最初のとき。それ以降もごくまれに、羽多野は戯れに栄に自ら後ろを指で慣らすよう求めてくる。当然栄は断るのだが、手を取られ導かれるうちに大抵は言われたとおり指を動かしてしまう。
とはいえ普段の羽多野はリードすることを好むから、挿入の準備もほとんどの場合は指で、そしてときに唇や舌を使って丹念に自ら行う。普段施される行為を思い浮かべるだけで、その場所がひくつくようで栄は羞恥に顔を熱くした。
「本当に、手を貸さなくて大丈夫?」
脚はギプス。背中は痛みで動かせず手は縛られて視界は塞がれた無残な姿で、それでも羽多野はあわよくば彼のペースに持ち込もうとしているように見える。優しさと狡猾さの混ざった問いかけに栄はまず首を左右に振り、それから羽多野には見えないことに気づいて言葉も重ねた。
「けっこうですよ。あんまり俺を舐めないでください」
「たしかにこれじゃ、君を舐めることもできないな」
普段ならば栄の体の隅から隅まで舐めてしゃぶって味わい尽くす羽多野だが、今日はままならない。彼なりに手持ち無沙汰なのか、もどかしいのか。縛られた両手は腹の上に置かれているが、ときおり栄の体を探すようにゆらゆらと落ち着きなく宙をさまよう。
「……俺がそういう品のない冗談好きじゃないって、わかってるくせに」
くだらない冗談のお仕置き代わりに、栄は羽多野のへその下あたりを指先でぱちんと弾いてやる。予想外の刺激に小さなうめき声をあげる羽多野。だがきっと、それすら性的な快感になる。
「うるさいこと言わずに、もうちょっと待ってください」
羽多野の体をまたいだままで、栄は両膝に力を入れて軽く臀部を持ち上げた。
膝立ちの姿勢で脚の間からローションをまとわせた右手を差し入れ、そっと自身の後孔に触れると、ぬるつく指先を押し返す感触があった。円を描くようにくるくると刺激して、まだきゅんと閉じた狭い場所の緊張をほぐしにかかる。
栄は慣れない行為に集中し、羽多野も無駄なおしゃべりを止めた。すると室内は、小さな音だけで満たされる。
余計な茶々を入れられて興を削がれるのも困るが、沈黙は栄の緊張を高める。視界を閉ざされた羽多野は今、すべての集中力を耳に向け、栄の動作のひとつひとつを把握しようとしているだろう。
引き出しを開く音。ボトルの蓋を開く音。中身を絞り出すときの音。そして栄が濡れた指先で自らを拓く音と、こらえきれず唇からこぼれる小さな喘ぎ。
「……っ」
いくらか柔らかくなったところで、指先にぐっと力を込めた。筋肉の反発を押しのけてつぷりと押し入った先は熱く、狭い。
栄は思わずさっき手の中ではじけさせた羽多野のものの手触りや硬さ、大きさを思い浮かべてしまう。指一本でも締め付けてくるこの場所に、一体どうやっていつもあんなものをくわえこんでいたんだろう。
指を挿入した衝撃で一瞬萎えた栄のものも、内側が柔らかくほぐれるに従って再び勃ちあがる。体の緊張を和らげようとゆっくりと長い呼吸を繰り返していると、じっと耳を傾けていた羽多野が低い声でささやいた。
「どのくらい入った?」
「え……」
「指は、一本? いや、そろそろ二本は入ったか? 第二関節まで入れて、曲げるとちょうど君の良い場所に届く」
言葉に誘われるように、栄の感覚は尻の内側と埋めた指に集中する。羽多野の読み通り、ちょうど指は二本に増やしたところ。数週間ぶりの異物に馴染んできた内壁を確かめながら、そろそろ次の段階に進もうとしていたところだった。
栄は顔を上げて、枕に背を預けたままの羽多野に視線を向ける。
前髪が少し汗で湿っている。呼吸もほんの少し乱れて、薄く開いた唇がなまめかしい。そして、ネクタイでしっかり目隠しされているにもかかわらず、彼の目はしっかりと栄の方を向いていた。
――見なくても、触れなくても、見透かされている。確信は栄の温度を上げる。
今日は栄がコントロールする側で、羽多野のいいようにはならない。そう決めていたのに、まるで彼の言葉に誘われるかのように、栄はゆっくりと指を曲げ快感の源に触れる。
「あ……っ」
苦痛にも似た声が唇からこぼれて、思わずぎゅっと閉じた目の奥で光の粒がはじける。自慰のときだってほとんど触れない場所。自分で触れるなんてプライドが許さない。でも今は羽多野の上にまたがって、彼を見下ろしながら自分で自分の性感帯を刺激しつつ腰を揺らしている。
見られていないが、見透かされている。アンビバレンスで倒錯的な状況が、こんなにも刺激的だなんて。
「……っ、は、ぁ……」
一度触れると、もう止まらない。栄は自らの前立腺を指先でほぐしながら、淫らに指と腰をうごめかす。ベッドのスプリングが揺れてぎしぎしと音を立てた。
「声は殺すなよ。今は音しかないんだから……」
羽多野の声は低く、熱っぽく、少しかすれている。見えていない男の視線に興奮する栄と、音だけで昂ぶらせる羽多野。ふたりとも、どうかしている。だが――羽多野を煽るのはもしかしたら、音だけではないのかもしれない。
「無理……」
恥ずかしい声をあげることにまだ躊躇する栄の太ももを、戒めた指先で軽く一度引っ掻いて、羽多野は続ける。
「谷口くん、前も後ろももうびしょびしょだな」
後ろからは、指を伝い落ちたローション。前からはあふれる先走り。こぼれおちる滴で羽多野の腹はすでにじっとりと湿っていた。そしてもちろん彼の勃起もすでに先端を濡らし、目指す場所に押し入る準備を万端にしていた。