If they had an unexpected reunion … (06)

 それにしても、羽多野は一体どういうつもりなのだろう。

 彼は栄と尚人と未生の間にかつて起きたことを知っている。栄がこの状況を歓迎していないこともわかっているはずだ。

 栄は一度だけ羽多野の元妻である高木リラと対面したことがある。あのときは止むに止まれぬ状況だったし、そもそもまだ羽多野と今のような関係にはなっていなかった。もし今、羽多野とリラと、リラの現夫と食事するような機会が訪れたならば、栄は全身全霊で拒否するだろう。だが羽多野は、栄の反応を楽しむかのように嬉々として、尚人と未生と四人でテーブルを囲む機会を作り出した。

 一緒に暮らして、体を重ねるようになってしばらくが経つ。得体が知れない男のことをずいぶん理解できてきたつもりだったが、やはり羽多野は栄とはまったく違う価値観、文明に生きる人間なのかもしれない。改めてそんなことを感じて、ウェイターが席を離れた隙に栄は聞こえよがしにため息をついた。

 ため息はもちろん羽多野への嫌味のつもりだったのだが、すかさず反応したのは場の雰囲気を敏感に察した尚人だった。

「さ、栄はいつ日本に戻ってきたの? 休みはどのくらいとれるの?」

 ぎこちない笑顔と、無理矢理絞り出した話題。その姿に、二人の関係が終わりかけているとき――仕事に忙殺される栄の八つ当たりに怯えながら、なんとか平静を装っていた尚人の面影が重なって、栄の口の中にじんわりと苦味が広がった。

 すぐさまテーブルのグラスを手にして、嫌な味を飲み下し、栄は口を開く。少なくとも尚人はこの状況になんの責任もない。

「先週末に。まとまったっていっても一週間程度の休暇だから、月曜にはロンドンに戻るよ」

「へえ。外国は休暇が長いって聞くけど、けっこう慌ただしいんだね……」

「大使館は、場所が外国にあるってだけで中身は日本の役所だからな。それでも東京にいたときよりはずいぶんましだけど」

 何の罪もない尚人に嫌な思いをさせるわけにはいかないと必死で言葉を継ぎながらも、同じ空間に羽多野と未生がいると思えば、会話は空々しいものになる。

 このままでは間が持たない、と思ったところでうやうやしくワインリストを携えたウェイターがテーブルに戻ってきた。愛想笑いを浮かべる労力は必要だが、第三者の存在のおかげで四人の気詰まりな雰囲気がわずかながらも和らぐのはありがたい。

「ランチコースでご予約と伺っておりますが、お飲み物はいかがしましょう。本日のコースはいずれも北イタリアはピエモンテ地方のお料理で、アンティパストは野菜のフラン、プリモは白トリュフのタヤリン、セコンドに牛肉のバローロ煮込みをご用意しています。ワインをペアリングでご用意することもできますが」

 日本のイタリア料理店といえば、客の多様なニーズに応えるためか地域関係なしに雑多なメニューを取りそろえているところが多い。この店も例外ではないが、シェフのせめてものこだわりでコース料理については地域性を重視して構成されている。それもまた、栄がここを気に入っている理由でもあった。

 ドリンクについても、イタリアワインを知り尽くしたソムリエがいる店だ。普通ならば食事に合わせて提供されるおすすめワインを楽しむところだが、この状況ではどんないい酒だろうが悪酔いする未来しか見えない。

「えっと、今日はアルコールは」

 かといって、キャンセル待ちの連絡までしてもらったのに、お値打ちなランチコースだけで済ませるというのも体裁が悪い。羽多野に口出しされるのも癪なので、栄は素早くリストに目を通すと料理と同じピエモンテ産ワインを選び出した。

「前菜にはグラスでこの白と、後はメインに合わせてバローロを……」

 そこでちらりと向かいに座る二人の表情を確かめる。羽多野には自分と同じもので良いとして、尚人と未生は――。

 案の定、未生は理解できない外国語の本を前にしたかのようにぶすっとした顔でワインリストを眺めている。育ちの悪い若造である未生に比べれば、栄にあれこれ連れ回された分の経験値はあるはずだが、尚人もワインには疎い。

 君たちはどうする? そう尋ねれば場慣れしておらずワインの知識もない未生に赤っ恥をかかせてやることができる。過去の因縁を思えばそのくらいのことをしてやってもいい気はするが、それは同時に尚人に恥をかかせることでもある。

 何より、今は未生も栄の同行者として扱われている。ワインの注文ひとつまともにできない友人がいると思われるのも心外で、栄は意地悪な気持ちをぐっと飲み込んだ。

「バローロはボトルで。グラスは人数分お願いします」

「かしこまりました」

 だが、そこでウェイターの返事をさえぎるように未生が口を開く。

「あの、すいません。俺は水でいいです。酒飲まないんで」

 すると、申し訳なさそうに栄の顔色をうかがいながら尚人も続いた。

「僕もお水でお願いできますか? えっと、発泡しない方のお水で」

 ではワインのグラスはふたつに、アクア・ナトュラーレのボトルを追加ですね――繰り返される注文を聞きながら、スマートな注文を覆された栄は面白くない。

 尚人は酒に強い方ではないものの、まったく飲めないわけではない。現に栄と一緒のときには付き合い程度に、ワインの一、二杯は飲んでいた。未生だって、若者が集う安いクラブや居酒屋でテキーラチャレンジでもやっていそうなタイプではないか。

 もしや酒が飲めないのではなく、「おまえの酒は飲めない」と言いたいのではないか。そんな考えが浮かんで栄はますます不機嫌になった。こちらは場慣れしていない未生に情けをかけてやったのに、恩知らずもいいところだ。

「へえ、そっちの尚人くんはともかく、未生くんが飲まないっていうのは意外だな。居酒屋でアルバイトしてなかったっけ? 禁酒したの?」

 同じことを考えたのか羽多野が笑いながら尋ねると、未生は左右に首を振る。

「居酒屋はただバイトしてただけで、前から酒は飲まないよ。金払って正気なくすなんて、気が知れない」

「……未生くん、そういう言い方は」

 この世の酒徒全員へ喧嘩を売っているかのような台詞を、尚人が小声でとがめた。だが栄には、それが自分ひとりに向けられた敵意であるとわかっている。

 当然だが、売られた喧嘩は買うたちだ。

「正気をなくすような飲み方しか見たことないなんて、人間関係の質が知れるな。ファミレスしか知らないガキにはわからないかもしれないけど、こういう店じゃ食事をワインに合わせるのもマナーのひとつだ」

 再びテーブルは氷点下の空気で満たされた。

 

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