36.  王殺し

 銀色の髪に顔を埋めると、そこからは嗅いだことのないようないい香りがした。〈王殺し〉が思ったままを告げると〈少年王〉は「香油だよ」と言う。

「侍女たちが、風呂上がりにあちこちにつけたんだ。髪を梳くときにも使ったからきっと一番強く香りが……あっ」

 もちろん〈王殺し〉は香油なるものが何であるのかよくわからない。ともあれ、あちこちにと言われれば確かめたくなり〈少年王〉の耳の裏に鼻先を擦りつける。くすぐったかったのか〈少年王〉があげる小さな叫び声は、あのとき祈りの間で耳にした悩ましい声にも似ていて〈王殺し〉は腰のあたりに不謹慎な衝動が生まれるのを感じる。

「あっ……それは、くすぐったいから……だめ」

 だめだ、いけない。わかっているのに止まらない。ただ鼻をくっつけていただけだったのが、甘い香りに誘われるように舌で耳を舐め、唇は首筋を伝い、思わずのけぞった青白い喉にくっきりと浮き上がる骨の形をなぞる。

「本当に、どこからもいい香りがする」

「ああっ、ん」

 その声に歓びが混ざっているのを確認し〈王殺し〉の情欲にも本格的に火がつく。だが、それは同時に〈少年王〉をひどいやり方で犯した記憶を呼び起こすことでもあった。怪しげな煎じ薬でおかしくなって〈少年王〉に覆いかぶさり狭い場所をこじ開けた。あのとき少年は苦痛の声をあげ、受け入れた場所からは赤い血が流れた。

「あの、何をっ」

 軽々と体を持ち上げられ、地面にうつ伏せる体勢で横たえられた〈少年王〉が動転するのも気にせず、衣の裾をめくりあげた〈王殺し〉はずっと気がかりだった場所を目の当たりにした。

「嫌っ。そこは見ちゃだめ」

 脚をばたつかせる〈少年王〉を柔らかい力で押さえ込み、薄く小さな尻の真ん中で震えるすぼまりをじっと見つめる。力での抵抗に意味がないことに気づいた〈少年王〉はただ恥辱に耐えることにしたようで、じっと黙りこんでいる。

 小さな襞の数ヶ所には痛々しく裂けた傷跡が残っていた。これは他の誰でもない〈王殺し〉自身がつけた傷だ。〈少年王〉の痴態にどうしようもなく興奮して、十分に慣らしもせずに獣の性器をねじ込み、射精するまで激しく揺さぶった結果だ。

 申し訳ない気持ち、いたたまれない気持ち、もちろんそれに興奮も上乗せされる。〈王殺し〉は無骨な指先でそっと襞に触れた。そこがひくりと震えるのは驚きか、それとも誘っているのか。思わずそっと唇を寄せて傷跡に舌を伸ばした。

「あ、んんっ!」

 突然敏感な場所を濡れた舌でまさぐられ、〈少年王〉はあられもない声をあげた。耳や首筋に触れられ既に種火は点りはじめていたのかもしれない。優しく舌でくすぐる動きにあっという間に砕けそうになった細い腰を〈王殺し〉は空いている方の腕で支える。

「あっ、そこ。そこ、だめっ」

 この声は嫌がっているのでも、怯えているのでもない。

〈少年王〉の反応に気を良くした〈王殺し〉は夢中になって襞の一枚一枚に唾液をまぶした。ひくひくと収縮を繰り返しながら緩んできたそこから唇を離すと、ちょうど〈少年王〉の腰のあたりの真下の地面に小さな濡れた跡ができているのに気づく。手を伸ばすとまだ成熟しきっていないペニスが健気にも硬く立ち上がり、とろとろと快感の証しを垂らしていた。

「怖がるな。痛いことも、ひどいこともしないから」

 そう言いながら先端にうっすら開いた割れ目を指先でくすぐってやると、こらえきれなくなったのか〈少年王〉は〈王殺し〉の固く大きな手のひらに自らそこを擦りつけるように腰を振った。

「ほら、気持ちいいことだけしか」

「あっ、あっ……はあんっ」

 抱き起こした体を、あぐらをかいて座った膝の中に抱き込む。〈少年王〉の頬は既にピンク色に染まり、黒い瞳には情欲が溢れている。少年から青年に変化しはじめたばかりの幼さを残す体は、しかしすでに貪欲に快楽を求めることを知っている。

「いやっ、嫌いに……嫌いにならないでっ」

 喘ぎ声に混じって〈少年王〉が悲鳴のように訴えてくる。こんな愛らしい姿を見せられて嫌いになるはずなどない。意味がわからず訊き返す〈王殺し〉に、しかし〈少年王〉はいたって真剣だった。

「言われたんだ。あそこで見てた〈あれ〉も、僕の妄想だったって。心の中でいやらしいこと考えてたから、僕の心が〈あれ〉を生み出したんだって……だからっ……」

 祈りの間で見た黒い影のことを言っているのだ。誰かが〈少年王〉に、「あれ」は彼の淫らな妄想が具現化したものだと告げたのだと。そして〈少年王〉は欲望を抱くことや快楽に溺れることを恥ずべきことだと思っている。その健気さはなぜだか〈王殺し〉の興奮をより高めた。

「こんなに綺麗なものを嫌いになんかならない。触れて欲しければ、あんな化け物じゃなく俺がいくらだって触れてやる。ほら」

 衣の上から乳首をかりかりと引っ掻いてやると、〈少年王〉は身悶えし歓喜に喘いだ。

 ほとんど自由のない王宮の暮らしの中で、溜め込んでいた思春期らしい欲望があの煎じ薬のせいで表に出てきたことの何がおかしい。そして、あの場の空気に飲まれた〈王殺し〉は煎じ薬のせいで彼の幻想を共有し、そして――。

 ふと〈少年王〉の手が〈王殺し〉の股間に触れた。既に固く猛っているものの熱さに驚いたように〈少年王〉が顔を上げる。

「君も……」

 小さな手で布越しに撫でられるだけでたまらないのが正直なところだ。だが〈王殺し〉は〈少年王〉を傷つけたくなかった。まだこの少年の体は〈王殺し〉自身が無理をしたせいで傷ついている。今の〈王殺し〉のそれは獣のものほど凶暴ではないが、体格同様普通の男よりはずいぶん大きいはずだ。

「俺はいい。今日はお前を傷つけるようなことはしない」

「でも」

 少し戸惑うような素振りを見せてから〈少年王〉は思いもよらない行動に出た。〈王殺し〉の前にしゃがみこむと、服の前をくつろげて取り出した大きなものを迷わず口に咥えたのだ。

「おいっ」

 あまりに恐れ多くて引き離そうとしたものの、結局〈王殺し〉は快楽の前に負ける。四つん這いになった〈少年王〉は〈王殺し〉のいきり立ったペニスを拙いながらも必死に咥え、舐めすすろうとする。〈王殺し〉ははじめて受ける直接的な愛撫に陶酔しながら太い腕を伸ばし、ひくひくと震える〈少年王〉の前や後ろを手で触れてやった。

「んっ……ん」

「はあ……」

 次第に互いの呼吸が速くなり、果てるのは同時だった。〈少年王〉は〈王殺し〉の手を濡らし、それと同時に〈王殺し〉は思わず〈少年王〉の口の中に放った。

「すまない」

 正気に戻って謝罪の言葉を口にする〈王殺し〉の顔を見上げながら〈少年王〉はいとも自然な仕草で、口で受け止めたものを飲み込んだ。そして、伸び上がるようにして〈王殺し〉の太い首に腕を回すと、唇に唇を押し当ててきた。薔薇色の小さな唇は〈王殺し〉が知るこの世のどんなものよりも甘かった。

 体の熱が冷めると、急に乾きと空腹を自覚した。思えばもう二日ほど何も食べていない。おそらく〈少年王〉も似たようなものだろう。

「腹が減ったな。何か探してくる」

 そう言って〈王殺し〉が立ち上がると、一人取り残されるのが心細いのか〈少年王〉も体を起こしてついてきた。

 二人並んで洞窟の外に歩みでる。

「うわあ」

 すっかり様変わりした世界に〈少年王〉が歓声をあげる。

 そこは、待ちわびた雨の後。

 空は青く澄み渡り、激しい雨の後で木々の葉は信じられないほどみずみずしく輝いている。地面のあちこちにできた水たまりは太陽の光をきらきらと反射して、やってきた小鳥や小動物が楽しそうに水浴びをしている。乾いた地面は今はただぬかるんでいるだけだが、数日もすれば地中に埋まった種子から苔や草が芽吹くだろう。

 すっかり生命の輝きを取り戻した森の姿に満面の笑みを浮かべた〈少年王〉だが、ふと王都の方向に視線をやり、少しだけ寂しそうにつぶやく。

「みんなは、何をしてるかな?」

 あんな酷い目に遭わされたのに、もう「王の証し」からは解き放たれたはずなのに〈少年王〉はまだ彼の民のことを気にしている――〈王殺し〉はそれが気にくわないが、自らを焼こうとした人々のことすら気にかける優しい〈少年王〉だからこそ〈王殺し〉は彼に惹かれたのだろう。

 この少年の心が完全に自由になるまでは、もう少し時間がかかるのかもしれない。〈王殺し〉がすべきことは急かすことではなく、ただ寄り添うこと。

 王宮の外の何かもが物珍しいようで〈少年王〉は興味深そうに周囲を見て回り始める。危ないからあまり遠くに行くなと注意し、小鹿のように飛び跳ねる少年の背中を眺めながら〈王殺し〉はふと思う。

 ――でも、この少年はこれからも俺にとっては王だ。俺に全てを与え、俺の全てであり続ける、美しい〈少年王〉だ。彼が王で、自分がたったひとりの彼の民。

 ここから先にあるのはきっと、二人だけの国。

 

(終)
2017.09.23-2017.11.07