If they had an unexpected reunion … (14)

 デザートは、やはり当地の名物であるという「ブネ」という濃厚なチョコレートプリンだった。日本のプリンとは比べものにならないほど重くて甘いが、苦みの強い本場式のエスプレッソには合っている。

「へえ、甘ったるいものと苦すぎるもの合わせると、美味いんだな」

 コーヒー嫌いを克服した未生だが、濃くて苦いエスプレッソは苦手だった。甘い物はいける口とはいえ、あくまで好きなのは日本人の口に合う控えめな味。外国のケーキにありがちなどっしりとした甘さは苦手だとばかり思っていた。

 尚人も首を縦に振る。

「本当に。僕もエスプレッソってあんまり得意じゃないんだけど、イタリア料理の最後に飲むと不思議と胃がすっきりするんだよね」

 こんな美味いデザートをキャンセルするなんて、気が知れない。しかも結果的に栄は、未生の前から尻尾を巻いて逃げたことになる。時間が経つにつれて未生は、羽多野のアシストは大きかったにせよ、今日のところは自分が谷口栄に一泡吹かせてやったのだという満足感を抱きつつあった。

 予想とはずいぶん違うが、最高のデートだったかもしれない。

 すべての食事を終え、そろそろ会計しようかと尚人は目線でウェイターに合図を送る。高級店ではこのように振る舞うものなのかと、未生はこっそり胸の中でメモしておいた。

 だが、やってきたウェイターは恭しく「お会計は、すでに谷口さんから」と告げる。

「え? 栄が?」と、尚人。

「はあ? あの野郎」と、思わず汚い言葉が飛び出してから、未生はあわてて口をつぐむ。

「久しぶりに会えたので、今日はご馳走させて欲しいとのことでした」

 未生の態度に気を悪くするというよりは、微笑ましそうに笑いを堪えながらウェイターは栄からのメッセージを伝えた。

 トイレからの戻りが遅いとは思った。そういえば栄と羽多野が去るときにも会計をしている素振りはなかった。カウンターに寄って自分たちのデザートをキャンセルするときに、栄は四人分の会計を済ませていたのだ。

 谷口栄、やはり転んでもただでは起きない男。これは「厚意」などではない。最後の最後に、未生への最大限の嫌味として「スマートな大人の振るまい」を見せつけていったのだ。

 本人がここにいない以上、自分たちの分は払うとごねたところで店を困らせるだけだ。尚人は苦笑いで「わかりました、ありがとうございます」と答え、未生はただ歯噛みするだけだった。

「くっそむかつくな。あいつ、どこまで嫌味ったらしいんだよ」

 店を出ると汗ばむ陽気。一度は勝利を確信したところで、思わぬしっぺ返しを食らった未生は不満をこぼしつづける。

「でもまあ栄らしいっていうか。本人は良かれと思ってやったんじゃない? 気前がいいっていうか、つい良い格好しちゃうんだよ」

「尚人あいつの肩を持つのかよ。親切心なはずないだろ、あれは間違いなく俺への嫌がらせだよ。四人分の飯代くらい軽く支払うのが大人の男だって」

 そもそも支払いは尚人がする予定だったのだが、栄はそんなことは知らなかった。未生と尚人にとっては奮発しての食事も、栄にとってはさらりと奢ってしまえる程度――わかってはいても、経済力の違いを見せつけられると平常心ではいられない。

 尚人は元気づけるように未生の肩を軽く叩き、笑う。

「そういうのは栄の価値観で、僕たちとは違うんだから」

 そして小さな声で付け加えた。

「いいんだよ。未生くんはそんなに焦って大人になろうとしなくたってさ」

 ほんの少し寂しそうに言われると、未生は口をつぐむしかない。重ねる時間と深まっていく関係が与えてくれるのが、安心や信頼だけとは限らないということ。それはかつて長い恋を失った尚人にしかわからない感情だ。

 未生が大人になったからといって、二人の関係は悪い方には変わらない。そう信じてはいるけれど、何の根拠も持たない未生にできることは、無責任な言葉を口にすることではなく、目の前の一日を積み重ねていくことだけ。今日から明日、そして明後日と――。

「……あーあ、せっかくの美味い飯なのに、ブツブツうるさい奴がいたせいで、半分くらい味しなかったな」

 手をつなぎたいが、休日真昼の街中なので我慢する。代わりに大きく伸びをしながら未生が言うと、ラビオリをがっつく未生の姿を思い出したのか、尚人は吹き出した。

「嘘だ。あんなに美味しそうに食べてたのに」

 それから少し思案して、続ける。

「……そうだ、今日はお金も払わず済んだし、せっかくだからまた今度別のお店にでも行ってみる?」

 確かに、今日のランチに使うはずだった予算は手つかずのまま残った。だが栄のあの振る舞いを見せられた後だと、未生も素直に「はい、奢ってもらいます」という気分にはなれない。

「だったらさ、俺もバイト代貯めて半額だすから、次はディナーにする?」

「ええ? それじゃ話が違うよ」

 背伸びすれば尚人は寂しがる――とはいえ、未生には未生のプライドがある。さすがに全額とはいかないが、割り勘くらいはいいじゃないか。クリスマスとか、尚人の誕生日とか、何か特別な日に。

 もちろん、次回は谷口栄も羽多野も抜きで。

 

(終)
2021.05.16-10.12

 

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