19. いざ、再生

 アカリはワクワクしながらSDカードのデータフォルダを開き、目的の動画をダブルクリックする。再生ソフトが起動し、データを読み込むだけの時間がとんでもなく長く思えて、やや緊張していることもあり、矢継ぎ早にビールを口に運んだ。

 そして、動画がはじまる。

 画面は少し暗いような気もするが、さすがの最高機種、コンパクトカメラとは思えないくっきりとした画質で蒔苗の寝室を映し出している。設置場所も良かったようで、ちょうどベッドの全体が映る絶妙な構図だ。

 冒頭しばらくは誰もいない寝室の映像が続くので、早送りして飛ばす。実際の時間にして十数分程度の録画時間が経過したところで、画面に異変があった。アカリは慌ててそこで通常再生のモードに戻した。

 バタンとドアが開閉する音がして、画面の隅から蒔苗とほとんど抱きかかえられるような状態のアカリが現れた。蒔苗がアカリをベッドに座らせる形で下ろすと、すでに眠り込んでいるのかアカリの上半身はそのまま後ろに倒れ込んだ。蒔苗は眠るアカリの両足もベッドに乗せ、全身がきれいにベッドに収まるように位置を几帳面に調整している。

 ――うっわー、ぜんぜん記憶にない。薬って怖い。

 アカリはちょっと引いてしまう。酒に酔っても記憶をなくす方ではない。アカリの常識からすれば、寝ているときでもあんな風に動かされれば、普通は目を覚ましてしまうもの。しかし画面の中のアカリはぴくりとも反応せずされるがままになっている。

 蒔苗は特段普段と変わった様子もなく淡々としている。Tシャツを脱ぎ捨てると、毎日ピザばかり食べているにしては筋肉質な体が現れて、裸の上半身を目にしただけでちょっときゅんとしてしまう自分が憎い。

 落ち着けこれは蒔苗だ、地味鈍感変人変態トンチキ野郎の蒔苗だ。アカリは自分にそう言い聞かせた。なにもかも、欲求不満のせいだ。そうでもなければこんな奴の裸にどきどきしたりなどしない。

 蒔苗は上半身を脱いだだけの状態で自らもベッドに上がると、四つん這いになって、仰向けのアカリを真上から見下ろすような体勢をとった。映像だと少し遠目なこともあり、目を閉じ間抜けにも小さく口を開けてただ横たわっている姿は確かに死んでいるように見えなくもない。まあ、近寄れば呼吸はしているし、心臓は動いているのだろうが、そのくらいは勘弁していただくしかないだろう。

 蒔苗は満足そうに口元を緩めた。それはごく稀に蒔苗がアカリに見せる皮肉っぽい微笑みではなく、満足そうな、幸せそうな、そして気のせいでなければ――愛しさをも含んだ笑みだった。

 ――わ、笑った! 蒔苗が! 俺を見て!

 ただそれだけのことにアカリは興奮した。心の中で快哉をあげた。

 例えるならば、自然番組を見ているときのような気分。隠しカメラで野生動物の生態を観察する、あれだ。アカリは今や、ドキドキしながら画面に見入り、「謎の生き物・蒔苗聡」の生きている人間の前では決して見せない野生の姿に胸躍らせているのだ。

 蒔苗の手がアカリの頰に触れる、頰を滑る。少しの間、もしかしたらアカリの状態が「蒔苗にとって満足できる『死体』になっているか」を確認しているのだろうか。これ、失格だったらあいつその場でゲロ吐くんだろうか。ちょっと不安になってしまったが、結果は幸い合格だったようで、蒔苗はアカリの頰から離した手で今度は衣服を脱がせにかかった。

 完全に眠り込んで力を失った相手から着ているものを剥ぎ取るのは簡単ではなさそうに思える。しかし、この日のアカリは蒔苗の苦労までも想定して、首から抜く必要があるTシャツではなく、前で開ける半袖シャツを着ていた。

 蒔苗は上からひとつひとつボタンを外していく。最初はゆったりとしていた動きが、次第に気が急いてか、焦り気味になる。そして、向かい合った相手のボタンを外してやる作業にはただでさえ普段とは違う指先の動きが要求されるのに、焦れば小さなボタンはますます指先から逃げる。

 あの蒔苗が、もどかしそうに、じれったそうにシャツのボタンと格闘する姿は滑稽で、でも少し可愛らしくもあった。

 ようやくシャツのボタンを外し終わると、腕から袖を抜きさえすればアカリの上半身は裸になる。すっかり気が昂ぶってきたのか、蒔苗はじれったそうな動きのままにアカリのベルトを外し、デニムを、靴下を、そして履いていた下着すら一気に脱がせてしまう。

 そして画面の中のアカリは全裸になった。決まった相手と付き合ったことがないアカリは、いわゆるハメ撮りの経験もない。出会い系を介して会った相手から動画撮影を持ちかけられたことは何度かあるが、もちろん顔が写り込んだ同性同士のセックスの映像を残されるような危険を許すはずはない。だから、アカリ自身もこんな風に画面を通して裸の自分と、その自分に向き合う他人を見るのは初めてのことだった。

 風呂上がりに鏡ごしに見る自分の裸と、画面の中に横たわった自分の裸はまるで別人のように印象が違った。週末の引越しバイトで体を使うので、アカリの体自体は色白で細身ながらも程よく筋肉がついて、決してみすぼらしくも弱々しくもないはずだった。しかし、画面の中自分の裸は、圧倒的に力なく、弱々しく、頼りないように見える。

 意識を失っているだけで人間の体の印象とはこんなにも違うものなのかと、アカリは妙なことに驚く。そういえば一般教養で取った民俗学関係の講義で、多くの未開民族の間で「眠っている間は魂が体を離れている」と信じられていたのだと聞いたことがある。そのときは単純に、昔の奴らってバカだなあというようなことを考えていたのだが、今なら彼らの気持ちもちょっとだけわかる。

 意識をなくした体はこんなに儚く、脆そうに見えるものなのか。

 そして、魂が離れて抵抗することもできず、体を守る衣服すらないアカリの肉体に――蒔苗は覆いかぶさった。

タイトルとURLをコピーしました