第73話

 羽多野の爪が迷うように栄の柔らかい内腿をかりかりと引っかく。さすがに同じような調子で自分の内側に触れられるとまでは思っていないが、だんだんと不安が大きくなっていく。

「やっぱり俺はこういうのは……」

 揺れていた心が「止めたい」の方に振れて、栄はそう切り出した。

「こういうのって?」

 わざと聞き返してくるのは、従いたくないから。今ではそれが羽多野の癖のようなものだということを栄は理解している。もちろん栄だってこの状況でストップをかけることが男としてどれだけ苦しいことかはわかっているから、妥協案を提示することにする。

「何度も言ったでしょう、俺そっちじゃないんです。だから代わりに……」

 後ろに触れられるのは本意ではないということを告げると同時に、さっきやったように手で触れるくらいならばと譲歩する。本来ならば素手で触れることすら気が進まないのだから、これでもお釣りがきたっておかしくない大サービスのつもりだ。栄は手を伸ばして羽多野の裸の肩を押し戻そうとした。

 だが、栄の申し出た折衷案は羽多野のお気には召さなかったようだ。軽く首を振ると栄の手を振りほどき、ひくつく縁を舌先でくすぐった。

「っあ、ちょっと人の話……っ」

 そもそもの話、そんな場所に舌や唇で触れられること自体が栄の常識からすればありえない。ただ羽多野があまりに自然な流れで触れるから――拒むタイミングがつかめなかっただけで。

「聞いてるよ。これまでやったことないから、何? あのおぼこい感じの元カレがこんなとこ触るようにも思えないし、君のここがわざわざ手つかずで残ってたなんて、俺には願ってもない話だ」

「いや……」

 そこはこれからも誰に対しても許す気はない、というのがもはや口先の強がりであるのは自覚している。恥ずかしい場所を見つめられて体中を熱くして、キスされて舌でくすぐられて、射精後に一度は萎えたものすら再び角度を付けつつあるのだ。

 何もかも羽多野が悪い。こんな妙な間など与えられず勢いのままに奪われるならばある意味で楽なのに。状況を認識するあいだも、とりあえずの抵抗を口にする余裕も与えて、それでもどうせ止めはしないのだから。

「君もいいかげんあきらめが悪いな」

 力任せに拒むほどではないけれど、抱き返すほどの覚悟もない。ぐずぐずとした抵抗を続ける栄の手を取り羽多野はどうやらキスの目標を変えたようだ。親指から順々に関節にキスをして、途中でふと動きを止める。

「そうだ、俺の指は今日のところは手入れが悪くて君を傷つけてしまいそうだけど……」

 だけど、なんだ? 続きを聞く前にひどく嫌な予感に襲われる。そして、予感が具体的な想像に形を変えるよりも早く、羽多野はそのまま栄の指――人差し指、中指、薬指までの三本をぬるりと口に含んでいた。

「え!?」

 意味がわからず、栄は目を丸くしながら反射的に膝を合わせる。脚のあいだを舐められるよりは指の方がよっぽどましではあるが、中途半端に高められた状態で矛先を変えられれば拍子抜けするのも確かで……しかし三本の指に十分な唾液をまぶし終えた男は濡れて光るそれを満足げに眺めて言った。

「谷口くんの指は俺より細くて、爪だって短く整えてあるから初めてにはうってつけだ」

唖然とした栄の脳が再び正常な動きを取り戻すよりも早く、羽多野は再び体を栄の両脚のはざまにねじこむと無様に開いたその中心で震える窄まりに――栄の指先を導いた。

「……な、何してっ」

 掠れた叫び声と中指の先端が微かに体内に沈み込むのと、どちらが先だっただろうか。あまりの驚きで栄は自分の身に何が起こっているのか理解できなかった。熱く潤んで震える場所が自分の体の一部だということだけでも信じられないのに、まさかそこに入り込むのが自分の指先だとは。

「本当は俺の手でじっくり開いてやりたいけど、それはまたのお楽しみということで。谷口くんだってこうすれば、自分の体が何を欲しがってるかちゃんと感じることができるだろうから」

 そう言って羽多野はぎゅっとつかんだ栄の手をそのままゆるゆると動かした。爪の伸びた手では栄の中に触れることは危険だと判断した男はなんと、手を握り導くことで栄自らにそこの準備をさせようとしているのだ。

「嘘っ……あ、やっ」

 ほんの数ミリ入り込んだ指先に、内側がいかに熱く濡れていて、どんなふうに震えているかが生々しく伝わってくる。指だけではない。羽多野はみたび栄のそこに顔を近づけると、尖らせた舌先を敏感な縁と栄の指先のあいだに差し込み先をこじ開けた。ぐいと穴に押し付けられた栄の指先はさらに数ミリ進み、そしてとうとう第一関節まで肌の奥に埋まる。

「は、羽多野さっ……何してっ! やだってば」

 きゅっと窄まっていた場所がひくひくと震えている。細やかな襞は果たして異物を押し出したがっているのか飲み込みたがっているのか。あやすように熱く柔らかい舌で探られ唾液を送り込まれると、信じがたいことにそこからはくちゅりと卑猥な音すら響いた。

「い、嫌だ。……っ」

 真昼間からソファの上で大きく脚を開いて、恥ずかしい場所をさんざん見つめられて舌と唇で嬲られて、それどころか濡れた音に耳をふさぎたくとも肝心の手をいいように使われているからどうすることもできない。視覚、聴覚、触覚、すべてを通じて羽多野は栄の奥深い場所まで浸食しようとしていた。

 一瞬のことだったような気もするし、それなりに時間がかかったような気もする。栄の中指の第二関節までを後孔に埋めることに成功したところで羽多野は顔を上げた。既に体の中に入ってしまった指先をどうしたらいいのかわからずに栄は動けない。

「上手に飲み込んだな」

 床に膝立ちしたままでソファに浅く座った栄を抱き寄せると、羽多野は音を立てて鼻先にキスをした。羞恥、屈辱、戸惑い、どうしようもない感情で栄の思考はぐちゃぐちゃに乱されて、すべての原因が目の前のこの男であるにも関わらず抱きしめられると奇妙な安らぎを覚え、褒められたことに涙が滲みそうになった。

「お、俺……こんなつもりじゃ」

 嫌だ、止めて欲しい、恥ずかしい。言いたいことは山ほどあるのに口を開けば喘ぎか嗚咽になりそうで栄はぎゅっと唇を噛みしめる。

「大丈夫、すごく上手にできてるから。中が熱いのも、ひくついてるのもわかるよな?」

 囁かれると腰がうずいて、同時に自分の指を食い締める狭い場所がひくひくとうごめいた。信じられないと首を左右に振ると、耳の裏、こめかみ、まぶたと順番にキスで甘やかされる。それから羽多野は自らの右手を持ち上げて、以前やったのと同じように栄の唇をこじ開ける動きをした。

「な……」

 何を、という質問が言葉をなすまえに指先はするりと口内に滑り込む。ちょうど中指の第二関節まで――それは栄の指が下肢に入り込んでいる深さとぴったり同じだった。

「多少爪が伸びていても、こっちなら平気だろう。俺が指で教えるから、谷口くんも同じように動かしてみて」

 柔らかい口調ではあるが返事は求められていない、実質的に一方的な要求だ。いつもそうだ。奉仕だとか契約だとか耳障りの良い言葉を使って羽多野はいつだって栄を征服し蹂躙したがっている。長年の鬱屈をぶつける対象であると同時に、ずっと手に入れたかった甘い果実――それが羽多野にとっての栄であるかのように。

「ほら、わかるか?」

 口の中で、節くれだった男の手が軽く動かされる。やってみて、と甘くささやかれて栄はおそるおそる自分の指先を揺らした。

 ほんのわずかな動きで快楽とはほとんど結びつかないものの、微かに内壁が収縮するのがわかった。羽多野の右手は栄の口の中、左手は背中を抱きさする。もはや物理的な力で導かれているわけではないのに栄は指を抜き去ることができず、それどころかゆるゆると敏感な口内の粘膜を撫ではじめる男の指の動きを甘い声にそそのかされるままになぞりすらするのだった。

「あ……んっ」

 唇の裏を撫でられるのを真似て、敏感な縁を内側から刺激する。締め付けがいくらか緩んだところで二本目の指を侵入させるタイミングも教えられた。ぬめりが足りないと思ったのか、羽多野は一度栄の背を抱く左手を離すと、栄の先端に再び滲むぬめりを指の腹にすくいとっては後孔に塗りたくった。

「次はこれと同じように、やってみて」

 二本の指が馴染んだところで羽多野は指先を軽く曲げて、栄の口蓋をくすぐる。口の中の性感帯。浅い位置を指の腹で擦られるとそれだけで背中がとろけるような感覚があるのだが、もちろんそれだけでは終わらない。同じ動きを求められて栄がおずおずと腹に埋めた指を第二関節で曲げて上向きに動かすと、指先は的確に敏感な場所を探り当てた。

「――っ」

 突き抜けるような快感に、栄は思わず口の中にある羽多野の手に歯を立てた。口で愛撫されて達したのに負けずとも劣らない激しい感覚に全身がしびれる。

「やっぱり谷口くんは筋がいい」

 自らの手で自らの前立腺を刺激して体を震わせる栄を前に、羽多野はひどく満足そうだった。

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