32. 第2章|1938年・ハンブルク

 二人の関係は変わったとも、変わらなかったともいえる。

 ユリウスはときどきニコに触れるようになった。ときどきというより、ごくたまにと言った方が正確かもしれない。ニコの家には大抵レオやその友人やレーナがいるから落ち着いて二人きりになるような機会はそもそも少ない。また、夏休みが終わってしまえば父親がいつ帰宅するかわからない夕方の時間にニコをユリウスの自宅に招くようなこともできなくなった。要するに、そもそも隙がないのだ。

 しかし、何かの拍子にレオが「今日の夕食はいらないって母さんに伝えて」と言い残し友人と出かけてしまうようなことがあると、そして都合良くそんなときにレーナも留守にしていたりすると、ユリウスはここぞとばかりニコににじり寄った。

 当初はさかんに口にしていた「成長の度合いを確認するため」という言い訳もそのうち不要になった。ユリウスは手を伸ばし、ニコははっきりとした拒否をするわけでもない。暗黙の了解で行為は繰り返されるようになった。

 最近ではニコの性器は剥けた状態を維持するようになってきた。隠れた先端を露出させたときにニコが見せる恥ずかしそうな表情や、刺激に慣れていないそこに触れたときの過敏な反応が好きなユリウスにとっては少し残念ではあるが、自分が丹念に育てた成果が出たようで嬉しくもある。

 体の次に欲しくなるのは、心で、言葉だ。自分の感情に恋という言葉を当てはめたユリウスはいつしか、ニコにも同じ気持ちを望むようになっていた。ニコに好きだと言ったら受け入れてもらえるだろうか。もしニコからも好きだと言われたらきっと天にも昇る気分だろう。でも、自分たちの関係に友情以外の言葉を当てはめることの危険についてもわかっているつもりだ。だから自分の感情にはぐっと蓋をする。

「ドイツ人とユダヤ人は、結婚しちゃいけないんだよね」

 あるときニコがつぶやいた。その視線の先にはレオとイレーネがいる。弟や妹の前でこれ見よがしにいちゃつくことはないものの、二人の間に漂う濃密で妙にくだけた雰囲気からもはやレオとイレーネが恋愛関係にあることは誰の目にも明らかだった。

「イレーネはドイツ人なの?」

「そうだよ。だから兄さんがいくらイレーネのことが好きでも、結婚はできないんだ」

 三年前に、ユダヤ人の定義を定めた法律と同時に、ドイツ人と異民族の結婚や婚姻外の性交渉を禁止する法律も施行された。目的は単純なもので、アーリア人種の純血化を進めるには劣等な他民族と結婚したり子孫を残されては困るというわけだ。「婚姻外の性交渉」という言葉はユリウスやニコにとっては難しすぎるが、その意味することは漠然と理解していた。そして、レオとイレーネの間の隠しきれない親密さを目の当たりにするにつけ、ニコは兄が法律を破っているのではないかと心を痛めているようだった。

 もしも法律を破っていたとして、それが明らかになった場合レオが一体どんな目に遭わされるのかにまでは二人の想像力は及ばない。専用ベンチや専用広場利用の強制。公教育や職業資格からの排除など、ユダヤ人の生活の場は確実に狭められているものの、ユリウスもニコもまだ窃盗や傷害や詐欺といった明白な犯罪行為以外で捕まるユダヤ人を見たことがない。だが、ナチスの定めたルールの適用が日々厳格化されていることを思えばドイツ人とユダヤ人のカップルの未来についても楽観はできなかった。

 ドイツ人とユダヤ人は結婚できない。ニコのつぶやきはちくちくとユリウスをも刺す。そもそも同性同士が結婚できるという発想自体持ってはいないが、それでもはっきり言葉にされると自分のニコへの淡い恋心すら否定されたような気持ちになってしまう。いや、実際にそれは否定すべきものなのだろう。

 ユリウスはニコに自分の気持ちを明かさない。ユリウスはニコと自分の間の密やかな行為に特別な意味を与えない。

 ユリウスは自分の気持ちが「正しくない」ことだと知っている。だからもしニコが同じ気持ちを持っていたとしても、きっと同じ判断をするだろう。なぜならば二人は少なくとも数年前までは同じように教育を受け同じように教会に通って育ったから、自分たちの所属するコミュニティの善悪判断については共通の物差しをもっている。日々深刻になりつつある人種間の問題以前に、同性間での性行為は教会の教えのなかでもドイツ刑法においても明確に否定されている。

 だからこれは性行為ではないのだとユリウスは整理した。友人同士がふざけて成長の具合を比較しているだけの、単なるじゃれあい。それ以上の意味を明確にした瞬間、自分たちの甘美な時間は罪に変わる。

 欺瞞だということはわかっているが、それでも無理矢理な理屈をつけることでユリウスは自分とニコの行為を正当化――少なくともルールからの逸脱ではないのだと思い込むことができた。大人向けの本や映画で見たような恋心を伝えあう親密さに憧れないわけでもないが、少なくとも今はそれで満足だった。

 秋に入り、ドイツの隣国であるポーランドが新たな旅券法を決定した。これは、現在ドイツにいるユダヤ系ポーランド人のポーランド国籍とビザを十月いっぱいで無効にするというもので、法律が公布された時点でその発効まで一ヶ月をきっていた。

 驚いたのはドイツ政府だ。自国のユダヤ系ドイツ人について、彼らの財産を取り上げた上でどうやって国外に追放するかに躍起になっていたところ、このままだとドイツに多く滞在しているユダヤ系ポーランド人までも身動きが取れずにドイツ国内に居座ることになってしまう。

 その気になればすぐ隣にある母国へ追い返せばいいと対策を後回しにしていたユダヤ系ポーランド人問題は突如として政府の喫緊の課題となり、ナチスはあわてて彼らの送還を試みた。しかしポーランド側が断固として受入を拒んだことから二国の間は緊迫し、国境に放り出されたユダヤ人は路頭に迷った。

 十一月八日、前日にパリでユダヤ系ポーランド人テロリストがナチ党員を襲撃した事件について朝からラジオはけたたましい速報を流していた。

 犯人はドイツ政府のユダヤ人への扱いに激昂し、国際社会に不当を訴え出ようとピストルを持ってドイツ大使館に押しかけたのだという。撃たれたのは三等書記官で、懸命の治療が続いているとのことだった。

 ユリウスの父はニュースを聞きながら難しい顔をして、その朝は一言も口をきかなかった。学校へ行くと赤バッジをつけた教師たちが興奮状態で、テロリストがいかに残忍であるかを声高に訴えた。多くの子どもたちもそれに同調して「野蛮なユダヤ人を追放しろ」と口々に声を上げた。やがて撃たれたラート三等書記官が治療の甲斐なく亡くなったという速報がはいると、場はほとんど狂乱状態になった。

 同胞が撃ち殺されたというのに、人々は悲しむどころかユダヤ人を非難する正当な理由を手に入れたことに狂喜しているようで、ユリウスは居心地の悪さを感じながら教科書に向かってうつむいていた。

 帰りにニコの家に寄ってみたが、早い時間なのに珍しく一家が揃っているようだった。裏口で対応したニコの母親はニコを呼ぶこともなしに「ごめんなさいね、ちょっと今日は」とやんわりユリウスを追い返した。

 翌朝、ラジオは前日以上の賑やかさで「テロリストによる残虐な殺人事件」を騒ぎ立てている。朝食のときに父親はユリウスに言った。

「今日はあのユダヤ人の家には絶対に行くな」

「どうして?」

 ニコのことをあのユダヤ人呼ばわりされて、ユリウスは内心腹を立てた。まさか父までもテロリスト報道に愛国心をくすぐられて強硬な反ユダヤに目覚めたとでもいうのだろうか。ユリウスは父親のことを商売第一の日和見主義者だと思っている。自分に利益があれば相手がユダヤ人であろうと気にせず付き合う。一方で世の反ユダヤ主義におもねることに利があると判断すれば、簡単に手のひらを返すことも十分に考えられた。

「とにかく行くなと言っている。いいか?」

 ユリウスがむっと黙り込んだままでいると、父は再度返事をうながした。低い脅すような声色に、仕方なく答える。

「最初から行くつもりないよ。今日はどうせユーゲントの集会だ」

「ああ、そうか。えーと、いや、今日は集会には行かなくていい。すぐに帰ってきてどこにも行くな」

「……わかったよ」

 素直にうなずいたのは、ヒトラー・ユーゲントの集会に行かなくて良いと言われたことが嬉しかったからだ。昨日の学校の狂乱だけでもうんざりしているところなのに――こういう言い方は差し障りがあるが――決してお上品とは言えない労働者階級の子どもたちも多く所属するユーゲントの会合でパリの事件を受けてどのような騒ぎが起こるのか、想像するだけで嫌な気分になった。

「ユリウス、おまえ、今日だけは絶対に約束を破るんじゃないぞ」

 父は妙に真剣だった。

 学校に行ってからユリウスは、すでに首都ベルリンでは反ユダヤの暴動が起こりはじめていることを知った。教師は生徒たちに向かって治安上の危険を忠告する代わりに、暴動を起こした人々の愛国的行動を賛美し、ドイツ人の血はその何倍ものユダヤ人の血であがなわれなければならないのだと真顔で訴えた。ユリウスはそこで、父親が早い時間の帰宅を命じた理由にようやく気づいた。

 その夜、全ドイツで数百のシナゴーグが放火され、数千のユダヤ人経営企業や工場が破壊された。数え切れないほどのユダヤ人が殴られ辱められ、うち少なくとも九十六人が殺された。さらにはユダヤ人の住む家、学校、ユダヤ人墓地なども襲われた。一部はナチスの突撃隊によるものだったが、その多くは普通のドイツ市民の手によるものでもあった。中にはドイツ人が隣人であるユダヤ人の家を襲うようなこともあった。

 街中で破壊と暴力が繰り広げられる中、なぜか警察は一切騒ぎに関与しようとせず、消防はシナゴーグが焼け落ちるのを消火もせずにただ見守った。後になって、主にユダヤ人を強姦したことを理由に――これはアーリア人の血統を汚す行為だ――少しのドイツ人と、殴られ壊され盗まれたことの何が罪なのかわからないがたくさんのユダヤ人が逮捕された。

 割れたショーウィンドウのガラスが路面に散らばり、まるで水晶のようにきらきらと輝いたことから、その夜はやがて水晶の夜クリスタルナハトと呼ばれることになる。

タイトルとURLをコピーしました