僕と機械仕掛けと思い出(8)

 作戦会議、と言っていたけれど実際のところそれはベンの独演会で、僕はただの観客だった。シルビアがどんなに可愛くて素敵かを夢でもみているかのように語りながら、彼女が喜びそうなプレゼントのアイデアをいくつも挙げていくベン。たまに思い出したように「どう思う?」とか「他にいい案ある?」ときいてくるけど、何を答えたところで聞き流されてしまうだけだった。

 僕の意見をきくつもりなんてないのに、どうしてわざわざ呼びつけたんだろう。すっかり退屈してしまった僕は、サーシャのお説教を聞き流すときのように適当な相槌を打ちながら別のことを考えはじめた。

 週末にはまた、おじいさんやベネットさんと学校の話をしなければいけないのだろうか。結論を早く出すように迫られたらどうしよう。もし僕がおじいさんたちが勧める学校に行くとしたらサーシャをどうするのか、聞いてみたいけど怖い。

 いや、こんな暗いことじゃなくてもっと何か楽しいことを思い浮かべよう。さっき食べたトライフルはすごく美味しかった――おかわりできなかったことは残念だったけど。そういえば今日の夕ご飯はなんだろう。

 夕ご飯のことを考えた途端に、チーズいっぱいのラザニアの味が口の中に蘇って僕は思わず唾を飲み込む。それと同時に、ここにくる途中に見かけた後ろ姿が頭の中にふっと浮き上がってきた。

 あの見知らぬおじいさんは、本当になんだろうか。

 大丈夫、というのがどういう意味なのかは自分でもよくわからない。あの人は、杖を持ってはいたけど元気そうだったし、言葉もしっかりしていた。ただ、疑いたいわけではないけれど、話す内容のすべてを本当に信じてしまっていいのか、よくわからなかった。あのおじいさんが嘘をついているようにも、僕をからかおうとしているようにも思えなかったけど、何かがちぐはぐに思えた。

 おじいさんの恋人は昨日、公園に現れただろうか。だとしても、もう暗くなっていたから植え込みのバラの花はよく見えなかっただろう。だから今日もう一度待ち合わせをしているのかもしれない。

 恋人に花を見せることを心底楽しみにしていたおじいさんの顔を思い出すと、そわそわと落ち着かない気持ちになる。

「……アキ!」

「な、何!?」

 急に名前を呼ばれてびくっと顔を上げる。話をろくにきいていないことがばれてしまっただろうか。でも、ベンは怒っているのではなく、壁にかかった時計を指で示していた。

「話に夢中になっているうちに、もうこんな時間だ。そろそろサーシャを呼ばないと、叱られるんじゃないか?」

 話に夢中になっていたのはベンひとりだけれど、意地の悪い言葉は喉の奥に飲み込む。確かにもう、五時が近い。

 平日に友達の家に行くときは必ず五時にはおいとますること。それがサーシャと僕との約束だ。ベンの家に来たときも約束の時間が近づくとサーシャに連絡をして迎えに来てもらっている。

「下に行って、電話するだろ?」

 いつものように僕が電話を使うと思ってベンは立ち上がる。

「うん……」

 うなずきかけて、頭に浮かぶのはちょっとした考え。僕はあわてて首を左右に振った。

「あ、いや。今日はサーシャ用事があるから、僕ひとりで帰ることになってるんだ」

 きっとひとりで帰ったら叱られる。もしかしたら夕食抜きだと言われるかもしれない。でも、このままあの、枯れ木のように小さな背中を思い浮かべて眠れなくなるよりは、サーシャにお説教されたほうがましだ。

 ベンとベンのお母さんは心配した。二人ともサーシャがどれだけ過保護で心配性かを知っているから、僕を一人で帰らせるなんて信じられなかったのだと思う。

 ここでサーシャに確認の電話をされてしまえば、僕の嘘はばれてしまう。僕はできるだけ信用してもらえるように堂々と言った。

「ここから僕の家まで十分もかからないし、大通りを歩けば大丈夫だってサーシャも言ってたんだ」

「でも、大通りに出るまではちょっとあるわ。途中まで送りましょうか」

 確かに大通りに出るまでには住宅街の少し細い道――あの公園の横を通る――を歩く必要がある。でもそれこそが、僕が一人で帰りたい理由だ。

 ちょうど呼び鈴が鳴り配達の人がやってきたのをいいことに、僕はベンのお母さんの親切を断って外に飛び出した。

 

 僕の考えすぎで、いざ行ってみたらベンチはもぬけの殻かもしれない。そう思いながら早足で歩いた。五分もかからずあの公園にさしかかると、すでに薄暗くなっているのも気にせず門の内側に入った。

「あ……」

 おじいさんは、昨日と同じようにベンチに座っていた。静かに、焦っている様子も不安な様子もなく、静かに。そして足元には今日も、小山になったタバコの吸い殻。

 僕は立ち止まって、少し離れた場所でじっとおじいさんを見ていた。「毎日ここに来るんですか?」「昨日は待ち合わせの人に会えましたか?」そう話しかければいいだけなのに、なぜだかそれらの質問は、聞いてはいけないことのように思えた。

 やがておじいさんがゆっくり顔をあげて、僕を見る。

「こんにちは」

「……こんにちは」

 緊張でかすれた声で返事をすると、彼は優しい声で僕にたずねた。

「どうしたんだい、ひとりで」

 それは――まるで、初めて会った人に話しかけるときみたいだった。

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