11. 第1章|1946年・ウィーン

 可能性その一、――ニコは本当にあの晩の出来事を覚えていない。その場合、嘘をついているのはレオ。ニコが覚えていないのをいいことに自分の浅ましい行為をなかったことにしようとしている。

 可能性その二、――ニコは本当はあの晩の出来事を覚えている。その場合、嘘つきは二人。ニコは、覚えているにも関わらず忘れたふりであの晩の出来事をなかったことにしようとしている。そして、レオもその嘘に便乗しているという意味においては等しく嘘つきである。

 いずれにしろ、自分はニコに嘘をついていることになる。レオはひとつ大きなため息をついた。

「どうしたの、ため息なんかついて。仕事がきついのかい?」

 シュルツ夫人が笑いながらカップに入れたお茶を差し出してくる。仕事を終えて戻ったところでちょうど出くわし「茹でたジャガイモがあるから持っていきなさい」と部屋に誘われたのだ。コンロの火を使っているので台所は暖かく、冬の野外から戻った体のこわばりがみるみるうちにほぐれていった。

「いや、仕事は別に。楽っていうほどではないけど、そこまで重労働でもないし、週払いでしっかり賃金ももらえているし。おかげで生活の見通しも立って助かってるよ」

「その割に、最近いつ見ても浮かない顔をしているじゃないの」

 彼女の指摘はもっともだった。レオの気分はこのところ優れない。いや、あの晩からずっと。

 仕事をはじめて一ヶ月弱が経つ。それはすなわち眠るニコに出来心で触れたあの夜からも同じだけの時間が経ったということだ。日が経てば気まずさが薄れていくことを期待したが、実際は罪悪感が日々薄く、しかし確実に積み重なっていくだけだった。

 嘘や秘密があろうとなかろうと時間は流れる。当初あれだけレオが外で仕事をすることを嫌がったニコは今もそれを内心喜んでいないのは確かだが、表面上は特段文句を言うこともなくレオのやりたいようにやらせてくれている。とはいえハンスについてはよっぽど腹に据えかねたのか、その後一度も名前すら口にしないのはいかにも頑固なニコらしい。

 その一方でハンスはすっかりニコを気に入ってしまい、何かと会わせろとうるさい。理由をつけてはそれを断るのも間違いなくレオのストレスになっている。

「男の子二人でいるのって、そんなに気楽じゃないでしょう」

 指摘されて心臓が跳ねる。まさかニコが何か話したのかと警戒するレオに、しかし夫人はほほえましい様子で笑いかけた。

「だって、うちの子たちだって、いくつになってもけんかしてたもの。しかもあなたたち、狭い場所に二人じゃない。いい大人だって気詰まりになることくらいあるでしょう」

 大丈夫、秘密はばれていない。

「ニコ、俺のことで何かおばさんに話したりする?」

「あの子は自分のことはあまり話したがらないからね。まあ、それはあんたも同じだけど」

 違う、と思うが口には出さない。ニコは確かに自分のことを話したがらない。兄であるレオにすら話したがらない。しかしレオは違う。話したくないのではなく、ただ話せるような過去の記憶がないだけだ。

 レオは自分の記憶喪失のことを老婦人に話していなかった。正規のビザを持たずにこの国に入ってきているので、できるだけ目立つようなことは避けよう。それがニコとの約束で、人の興味関心を引きがちな記憶喪失については口外しないことを決めた。

 善良なクリスチャンであるこの老婦人に話したところで問題はないことは二人ともわかっているが、例外はいったん作りはじめれば際限なく増えていくものだ。過去について語りたがらないことそれ自体は、戦争で傷ついた人間の多いこの時代にそう不審に思われるものではない。

「あんた、教会には行かないの? 悩みがあるなら神様に話してみればいいんじゃない」

 彼女の言葉に、レオは悩ましい思いで正直な気持ちを告げる。

「……おばさんにこういうことを言うのも気が引けるけど、俺、教会ってあまり好きじゃないんだ」

 自分の家族が持っていた信仰について最初にニコに聞かされたとき、不思議なくらい感慨は湧いてこなかった。その後、病院で十字架や聖書を貸し与えられたとき、そして巡回の神父がやってきたときに、無関心というよりむしろ自分はこれらのものがあまり好きではないのだという思いを強くした。神父は盛んに会いたがったが、結局レオは二度目以降の面会を断った。

 自分でもなぜこんな気持ちになるのかはわからないが、教会というものに漠然とした不安や恐れを感じている。一方で民族に根ざしているはずのユダヤ教に惹かれるのかといえば、そういうわけでもない。

 おそらくそれはニコも同様で、老婦人や教会の紹介で仕事をもらうことが多いにも関わらず、ニコは教会関係者とそれ以上の付き合いは避けているように見えた。もちろん礼拝に行っているところなど見たことがない。

 それに――たとえ自分がキリスト教の神を信じていたとして、信じていたらなおさらにこんな悩み告白できるわけがない。男が男に触れて欲情した。神は決して許さないだろう。

 シュルツ夫人の親切心と信仰を傷つけてしまうのではないかと心配だったが、彼女は特段気分を害した様子もなかった。それどころか、むしろレオの言葉を肯定しているとも取れるようなことをぼやく。

「まあねえ、神様がなぜあんなことをお許しになるのか、正直いってあたしにだってわからないし、最近のバチカンにはあんまり良くない噂だってあるからね」

 彼女は暗に、ナチによるユダヤ人迫害のことを言っているのだった。

 戦前戦中、多くの聖職者や信者が危険を承知でナチ政権から隣人、友人であるユダヤ人を守った一方でバチカンの動きは鈍かった。さらに、彼女が言う「良くない噂」というのは、戦後バチカンが元ナチス高官を南米に逃がす手伝いをしているという噂のことだ。

 あながち根拠のない話ではない。カトリックにとって神の存在を否定する共産主義は異教徒以上の敵だ。そして、ナチもまた徹底的な反共産主義の立場を取っている。敵の敵は味方、彼らが反共の一点で手を結んでもおかしくはないというわけだ。

「俺は宗教とか神様とかっていうのは、どうにもぴんとこないんだ」

 つぶやくと、老婦人は今度こそぎょっとした様子を見せた。

「あら、変なこと言わないでおくれ。あたしはあんたが異教徒だって気にしないけど、共産主義者に部屋を貸すのだけはいやだよ」

 そしてひとしきり、アメリカがしっかりしてくれないとソ連がウィーンを共産化してしまうんじゃないか等々、頭の中にある不安をこぼし続けるのだった。

「そうだ」

 散々愚痴を垂れ流し、いい加減気がすんだであろう頃、シュルツ夫人は思い出したように顔をパッと明るくした。

「あんたたち、クリスマスはうちで一緒に過ごしましょうよ。昔みたいなごちそうは作れないけどワインとクッキーは準備するわ。いくら教会が嫌いだって、子どもの頃はクリスマスくらいはお祝いしていたでしょう」

「ああ、うん。それはまあ」

 勢いに押されて思わずうなずいた。本当は一切覚えていないのだが、クリスチャンの家庭に育ったからには、おそらく人並みに聖なる日を祝福していたのだろう。

 そういえば、気がつけばクリスマスシーズンがはじまっていた。不景気の街でも、この時期ばかりはあちらこちrにクリスマスの飾り付けを見つけることができる。それどころか闇市の中でも祝祭日用品が売られ、ちょっとしたクリスマスマーケットになっているくらいだ。レオの勤める病院でも、あちこちに小さなツリーやリースが飾られている。

「ミサに行こうとまでは言わないから。一緒に過ごすくらいいいじゃない」

 重ねて誘われれば嫌とは言えない。本来は家族で過ごす日だが、戦争で夫と息子を失った老婦人にはその日を一緒に過ごす相手がいないのだ。

「俺も仕事が入るかもしれないから約束はできないけど、ニコに聞いてみるよ」

 留保をつけた返事をしながら、特別な晩をニコと二人で過ごすよりは、おしゃべりな大家を加えた三人で過ごす方が、まだ気楽であるかもしれないと思った。

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