If they had an unexpected reunion … (05)

 栄はとんでもなく不愉快だった。そして、不愉快である以上に激しく動揺していた。

「もしよろしければ、お席をご一緒に用意することもできますけど」

 本音では、感じの良いフロアマネージャーの襟首を掴み上げて「余計なこと言うな、ぶっ殺すぞ」と脅してやりたい気分だが、当然ながら実行することなど不可能だ。

 代わりに口から出てくるのは、サービスマンからすればただの遠慮と受け取ることしかできない程度のやんわりとした言葉だけ。

「いえ、そんな。ご迷惑になりますし」

「大丈夫ですよ。ちょうどこの時間でしたら四人のお席空けられますから」

「……えっと、その」

 思わず援軍を求めて残りの三人に視線を向けるが、こういうときは周囲の意向に従うだけの尚人に期待はしていないが、案の定戸惑った表情を浮かべたまま黙っている。強硬な反対を表明して良さそうな笠井未生はですら、多少悩ましげな様子ではあるものの何も言わないのは不気味だ。

 そして、不運な偶然を最悪の状況に導いた張本人である羽多野は、笑いを噛み殺しながら栄の肩をポンと叩いた。

「まあ、せっかくのご厚意だ。谷口くん、ここは甘えてもいいんじゃないか」

「え、ちょっと……」

 栄が困るのを心底楽しんでいる様子のこの男、一体どこまで意地が悪いのか。いや、意地が悪いを超えてほとんど変態じみている。だって、普通の人間は、わざわざ恋人の元交際相手と同じテーブルで食事などしたがらないだろう。

 ともかく、この借りは後で百万倍にして返すしかない。腹の奥で徹底的な報復を決意してから、ついでに人目に見えないようこっそり羽多野の脛に一撃蹴りを食らわせ、栄は重い足取りで勧められた四人掛けのテーブルに向かった。

 渡英して数ヶ月後に、予想外の一時帰国をして以降、日本に帰国する機会はなかった。人並みの里心はあるものの、時間と金を掛けてまで短い帰国をするかといえば、腰は重い。任期を終えれば一生日本で暮らすのだから、この三年間くらいは徹底的に欧州を楽しんだほうがいいと思っていたくらいだ。

 もちろん実家からは盆正月や法事などイベントごとに帰国しないのかと連絡が来る。だが、日本にいるときですら滅多なことで足を向けなかったのに、誰がわざわざ一万キロの距離を超えて親族の会合に顔を出すものか。

 それに――ロンドンでの暮らしについて詳しく聞かれたり、話の流れで万が一にも母親あたりが「遊びに行きたい」などと言い出したらどうする。

 尚人との同居は、二人が学生時代からの友人で、しかも尚人が経済的に楽ではない大学院生であったことが一応のエクスキューズになっていた。

 だが、この男はどうだ。椅子に座ると、栄は再び睨みつけるように隣の羽多野に視線をやる。

 それなりに整っているが、どこか冷たく油断ならない雰囲気を秘めた横顔。異国の地で、わざわざこんな四十がらみの男と生活を共にするまっとうな理由など思い浮かばない。

 問題はセクシャリティにとどまらない。羽多野の議員秘書時代のスキャンダルを記憶に留めているはずの同僚たちに、もしも今の生活を知られたら――。

 これは決して秘めた関係などというロマンティックなものではない。あえて言葉にするならば、保身。栄の世間体や社会的立場を守るために、この関係は誰にも知られたくない。だから、羽多野に日本出張の話が持ち上がったと聞いたときも、栄はつれなく「ひとりでどうぞ」と告げたのだ。

 飛行機は苦手だ、ホテルも旅館も好きじゃない。家族にも仕事上のカウンターパートにも黙っての一時帰国で、もしも東京の街で偶然知り合いに出くわしたら? 気まずいに決まっている。

 なのに栄は今、羽多野とともに銀座にいる。

「そろそろ君も日本食が恋しくなる頃合いかと思ってたんだけど」

 新鮮な刺身、一流の職人の握る寿司、完璧なタイミングで揚がった天ぷらに、もちろん合わせるのは最高の日本酒。最初の口説き文句はそんな感じだったろうか。

 確かに口が肥えているものの、そこまで食、とりわけ日本食に執着がなかったはずの栄だが、異国での生活が長くなるにつれて不思議なくらいに母国の食べ物への思いが募った。しかも幸か不幸か、なぜだか羽多野の出張と同じタイミングで、栄の仕事のスケジュールはぽっかりと空いていたのだ。

「そういえば、生の卵も食いたいな」

 それが決め手となって、気づけば栄の手は東京行きの航空券の購入ボタンをタップしていた。

 日本ほどサルモネラ対策のされていない英国で、卵の生食は厳禁だ。帰国した夜の食事で、二人はまず、すき焼きを食べに行った。

 そんなこんなで、羽多野に流されるかたちでの一時帰国だったが、栄は案外と楽しく過ごしていた。羽多野が仕事に出かけているあいだ、一人で散歩や買い物に出かける時間はいくらでもあった。まだ国会をやっている時期だから、日本の同僚たちは多忙を極め街に繰り出す余裕はないだろうと思えば緊張感も和らいだ。

 昼間はのんびり好きなことをして、夜には美味い酒と食事。ホテルのプールでは消費しきれていないカロリーを日々摂取している自覚はあるが、そんなの英国にもどってからいくらでもリカバリーできる。

 そして週末。仕事を終えた羽多野と土日を過ごし、月曜にはロンドン行きの飛行機に乗りこんで、楽しいホリデーは終了するはずだった。

 幸運なことに土曜の朝、帰国前にメールを送った際には予約がいっぱいだと断られていた馴染みのイタリア料理店から、キャンセルが出たからランチならば席を準備できると連絡があった――まさかそこで、よりによってこの二人と予約がバッティングするなんて、想像もしていなかったのだ。

 

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