10. 第1章|1946年・ウィーン

 固く張り詰めた勃起をニコの薄い臀部に擦り付けると、そこから腰全体にじんわりとたまらない快感が広がっていく。最初は遠慮がちに、やがて強く、レオは快楽を追う行為に夢中になった。

 唇と手での愛撫に、目こそ覚まさないもののニコがもぞもぞと体を動かしはじめる。気づかれてはいけない。今すぐ手を離してベッドから出るべきだ。冷静な自分が警告を突きつけてくる。しかし、まるで長い禁欲生活の反動であるかのように一度火が着いてしまった欲望は御し難い。

 あと少しだけだから。よく眠っているから。言い訳を紡ぎながら胸をまさぐり、尖りきった乳首をゆるゆると刺激してやる。快楽を逃がそうとむずがって逃げる首筋は唇でしつこく追いかけた。

「あ、あ……」

 甘い吐息に混ざる喘ぎ声がはっきりしてくるのを聞き、押し付けるだけで我慢できなくなくなる。柔らかなうなじをちゅっと音を立てて強く吸い上げた。快感に濡れた声色はひたすら正常な判断を狂わせてくる。レオは右腕にぐっと力を込めニコの体を反転させると自分の体の下に組み敷いた。

 白い顔はうっすら紅く染まり、さっき着せ替えてやったシャツはすっかり乱れてしまっている。丹念に指で育てた場所をこの目で見たくて、胸元のボタンを焦れながら外す。もともとサイズが合っていないせいもあり、一つ二つ外したところで布地をぐっと引っ張ると濃い色に染まった突起がツンと飛び出してくる。

 そこに唇を寄せながら、弾けそうに固く張り詰めた股間をニコの同じ場所に押し付けた。さっき着替えさせるときに見たニコの性器。汗で湿った陰毛の中にくたりと横たわっていたあれは、触れるとどうなるんだろうか。手で優しく触れて、こすって、敏感なところを指先でいじめてやったら、どんな色になりどんな硬さでどんな形になるのか。そしてそこを白濁で濡らすとき、ニコはどんな顔で、どんな声で――。

 次の瞬間、組み敷いた体がびくりと大きく跳ねた。レオはハッと顔を上げる。ぱっちりと目を見開いたニコと、視線が交錯した。

「あ……」

 まず、嫌悪と拒絶を想像した。興奮が一気に冷め、背中を冷たい汗が伝った。口が乾きそれ以上言葉が出てこない。まず体を離すべきなのにこわばって身動きも取れない。決して許されない行為だとわかっていながら、とんでもないことをした。ニコは怒るか、殴りかかってくるか。そして、それから。

 しかし、ニコは自分に覆いかぶさるレオの顔を言葉もなくただじっと見つめる。その目の焦点が合っているようで微妙にずれていることに気づき別の不安が湧き上がる。

「ニコ?」

 名前を呼ぶが反応がない。さっきまで紅潮していた頰はいつの間にか真っ白く色を失っていた。

 レオは慌ててニコの肩をつかみ起こすと、弱い力で体を揺さぶった。目を開けたままガクガクと首を揺らしたニコは、それからはっとしたように顔をレオの方に向けた。

「……嫌だっ」

 そう叫ぶと、ニコは思い切りレオの腕に噛み付く。布越しに歯が食い込んでくる生々しい感覚。一瞬置いて激痛が走った。激しい拒絶――いや、今はそんなことは問題ではない。

「ニコ。落ち着けニコ。悪かった。何もしない、もう何もしないから」

 開いた左手でニコの頭を引き離そうとするが、思いのほか噛み付く力が強く外れない。渾身の力でレオの腕に歯を立てながら、ニコはぜえぜえと荒い息をしている。レオの行為に憤っているだけとは思えない。高熱のせいで錯乱しているのか尋常ではない様子だった。

 レオはニコを無理やり腕から引き剥がすことをあきらめ、とにかくまずは落ち着かせようとする。腕くらい、嚙みちぎりたければ好きにすればいい。肩を撫でながら安心させるよう言葉をかける。

「大丈夫だ。ニコ、もう大丈夫だ」

 興奮した獣のようだったニコはしばらく経ってようやく疲れ果てたように口を離した。それでも落ち着かないのか肩で息をしながら妙にぎらぎらした目で睨みつけてくるニコと、レオは至近距離で対峙する。

「ニコ――」

 手を伸ばすと、ニコはびくりと体を引いた。

「だめ」

 よく聞こえなかった。

「え?」

「だめだ。それは罪だから……」

 ニコは静かに、しかしはっきりとそう言った。そして次の瞬間全身から一切の力を失い、その場にぐにゃりと倒れ込んだ。

「おい、ニコ。ニコ?」

 呼びかけて顔をのぞき込むと、ニコは再び眠りに落ちていた。

 レオは、昏々こんこんと眠るニコを呆然と眺める。さっきまでの甘い感覚、そのあとの驚きと気まずさ、何もかもが一気に消え去った。あんなに興奮していた下腹部はすっかり静けさを取り戻し、いまさら自分で慰めるような必要もない。ただ、噛まれた右腕がひどく痛む。血の滲んだシャツをめくると、そこにはくっきりとニコの歯型が残っていた。

 ベッドから起き出して、とりあえず水道で傷口を洗うと部屋の隅に行き冷たい床に座り込んだ。凍えるように寒いが、今の自分は頭を冷やすべきだ。

 一体何ということをしてしまったのだろう。確かに最初は寝ぼけていたのかもしれないが、途中からは明らかに相手がニコだと承知の上で触れた。相手が抵抗せず眠っているのをいいことに、好き放題に撫で回し、口付け、欲望を押し付けた。

 ――だめだ。それは罪だから。ニコはそう言った。同意のない相手に触れることは罪だ。同性に性的な意図で触れるのも罪だ。兄弟であればなおさらだろう。そんなこと言われなくたってわかっている。

 あまりに長い間禁欲生活が続いていて欲望自体をなくしたつもりでいたが、実は無意識下では発散できない性欲が溜まっていたということなのか。だから、久しぶりに人肌を腕の中に感じておかしくなってしまった。しかもよりによって相手は弟。冷静になればなるほど自分の行為が恥ずかしく惨めで、落ち込んでしまう。レオはそのままうずくまって顔を伏せていたが、そのうちうとうとと眠り込んだ。

 どれほどの時間が経っただろうか。目を覚ますとニコは先に起きてすでに着替えを終えていた。床に座ったままのレオの体にはブランケットが被せられている。

「どうしたの、そんなところで寝て。風邪ひいちゃうだろ」

 声色も表情もまったく普段と変わりがなかった。それどころか仕事探しの件で喧嘩をして以降関係がぎすぎすしていたことを思えば、今朝のニコは最近になく優しくすら見えた。

「え? あ、えっと……。それよりおまえ、熱は」

 朝起きたらニコにどんな顔をすればいいのか思い悩んだはずなのに、あまりに呆気ないニコの態度にレオも拍子抜けしてしまう。

「熱なら下がったみたい。兄さん看病してくれたの? ごめん、昨日ここに戻ってしばらくしてから、ものすごく頭が痛くなっちゃって。その後のことは覚えてないんだ」

 ニコはさらりと言ってのけるが、レオはその言葉を素直に受け止めることができない。

 覚えていない。本当に? 忘れたふりではなく、本当に覚えていないというのか。

「何、変な顔して。僕うなされて変な寝言でも言った?」

「い、いや……あんまり元気そうだから、ちょっとびっくりして」

 思わず話を合わせてから自己嫌悪に陥った。ニコが覚えていないなら、本当になかったことになるならばどれほど楽かわからない。もしニコが忘れたふりで嘘をついているのだとしてだとしても、それは優しい嘘だ。ニコはまだレオと家族としての生活を続けようと思ってくれている。そのための嘘。

 ニコが蒸し返さない限りなかったふりにするのが一番なのかもしれない。自分は頭を冷やして、あんなことを二度としでかさないよう、なんなら定期的に自己処理でもすればいい。

 しかし、噛まれた右腕はまだじんじんと痛みあれは夢でも幻でもなかったのだということをレオに思い知らせる。そして、テーブルのグラスを取ろうとしてレオに背を向けたニコの首筋には口付けの跡が赤くくっきりと残っていた。

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