醒めるなら、それは夢

7. 第1章|1946年・ウィーン

三日後にハンスへ電話をかけたところ、病院の掃除夫をやる気はないかと聞かれた。彼の母親が看護婦として働いている病院で、掃除夫の老人が仕事を辞めることになったらしい。 「スイスに移住した息子のとこにいくんだってさ。立ったままの作業が多いから膝が悪いなら少し大変かもしれないが、足腰弱ったじいさんでもなんとかなったんだから大丈夫だろう。なんせおまえは引ったくりを捕まえるくらい元気がある奴だからな。あの身のこなし、まるで軍人みたいだったぜ」
醒めるなら、それは夢

6. 第1章|1946年・ウィーン

街に出ると、最初にウィーンにやって来た日のことを思い出す。列車の窓からシェーンブルン宮殿が見えたときに、ようやく自分は本当にウィーンにやってきたのだと実感した。 越境するための正規の書類を持っていない自分たちが本当に国境を越えられるのかが不安で、列車に乗って以降うとうとすることすらできなかった。しかし、ニコがいくらかの現金とたばこを渡すと国境警備のソ連兵は何も言わず二人を見逃した。ほっとして緊張の糸が切れたレオはそこから眠り込んでしまい、ニコに揺り起こされるとそこはもうウィーンだった。
醒めるなら、それは夢

5. 第1章|1946年・ウィーン

「どうしたの、ぼんやりして。こっちは終わったから、後は適当にお湯使っちゃって。僕は出かけるから」 レオが妙な考えにふけっているうちにニコはさっさと体を拭き終えて身支度を整えてしまっていた。あくまで老婦人の付き添いは自分だけで行く気らしい。
醒めるなら、それは夢

4. 第1章|1946年・ウィーン

物音で夢から引き戻された。 目を覚ましたときの夢というのもおかしなものだが、それよりも古い記憶をなくしてしまったせいか、レオはミュンヘンの病院で目覚めた日の夢を頻繁にみる。すべての過去を失っていることに気づいたときの動揺にうなされては、「大丈夫」と触れてきたニコのひんやりと優しい手に安堵することを毎夜のように繰り返すのだ。
醒めるなら、それは夢

3. 第1章|1945年・ミュンヘン近郊

全身がずっしりと重く、指一本動かすことすら億劫だった。 まるで身体中が水に濡れた砂にでもなったような気分。そのままどこか深い場所まで沈んでいきそうな、ばらばらに砕けてしまいそうな感覚は、不快なようでいてどこか懐かしくもある。