ろうとする理由だった。
ちょうど呼び鈴が鳴り配達の人がやってきたのをいいことに、僕はベンのお母さんの親切を断って外に飛び出した。
何もかもただの考えすぎで、僕が到着する頃にはベンチはもぬけの殻かもしれない。そう思いながら早足で歩くあいだに心臓のどきどきが大きくなる。あの公園にたどり着くと、すでに薄暗くなっているのも気にせずゲートの内側に駆けこんだ。
「あっ……」
おじいさんは、昨日と同じようにベンチに座っていた。焦っている様子も不安な様子もなく、静かに。そして足元には小山になったタバコの吸い殻。
僕は立ち止まって、少し離れた場所からおじいさんを見つめた。「毎日ここに来るんですか?」「昨日は待ち合わせの人に会えましたか?」そう話しかければいいだけなのに、なぜだかそれらの質問はすべて、聞いてはいけないことのように思えた。
やがておじいさんがゆっくり顔をあげて、僕を見る。
「こんにちは、坊や」
「……こんにちは」
緊張でかすれた声で返事をすると、彼は優しい声で僕にたずねた。
「どうしたんだい、ひとりで」
まるで――初めて出会った人に話しかけるような口ぶりで。