羽多野が足を怪我した話 (18)

 実際はおそらく数分程度だったのだろうが、地獄――もしくは極楽――の責め苦に悶える羽多野にとってはずいぶんと長い時間に感じられた。意思の力でどうなるわけでもないのに下腹部に力を入れて、剛直をより硬く上向きのまま保とうなどという、くだらない努力すら試みた。

 その努力が身を結んだ、というよりは単に栄の試行錯誤の結果なのだろうが、やがて羽多野の先端がぴったりと窄まりをとらえる。

「そのまま腰を落とせ……」

「わかってます!」

 色気のかけらもないやり取りとは対照的に、挿入の瞬間はこれまで経験したことないほどの、めくるめく快楽を羽多野にもたらした。

 視界と動きを封じた状態で、全身の神経すべてが聴覚と触覚に向かっている。しかも自ら挿入することへの戸惑いや緊張のせいか、栄の動きはひどくゆっくりと用心深い。

 窄まりにはまった先端はすぐに筋肉の抵抗を押しのけて、つぷりと栄の体内に侵入する。

「う……っ……」

 うめき声を漏らす唇はきっと半開きで、キスの名残で艶めかしく濡れているだろう。

 侵入には成功しても、栄の内側は普段よりずっと硬く感じられる。きっと体がこわばっているせいだ。羽多野の体が自由になりさえすれば、耳や首筋を舐め、背中や腰を撫で、なんなら緊張で萎えかけたペニスをしごいて栄をリラックスさせてやることができるのに。気の毒に思いながらも、栄が彼の意思でゆっくりと羽多野の勃起を内側に導いていくもどかしい過程には、どうしようもなく興奮した。

 大きく張り出した亀頭が窄まりをくぐるのが一番の難所だ。羽多野がリードするときは力まかせに貫いてしまうからこそ、きつい締めつけをじっくりと時間をかけて味わうのは新鮮に思える。

 羽多野がはじめて触れて、拓いた、他の誰も知らない場所――。

「そういえば、君のは、そんな風だったな」

 思わず言葉を漏らすと、栄は体の内と外を同時に震わせる。

「どういう、意味……っ」

「すごくガードが固くて」

「それ、嫌味のつもりですよね」

 こっちは必死なのに、と言わんばかりの悔しそうな声色。自信たっぷりに今日はリードしてみせると言ったくせに挿入ひとつスムーズにいかないことを揶揄されたと思っているのかもしれない。だが羽多野が言いたいのはそういうことではない。

「何でも悪い方にとるのは、君の悪い癖だ」

 声かけは、思わぬ効果ももたらす。羽多野を受け入れることに集中するがあまりに硬直していた後孔が、会話で注意が逸れたからか少しだけ緩む。たっぷり注ぎ込んであったローションのあふれる濡れた音と同時にずるりと先端が侵入を深め、羽多野も思わずため息をもらした。

「……ガードが固くて俺を拒んでいるようなんだが、いざ入り込めば……」

 一番狭い場所を通り抜けると、熱く柔らかい内壁が羽多野の亀頭を包み込み、さっきまでの抵抗が嘘のように歓んで迎え入れるのだ。

「もっともっとって感じでさ」

 羽多野の言葉に追随するように、ぬぷぬぷと結合は深まる。栄はもう、羽多野の言葉尻に噛みつく余裕もなさそうだ。

「あ、ああ……っ!」

 勃起がごりっと前立腺を擦ると、こらえきれずはしたない声をあげる。おそらく腹につくほど勃起した彼のペニスの先端から、また新しい滴がぽたぽたとこぼれ落ちて羽多野の腹を濡らした。

 栄はそのまま小さく喘ぎながら、上下に腰を揺らして自らの感じる場所を羽多野の亀頭にこすりつける。

 前立腺を擦られると強い快感を感じるのは男の生理的な反応だ。浅い部分で射精に至るほどの刺激を得ることができるからこそ、身体的な負担の大きい受け入れる側もセックスへの恐怖や抵抗が薄れるメリットもあるだろう。

 とはいえ、先端が入ったばかりの浅い場所だけというのは、今の羽多野にとっては辛くもある。それに、自分で深い場所まで導くことに慣れていないから栄は浅い場所で満足を得ようとしているのかもしれないが――彼の体はもう、完全に貫かれて最奥をごりごりとえぐられることでしか得られない絶頂を知っているはずなのだ。

「……っ」

 どうにか深い場所にいきたくて、羽多野はこらえきれず腰を突き出すが、やはり背中の痛みが邪魔をする。痛みによるうめき声にはっとしたように栄が動きを止めた。

「う、動いちゃ駄目だって」

 そんなこと百も承知だ。動きたくなるのは、いったい誰のせいだ。

「だったら焦らすようなことするな。こっちはさっさと君の奥にぶちまけたくて、さっきから痛みに耐えてるんだ!」

「だったら、最初からそう言えよ」

「谷口くんがせっかくその気だから水を差すようなことしたくなかった。それに俺が口を開けば黙れって……」

「ああもう、うるさい! わかったよ! わかりました!」

 すっと覚悟を決めるように栄が息を深く吸い込んで、一度動きを止める。それからさすが意志の強い男というべきか――腹をくくった栄は今度は大きく息を吐きながら、羽多野のすべてを受け入れるべく大きく腰を落とした。

 

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