醒めるなら、それは夢

5. 第1章|1946年・ウィーン

「どうしたの、ぼんやりして。こっちは終わったから、後は適当にお湯使っちゃって。僕は出かけるから」 レオが妙な考えにふけっているうちにニコはさっさと体を拭き終えて身支度を整えてしまっていた。あくまで老婦人の付き添いは自分だけで行く気らしい。
醒めるなら、それは夢

4. 第1章|1946年・ウィーン

物音で夢から引き戻された。 目を覚ましたときの夢というのもおかしなものだが、それよりも古い記憶をなくしてしまったせいか、レオはミュンヘンの病院で目覚めた日の夢を頻繁にみる。すべての過去を失っていることに気づいたときの動揺にうなされては、「大丈夫」と触れてきたニコのひんやりと優しい手に安堵することを毎夜のように繰り返すのだ。
醒めるなら、それは夢

3. 第1章|1945年・ミュンヘン近郊

全身がずっしりと重く、指一本動かすことすら億劫だった。 まるで身体中が水に濡れた砂にでもなったような気分。そのままどこか深い場所まで沈んでいきそうな、ばらばらに砕けてしまいそうな感覚は、不快なようでいてどこか懐かしくもある。
醒めるなら、それは夢

2. 序章|1946年・ミュンヘン郊外

病院に戻ったレオは出発に備えてベッドを整え、畳んだ衣類や雑貨をトランクに収めた。 実のところ荷造りというほどの荷物もない。戦後に米軍に救助されて最初の病院に運び込まれたときは文字どおり体ひとつだったし、療養所的なこの病院に転院してからも、いくらか身の回りの物が増えた程度だ。まあいい、旅をするには身軽な方が楽だろう。
醒めるなら、それは夢

1. 序章|1946年・ミュンヘン郊外

殺風景な建物を出て道なりに歩き、たばこ屋の角を折れる。しばらく歩けば大きな公園に突き当たり、池に集うさまざまな姿かたちの水鳥や、芝生と木々の間をせわしなく駆け回るリスの姿を眺めながらそこをぐるりと一周するのがレオの日課だった。