「ああ、そういうことか」
内股をすり合わせる仕草にようやく尚人の懸念を理解したのか、未生はにやりと笑う。そして、尚人の両脚を持ち上げて開くと足の付け根のきわどい部分にわざとらしく舌を這わせた。
「い、嫌だってば! やめろよ」
履いて見せさえすれば満足すると思っていた尚人が甘かった。未生は完全に、尚人にこのままの格好をさせたまま行為になだれ込む気でいる。
尚人は焦った。ただでさえ少ない布地で女性にはないものを抑え込んでいるのだ。そこに刺激を与えられればどうなるかなど考えるまでもない。
「何が嫌なんだよ、自分で履いたんじゃん」
完全に面白がっている未生の腕から逃れようともがくが、舌先が内腿のくぼんだ部分をくすぐると身体中を甘い快感が走り抜けて動けなくなる。
「は、履いたけど、でも。だって……」
「だって?」
普段子どもっぽい未生の声が、こういうときはひどく大人びて聞こえる。なだめるように、あやすように抵抗の理由を問う。
「だって、これ以上は――」
泣き言をこぼしたって、もう遅い。白く薄い布地はうっすらと湿り、ぱんぱんに張り詰めたものはすでに収まりきれずはみ出している。みっともないし滑稽だ。こんなの、やっぱり男が履くようなものではない。尚人はぎゅっと目を閉じた。こんな奇妙な姿、お笑いだ。
ところが笑い声の代わりに耳に飛び込んできたのは、ごくりと唾を飲む音だった。
「いや、これはこれでエロいって」
勃起してレースの端からはみ出した先端を見て未生が感慨深げに言う。腰を抱き寄せて信じられないほど近い距離で、そこを凝視されている。頭の中がかっと熱くなった。そして猫のように指先でレースにじゃれて見せる未生の指先は、偶然を装って敏感な場所をかすめる。
「……あ」
下腹部が脈打つ感覚に続いて、小さなショーツの圧迫感がひときわきつくなった。
「も、もういいだろ」
羞恥心の面でも肉体的にもそろそろ限界だ。尚人はリボンの結び目に手を伸ばして解こうとするが、未生はそれをやんわり制すると尚人の腰のあたりを掴んで体を持ち上げようとした。
「ちょっと未生くんっ……」
不安定な体勢で倒れ込むのを避けようと思わず両肘両膝をついて四つん這いの姿勢になった、その下に未生が潜り込む。
「大丈夫だって。尚人だって言うほど嫌って感じでもないだろ」
結局尚人は、不似合いな下着を脱ぐことすら許されないまま、仰向けに寝そべる未生の顔をまたぐ格好を取らされる羽目になった。
これはまずい。本当にまずい。怖いもの見たさでちらりと視線を後ろに向けると、四つん這いになった尚人の股間がちょうど未生の顔の真上にあった。――恥ずかしくて死ぬ。本気でそう思った。しかし激しい羞恥心すら、直接的な愛撫には負けるのだ。
未生の指はまず布越しに浮き上がった尚人の形を、根元から先端に向けてなぞる。強すぎず、弱すぎない絶妙な焦らし方に尚人は腰を震わせる。
「男のパンツだとどうしても濃い色が多いじゃん。でも白ってのもいいよな。尚人、いつもより濡れててここ、色も血管もわかるくらい透けてる」
「……っ!」
つうっと、浮きだした筋をなぞられて尚人は必死に膝に力を入れた。ここで崩れ落ちたら、こともあろうか局部を未生の顔に押し付けることになってしまう。
「お、お願い未生くん。この体勢は」
「嫌じゃねーだろ。ビショビショだし、先っぽ、ほとんど触ってないのにもう開いてきてる」
そんなこと言われなくたってわかっている。まだキスもしていない、ほとんど触れられていないのに、この異様な状況に尚人もまたおかしくなっていることを。こんな恥ずかしい格好をさせられているのに、倒錯的な自分の姿に未生が興奮しているというその事実だけで――尚人だって信じられないくらい高まっているのだ。
「ああっ」
やがて、指だけではなく布越しに熱く柔らかい感触。未生が唇でそこに触れはじめる。と同時に大きな両手がレースに包まれた臀部をやわやわと揉みはじめた。こうなると、指先が奥まった場所に伸びるまでにも時間はかからない。
いつの間に取り出したのかローションがレースを濡らし、未生は尚人の前を口で愛撫しながら後ろを指先でくすぐる。くちゅくちゅと濡れた音が背後から尚人の耳を刺激した。
「ん、あ、ああっ」
「尚人、すっげえ可愛い、やらしい」
もう、そこがどうなっているかなど見たくない。ただ押し寄せる感覚に身を任せている方が、よっぽど楽だ。熱い息を吐きながら、強すぎる快楽を逃がそうと首を振ったところで、スウェットを押し上げる未生の怒張が目に入る。
――どうせ非日常なら、とことんだ。ほとんど迷うことなく尚人は未生の寝間着がわりのスウェットを下着ごとずらして、飛び出してきたものに唇を寄せた。
「……尚人!?」
一瞬驚いた声。それから未生は「サービスいいな」とつぶやいた。尚人は軽口には答えず、ボディソープと先走りの混じったなんともいえない香りのするそれを握り先端を頬張った。
内部に入り込んだ未生の指先が敏感なしこりを擦ると、耐えきれず尚人の膝は崩れる。と同時に未生も器用に体を転がし、ふたりはベッドに横向きになって、ただ夢中で、口と手を使って互いを愛撫した。
先に達したのは尚人。それだけでは悔しくて口の中のものを吸い上げる。未生が手を伸ばし尚人の頭を引き剥がすような動きをするが、逆らった。
「おい、尚人……っ、あっ」
珍しく切羽詰まった声をあげた未生が体を震わせ、尚人の口の中を青くさく苦いものが満たした。
「おいっ、何やって」
数度荒い息を吐いてから未生ががばっと体を起こす。尚人ごときに口でイかされたのが悔しいのか、それとも口で受け止められたことが気まずいのか。だが、普段は好き放題されてばかりなのだから、たまにはちょっとした意趣返しだってしてやりたい。
尚人は未生の目の前で、ゆっくりと口の中のものを飲み込んで見せた。
*
気づけばすっかり日付も変わって、結局先週と同様――いや先週以上に内容・回数共に激しく励んでしまったことになる。くたくたになった体をベッドに横たえて、尚人はもう指一本も動かしたくない気分だった。
最初の一度は履いたまま、二度目は片方のリボンが解けたもののかろうじて尚人の腿に引っかかっていたレースの下着はドロドロのくしゃくしゃになって床に落ちている。間違いなくあれが起爆剤になり、結果、あれが脱げてしまった後も妙なハイテンションのままに長時間貪りあった。
さすがにやりすぎたと反省している――のはおそらく尚人だけなのだろう。隣に横たわる未生は満足げに尚人の汗で濡れた髪を撫でて、口を開く。
「すっげえ良かった。また……」
「二度とないから!」
尚人は即答する。最初は罪悪感から、後は流されて我を忘れてしまったとはいえ、あんな恥ずかしい格好は二度としたくない。
「何だよ自分だってノリノリだったくせに」
「ダメだよ、こういうのが普通になったら」
尚人は断固とした態度で言い切った。もちろん尚人だってひどく興奮したことは否定できないのだが――こんなことが普通になったら次から次へ際限なく妙な方向にエスカレートしていきそうで怖い。
「……未生くんも、これで満足だろ」
そこで未生はようやく尚人が自らあの下着を身につけてきた理由に思い至ったらしい。髪を撫でる手を止めると、納得したように言う。
「あ、もしかして尚人、先週俺が言ったこと気にしてくれてたんだ」
むしろ、それ以外にどんな理由があれば、わざわざあんなものを自ら着用するというのだろうか。
「気になるよ、あんなに恨みがましい顔されれば」
そう言いながら今度は尚人が手を伸ばして未生の前髪を指先ですくう。恥ずかしいし情けないし、気は進まなかった。でも、それで少しでも未生が満足するのならと勇気を出したのだ。それくらいわかってほしい。
そんな尚人の気持ちが伝わったのか、くすぐったそうに目を細めて未生は心底満足そうに笑った。
「やっぱりたまにはゴネてみるもんだな。こういうご褒美もあるんだから」
どうやら尚人の捨て身の作戦は功を奏して、年下の恋人のご機嫌は直ったようだ。安堵したせいもあって、甘く気だるい雰囲気の中、尚人は少しだけ勇気を出して言いたいことを口にしてみる。
「栄はさ、僕と別れるとき、娘を嫁に出す父親みたいな気分って言ったんだ」
だから、栄の側でももう尚人との関係は終わっている――そう強調したかったのだが、未生は「栄」という名前を聞いただけでわざとらしく嫌な顔をして見せた。
「父親って、何様のつもりだよ」
そうは言いつつ話題自体を拒む風ではないのは、心ゆくまで抱き合って心底満たされている状態だからだろうか。
「上京したてで不安だったときに助けてくれて、僕が今こうやって都会で暮らしても浮かないようにしてくれた栄には、本当に感謝してるんだ。それに、未生くんだって昔のダサい僕だったら絶対興味持ってないし」
「で?」
「だからさ、栄にもいい人ができてたらいいなって思う」
それは正直な気持ちだった。苦しい気持ちや寂しい気持ちも味わったけれど、振り返れば栄に与えてもらったものはあまりに大きい。せめて一緒にいることで少しずつでも恩返しできればと思っていたが、結局栄には尚人ではだめだったし、尚人には栄ではだめだった。
だからせめて栄がもっとふさわしい相手と――尚人よりもっと強くて優しくて、栄の虚勢や弱さすら包み込めるような誰かと出会って幸せになってくれれば――。もちろんこんなふうに考えること自体が、尚人が今未生と一緒にいて喜びを感じていることへの罪悪感からくる勝手な感情なのかもしれないけれど。
黙って尚人の話を聞いていた未生はしかし、辛辣だ。
「あんなクソ面倒で偉そうな奴、そう簡単にはいかないだろ。性格に問題があるんだよ、根本的に」
優馬の不登校の件など、振り返れば未生だって栄の世話にはなっているはずなのに、まるでそんなことなかったかのように言いたい放題。さすがに栄に申し訳なくて尚人は裸の肩をすくめた。
「ひどいなあ、君のイメージも極端なんだよ。栄は僕なんかよりよっぽどモテるし、きっと選り取り見取りだって」
「はいはい。まあ、その方がこっちも気は楽だけどな。じゃあこれであいつの話はお終い!」
確かに未生に向かって栄の話をするのは無神経かもしれない。でも、黙っていたらそれはそれで、勝手に栄の影を感じて不機嫌になるのだから、わがままなのはこちらだけではないはずだ。
「だったら未生くんも、過去への嫉妬はほどほどにしてください」
軽くにらみながら尚人がそう告げると、未生は笑いながら腕を伸ばしてくる。
「だったら嫉妬しなくてすむよう、頑張って上書きしなきゃな」
それは一体何の上書きなのか、疑問がないわけでもないが、疲れと睡魔が襲ってきたのでそれ以上言い返すことをやめる。尚人は未生の体温を感じながら目を閉じた。
窓の外では夏の虫が鳴いている。明日も未生はここにいる。どうやって過ごそうか、と遠のく意識の中ぼんやりと考える。暑いからと家に閉じこもってばかりでなく、せっかくの休みだからどこかに出かけるのもいい。何も遠くに旅行しなくたって、電車で行ける海でも、近所の夏祭りでもいい。
こうして、ひとつひとつ思い出を積み重ねて、いつか未生の不安も消えてなくなるように。
(終)
2019.08.13-08.18