Present for You – Part 3.5

「うわ、怖え」

「あはは、未生くん本気で怖がってる」

 冷たい瓶を握った手を限界まで自分の体から遠くして、あからさまに怯えた声を出す未生。それ見る尚人が笑いながら手を伸ばしてくる。

「代わろうか?」

 そう言われれば意地でも譲りたくなくなって、未生は恋人に背を向けてぎゅっと右手に力を込めた。

「いいって、俺やるから。馬鹿にすんなよ……っ、うわっ」

 予期せぬタイミングで、ぽんっという破裂音と同時に手のひらに重い衝撃。しかしそれは一瞬のことで、未生が恐れていた「飛び出したコルク栓が窓や電球に当たることによる地獄絵図」には至らなかったし、瓶の中身が溢れ出ることもなかった。

 おそるおそる視線を落とすと瓶の口からはゆらりと白い冷気が流れ出し、空気に甘酸っぱく爽やかな香りが混ざる。

「わー、上手上手」

 ぱちぱちと手を鳴らす尚人は多分悪気なしに未生のチャレンジ成功を祝福してくれているのだろうが、たかがスパークリングワインの抜栓ごときで褒められる気分は複雑だ。

「尚人、俺のこと馬鹿にしてね?」

「え? そんなことないけど、どうして」

「優馬がまだチビだった頃、一人で着替えができたとか靴履けたとか、そういうの大袈裟に喜んでた真希絵さん思い出すんだよ」

「あ、ごめん……」

 拍手する手がぴたりと止まる。年下の恋人のプライドを不用意に傷つけてしまったかもしれないという不安がさっと顔に浮かぶから、素直すぎる反応に未生はもう怒れなくなってしまう。

 空いている左手をさっと伸ばすと尚人の髪をくしゃくしゃと撫でると、ついさっき風呂からあがったばかりの柔らかい手触りに胸の奥が疼いた。もっと触れたいのは山々だが、恋人同士の濃厚な時間は後からたっぷり。とりあえずせっかくのワインがぬるくならないうちに乾杯だ。

「尚人、グラス出して」

「うん」

 箱から出したばかりの真新しいグラスをさっと水で洗って、尚人はテーブルに置く。シャンパングラスと言われて一番に浮かぶフルートグラスとは細身のシルエットこそ似ているが、こちらには脚がない。店員からこれもシャンパングラスなのだと聞いたときには驚いたが、安定感があるし、モダンでカジュアルな雰囲気が気に入った。

「最近は、こんな洒落たグラスがあるんだね。脚のないワイングラスなんて初めて見たよ」

 同じことを感じているのか、尚人が真新しく光るグラスを見て目を輝かせる。気に入ってもらえたのは何よりだ。

「でも、どうしたの? 君お酒苦手なのにスパークリングワインを買ってくるなんて」

 ふっと表情に不思議そうな色が宿る。未生が、尚人に気を遣って飲みたくもない酒を買ってきたのではないかと気にしているのだろう。

 未生はほとんど酒を飲まないし、酔っ払いが嫌いだ。それは酒で体を壊した母が幼い未生を残して早逝したことによるもので、偏見だとわかってはいるが今も深酔いした女には嫌悪感を抱いてしまう。そのくせアルバイト先がずっと居酒屋というのは我ながら矛盾はしているのだが。

「でも、飲めないわけじゃないし、お祝いだからたまにはちょっとくらいいいかなって思ったんだよ」

「だったらいいけど……」

 ちょっとくらい、という未生の言葉に嘘はなく買ってきたのは成人男子二人で飲むには可愛らしすぎるハーフボトルだ。その分、デパートのワイン売り場で奮発した。

 恋人同士になって初めての尚人の誕生日。

 プレゼント選びは弟の優馬に手伝ってもらうつもりが、「本命の子への贈り物は自分で選ぶべきだ」と小学生にたしなめられた。それから三日三晩悩んで、まず購入したのがベッドサイドに置くための小さな明かり。思ったより安く上がったからとワインとグラスを添えたことで、結果的に予算をややオーバーしてしまったが、尚人が嬉しそうなので結果オーライだ。

 身に着けるものではなく部屋で一緒に使えるものを選んだのは、未生の中に子どもっぽい嫉妬がまだくすぶっているからだ。

 ここにある家財道具の多くは、尚人が前の恋人・憎き谷口栄と同棲していた部屋から持ってきたもの。互いに裕福とはいえないから、買い換えろとも、買い換えてやるとも言えない。だからせめて、小さなものからでいいから少しずつでもこの部屋に「未生と尚人のため」の新しいものを増やしていきたい。だから今回はまずは一番大切なベッドに置く明かりと、ふたりでくつろぐためのグラス。

 もちろん下心だってたっぷりある。

 未生が酒を嫌っていることを知っているからか、一緒にいるときは尚人も飲まない。だがときたま、週末に訪れたときにゴミ箱にビールや缶チューハイの空き缶が一本、二本入っているのを見かけることがあった。仕事で疲れたときなど、気分転換にアルコール度数弱めのものをほんの一本だけ飲むことがあるのだと言う尚人は体裁悪そうだったが――実は未生は前々から、ちょっとだけ酔った尚人を見てみたいと思っていたのだ。

 自業自得とはいえ出会ってからしばらくは尚人には嫌われて、メッセージも電話もひたすら無視されていた。ビールを飲んで酔った尚人が間違えてコールバックしてこなければ、二人の距離は永遠に縮まらないままだったかもしれない。

 険しく警戒心に満ちていた声色がやわらかく溶けたあの夜のことを、未生は今も忘れられない。

 尚人はどんな顔をしていただろうか。恋人につれなくされて寂しいひとり寝のベッドで、アルコールにほんのり顔を赤くして未生の声に耳を傾けていたのだろうか。想像するのも楽しいことだが、そろそろ実物を見てみたい。だから。

「未生くん。どうしたの、にやにやしちゃって。せっかく冷やしたのがぬるくなっちゃうから乾杯しようよ」

「ああ、うん。なんでもない、じゃあ乾杯!」

 下心を見透かされそうになり、未生はあわててグラスを持ち上げる。

 未生の選んだグラスにワインで乾杯して、未生の買った明かりの中で抱き合う。これではプレゼントが尚人のためなのか自分のためなのかわからないが、少なくとも今夜が二人にとって特別な夜になることは間違いない。

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