Present(s) for You – Part 4

 ロンドン中心部にあるデパートの紳士向け用品フロアを歩き回って、すべての棚をくまなく見た。ハイブランドのショップが居並ぶ目抜き通りも、ハンドメイドの老舗テーラーの並ぶ路地も一通り歩いた。

 それでも、決まらない。

 パソコンを前に、柄にもなく「アラフォー 男性 プレゼント」などという陳腐なキーワードで検索しながら、栄はカレンダーに横目をやってため息をついた。

 羽多野の誕生日が迫っている。そして栄は、一緒に過ごすようになって初めて迎える記念日に贈るプレゼントを決めかねていた。

 たかがプレゼントごときでこんなに頭を悩ませるなんて計算外だ。

 栄は決して贈り物慣れしていないわけではなく、むしろ送別やら結婚・出産などで同僚や友人への贈り物が必要な際には調達役を頼まれるタイプだった。ちょっとしたサプライズも好きで、尚人と付き合っていたときは誕生日でもないのに突然プレゼントを取り出して驚かせることもあった。そして――栄のプレゼントを受け取った相手は誰もが「さすが、センスがいいですね」と顔をほころばせるのだ。

 家族相手の場合は完全に手抜きではあるが、父には葉巻、母には花を贈れば間違いはない。小うるさい妹は、高校に入った年に「これからはなんかくれるなら、お金でちょうだい」と可愛くないことを言い出したが、これはこれで楽ではある。

 プレゼント選びの能力も経験値も人並み以上だと自負している栄だが、羽多野相手だと怖気づいてしまうのはなぜだろう。幼い頃から良質なものに触れてきて、自分の方が圧倒的に物を見る目は洗練されているはずなのに、何を贈っても彼を満足させられないのではないかと不安が拭えない。

 年齢が上だから、趣味が違うから、栄のやることなすことに注文をつけてばかりの皮肉屋だから。苦戦の理由はいくらだって思い浮かぶが、原因を追求したところで解決にならないことはわかっている。

 ブラウザのタブを目一杯開いたまま、目の疲れを感じた栄はいったん検索作業を止めてサイドボードの引き出しを開ける。

 引き出しの奥にしまった小さな箱を開けると、中には海外メーカーのボールペンが入っている。流線形の洒落たデザインのものだが、値段は一万円前後と、高級筆記具の中では比較的手に取りやすい。

 付き合い始めて最初の誕生日に尚人がこのボールペンを贈ってくれたとき、栄は大学入学祝いに叔父がくれたモンブランを使っていた。定番のマイスターシュテックの中でも高価なモデルを普段使いすることに躊躇はないのに、学生にだって手の届くボールペンを、栄は試し書きすらすることができず後生大事にしまいこんでいる。

 尚人が初めて自分のために選んでくれたプレゼント。いや、初めてにして最後というべきか。なぜかはわからないが、これを最後に尚人は栄に何か贈るときは必ず欲しいものを聞くようになった。いちいち趣味のうるさい栄のことを面倒だと思っていたのかもしれない。

 だが、栄は尚人にもらった他のどんなものよりもこのボールペンを特別に思っていた。初めて成就した恋の相手からの贈り物というのは関係が終わったからといって簡単に捨て去れるものでもなく――何度も捨ててしまおうかと思ったにもかかわらず、結局栄はそれをロンドンにまで持ってきた。

 

 ボールペン、羽多野はどんなものを使っていただろうか。ふとそんなことを考えたところでノックの音が響く。

「谷口くん、入るぞ」

 ぎくりと肩を震わせた栄は、慌ててブラウザを閉じる。「入っていいか」ではなく「入るぞ」。口が酸っぱくなるほど「部屋に入るときは許可をとれ」と言っているのに、羽多野は気まぐれにしか言いつけを守ってくれない。無礼だと責めれば「見られたくないようなことをしていたのか」といやらしい冗談で責め立てられるのだから閉口してしまう。

 案の定、今日も返事をする前にドアが開いた。

「俺、明日はちょっと早めに出勤しないといけないから」

「わ、わかりました……」

 文句を言う余裕がないのは焦ったからだ。ぎりぎり「アラフォー 男性 プレゼント」の検索画面を閉じるのは間に合ったが、ベッドの上には蓋の開いたボールペンの箱が置きっぱなしだ。

 案の定、羽多野はそれに視線を向ける。

「何だそれ、君の趣味とはちょっと違うな。送別にでももらったか?」

「いえ」

 反射的に否定して、すぐさま後悔する。出どころを突っ込まれたくないなら、職場で送別のプレゼントにもらったと言えばすんだのに、自ら墓穴を掘ってしまったようだ。

 ただ――そこでふと、羽多野の反応を見てみたくなった。

「これ、大学の頃に尚人にもらったんです」

 ジムのプールで泳ぐなとか、同僚の自衛官と飲みに行くなとか、束縛めいたことを口にするわりに羽多野は栄と尚人の過去についてはさほどのこだわりを見せない。嫉妬されれば鬱陶しいのは間違いないが、あまりにあっさりされると、羽多野の結婚経験を苦々しく思っている自分だけが狭量なようで悔しくもあった。

 残念ながらというか、案の定というか、羽多野の目に嫉妬の色は浮かばない。代わりに、まるで微笑ましいものを見るかのように頬をゆるめた。

「ふうん。で、使うのがもったいなくてずっと箱に入れたまま大切にとってあると」

「まあ、そんな感じです」

 完全に行動パターンを言い当てられてバツが悪い。気の迷いで自ら弱みを明かしてしまうなんて、馬鹿なことをした。

「君はつくづくロマンチストだな」

 そんな言葉も、揶揄されているようにしか思えなかった。

「女々しいって言いたいんでしょう?」

 拗ねたように言い返して箱を閉じようとすると、自然な手つきで奪い取られる。羽多野は興味深そうにボールペンを手にとって目の前にかざした。

「いまどき女々しいなんて物言いは良くないぞ。上級公務員たる者、ポリコレにも配慮が必要だ」

「外じゃ言いませんよ」

 ボールペンのステンレスに照明が反射してキラキラと光る。もらってからはすでに十年近くが経過しているが、未使用だけあって新品同様に美しい。その十年で自分と尚人の関係は変質して、壊れて、今はこうして別の男と一緒にいることは不思議にも思えた。

 感慨にふける栄の耳に飛び込んでくるのはしかし、聞き捨てならない言葉だ。

「しかし、しまいこまれたままの筆記具ってのも哀れなもんだな。代わりに俺が使ってやろうか」

 この無神経で意地の悪い男ならば本気でやりかねない。栄はむしりとるようにして羽多野の手からボールペンを奪い返した。

「絶対にやめてください。これ、本気で言ってますからね!」

 真顔で睨みつけると、羽多野は笑いを噛み殺すこともせず両手を上げて降参のポーズをした。

「わかったよ。谷口くんの美しい初恋の思い出はそっとしておいてやろう」

 

 それにしたって、相手が違えば万事勝手が違う。羽多野と一緒に過ごすようになってから何百回つぶやいたかわからない言葉を胸の中で繰り返す。

 プレゼントひとつとっても、過去の自分がいかに「優位でいられる関係」にすがっていたかを思い知る。ひとりよがりな思い込みで、自分が選んだものを尚人が喜ばないはずがないと信じていた。いや、尚人だけではない。贈り物を渡した相手が決まって口にする「さすが谷口さん、センスがいい」そんな褒め文句を馬鹿みたいに真に受けていたが、どれほどが本音からの称賛だったかも怪しいものだ。

 尚人はもしかしたら、今の栄と同じような不安な気持ちでこのボールペンを選んでくれたのだろうか。一緒にいるときには気付けなかったことに思いを馳せて、栄の胸は微かに痛んだ。

 だが、過去は過去として、一番の問題は目の前に迫った羽多野の誕生日だ。これを解決しない限りは甘く切ない感傷に浸ってもいられない。

「あの」と栄が口を開くと、羽多野がこちらに視線を向ける。

「来週、飯でも食いに行きます?」

「珍しいな。俺と出歩くの嫌がることが多いのに」

 誘いの理由などわかっているに違いないのに、わざと気づかないふりしてみせる。見え見えの手口に振り回されるのも馬鹿らしいので栄はあっさり本題を口にすることにした。

「三十九になるんでしたっけ? までもう一年しかないですね。高い店でもいいですよ、俺おごりますから」

 そうだ、プレゼントに悩んだときは消えものに限る。下手な物を贈って失望されるより、食べ物であれば失敗したとしても店のせいにすることだってできる。星付きレストランだろうが、日本人の職人が握るロンドン随一の寿司屋――日本で同クオリティの寿司を食べるのの倍以上の値段する――だろうが、なんだって。酒だって好きなものを好きなだけ飲ませてやる。それで解決だ。

 と、安堵しかかったところで羽多野が言う。

「……飯は嬉しいけど、それだけ?」

「は?」

「せっかく君の過ごす最初の誕生日なんだから、もちろん何か記念に残るようないい物くれるんだよな?」

「……」

 栄は絶句する。どうやら自分は羽多野の図々しさを甘く見ていたようだ。いや、図々しいだけでなく、想定していたよりずっとずっと意地が悪い反応。羽多野はきっと、栄がプレゼント選びに苦慮した挙句に食事でごまかそうとしたことに気づいている。そして、あえて食事にプラスして「記念に残るようないい物」をよこせと要求しているのだ。

「何であろうと、そのボールペンと同じくらい大事にするから」

「気持ち悪いからそういうのやめてください」

 

 もしくは――万が一、この男が本当に、栄が彼のために選んだ特別な記念の品を楽しみにしているのだとすれば?

 そんなのあまりに荷が重い。

 栄はうつむいて、またひとつため息をつくのだった。

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