If they had an unexpected reunion … (01)


「心を埋める」の4人が、もしデート中に偶然再会したら、のIF的SSです(今のところ、ストーリー本体の流れとは別物のお遊び小話という位置づけ)。未生×尚人と羽多野×栄が混ざっている+本編からのシリアスな展開や人間関係そのままのイメージだと地雷に該当する可能性が高いので、ご注意ください。


 

 実母の死をきっかけに父親に引き取られ、未生が東京にやってきてから、早くも十年近くが経つ。

 ただ無気力に、水底で泥に身を委ねるような気持ちで過ごしてきた日々と、突然の変化。これまでの月日は気が遠くなるほど長い時間であったようにも思えるし、あっという間だった気もする。

 未生はぼんやりと、美しく陳列された最新モデルのアップルウォッチを眺めていた。大きく外観は変わらないものの、自分の手首に巻き付いているものはいつのまにかずいぶん古い世代になってしまった。

 そんなことを考えていると、ぽんと背後から肩を叩かれる。

「未生くん。ごめん、待った?」

 振り向くと、ほんの少し息が乱れた様子の尚人が立っている。電車のトラブルで少し遅れる、とメッセージはもらっているのだから焦ることないのに、それでも駅から小走りでここまで来たに違いない。そんな誠実さが微笑ましい。

「ううん、そんなには」

 首を振ると、尚人が未生の手元をのぞきこむ。

「新しいの、欲しいの?」

「いや、俺の最新OSも対応してるし、まだいいよ。ぶらぶら見てただけ」

「ふうん」

 わかったようなわかっていないような顔で尚人はうなずく。仕事で必要な最低限の知識はあるものの、ガジェット類へのそもそもの関心が薄い尚人にとってはスマートウォッチの世代や機能もどうでもいいことなのだろう。目新しいガジェットに興味を示すまでもなく尚人の手首にはそこそこ高級な機械時計がある。そして未生はもちろん、あえてその出所を聞かないようにしている。

「僕もそういうの、もっと勉強しなきゃいけないんだよね。ほら、今って小中学校でもタブレット使わせるし、うちの会社でも遠隔授業やカウンセリングを強化してるから」

 スマートウォッチに興味のない尚人も、隣のテーブルに並んでいるiPadは気になるようだ。職場から貸与されたものが部屋には置いてあったが、見ている限り十分に活用しているようには見えない。

「尚人の仕事も大変だよな、新しいこと付いていかなきゃいけなくて」

「会社はITのコンサルと契約してるんだけど、お願いするこっちが何もわからないんじゃ話にならないからね」

 出会った頃の尚人の仕事は、生徒の家を訪問して勉強を教える昔ながらの家庭教師が中心だった。いい大人がアルバイトでなく専業で小学生の家庭教師をすることの意味を理解できなかった未生は、尚人を構いたい幼稚な意図もあって彼の仕事を揶揄するようなことを口にした。今ではひどく後悔している。

 そんな尚人も、今では学生時代に専門的に学んだ内容を活かして、勤務する家庭教師派遣会社の新規事業のプランニングを手がけるようになった。傍目にも忙しさは増しているが、生き生きと仕事に向かう姿は未生にとっては憧れや目標でもある。

「……で、予約は12時半だっけ? タブレット見るならまた後にした方がいいんじゃね?」

「あ、そうだった。そろそろ出ようか」

 尚人が遅刻したので、レストランの予約まではあと十分ほどしかなかった。

 今日は土曜日。二人は銀座で待ち合わせて、ランチの後で尚人のマンションに向かう約束をしていた。

 東京と千葉、電車で一時間半程度の距離に暮らす二人は、試験前などの特別な時期を除けば毎週末一緒に過ごす。普段は、土曜の朝にアルバイトを終えた未生が尚人のマンションに直行するのだが、たまにはこうして待ち合わせして食事したり買い物したりすることもある。

 今の大学に進学するまでは城西で暮らし、渋谷区を中心とするいかにも若者が集う地域を遊び場としてきた未生にとって、尚人が提案してくる待ち合わせ場所――それこそ銀座とか、日本橋とか、神楽坂など――は、同じ東京とは思えないくらいに馴染みのないエリアだ。面積的には決して広くはない東京だが、十年近く暮らしても未生が知るのはごくごく狭い地域だけだったのだと今さらながら知った。

 高級デパート、ハイブランドの路面店、瀟洒なレストラン。どれにもたいした興味はないし、わざわざ小金持ちのジジババが集う地域に脚を運ばなくたって、同じものを手に入れたければ新宿だって十分すぎる。とはいえ尚人に誘われるならば、話は別だ。

 何より、外でのデートは楽しい。恋人の権利を行使して部屋に押しかけるのも楽しいが、人目をはばからず待ち合わせることには別種のわくわく感がある。かつての未生は、体だけの付き合いのつもりでいる相手にデートをねだられると心底迷惑に感じていたものだが、相手が変わるとこうも心境が変化するのかと、我ながら驚いてしまう。

「何度か来たことあるんだけど、すごく美味しいんだ。ランチだとそんなに高くないから一度未生くんもどうかなって」

 予約してあるレストランに向かいながら、尚人は楽しそうだ。

 ちょっとお茶するだけで数千円かかる店もざらにあるのが銀座だが、これだけ店があると穴場も存在する。ビジネス街ゆえに、特にランチについてはコストパフォーマンスに優れた店も多いのだという。

 どうせ「前に何度か来た」相手は谷口栄に決まっている。上流ぶったいけすかない男に銀座界隈は似合うし、勤務先の霞ヶ関は銀座のすぐお隣だ。

 未生への配慮なのか、本人も敬遠しているのかはわからないけれど、尚人が未生を誘い出すときには、かつての恋人と暮らしていた麻布近辺は避けているように見える。だが、自主的におしゃれな飲食店もショップも開拓しそうにない尚人にとって、東京の知見のほとんどは栄から得たものだろう。それを嫉妬したところで仕方ない。

 最近の未生はポジティブだ。尚人が知る素敵なものを未生と分かち合おうとしてくれることは嬉しい。だったらその気持ちは尊重したいし、栄との思い出がある場所などすべて、未生と尚人との新しい思い出で上書きすればいいだけだ。

 

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