場所を移動するにも未生は着替えをとって来なければいけないはずだと思ったが、「僕はここで待ってるから」と言う尚人の口をもう一度塞いでから、未生はまっすぐ裏門に向かって歩き出す。
「え、未生くん?」
本人的にも恥ずかしく屈辱的だったはずのコスプレ姿のままなのに、尚人に褒められたからなのか、それとも慣れて麻痺してしまったのか、さして気にする風でもない。
キャンパス内でも目立つというのに、校外に出るのはさすがにどうかと戸惑う尚人に、未生は言った。
「どうせ学校の周囲だって学祭で浮かれた奴らばかりなんだから、誰も気にしないだろ」
本当にそうだろうか、と疑念を抱きつつも、すぐにでも抱き合いたいという欲求はあまりに強い。未生の繰り出すめちゃくちゃな理屈にすがるように、尚人も歩みを早めた。
未生と出会って最初の頃は、いつも同じラブホテルで会っていた。付き合うようになってからも、たまにホテルに行くことはある。
浴槽が広かったり、シーツの洗濯の手間がなかったりとメリットも多い反面、尚人は今もラブホテルに苦手意識がある。その手のホテルが基本的には男女のカップルを相手にしていることは知っているので、男二人で出入りすることに後ろめたさを抱いてしまうのだ。
監視カメラがあるような場所で決まり悪く顔をうつむける尚人に、未生は笑って「最近はラブホってえっちするだけじゃなく、女子会とか男子会向けでも売り出してるくらいだから、平気だって」と言った。とはいえ尚人と未生がホテルを利用する目的はまさしくセックスなのだから、期待される客ではないことに代わりはない。
「今日は、尚人的にはちょっと入りやすいんじゃない」
部屋を選びながら未生はにやりとする。
「え、なんで?」
「だって男二人でラブホに入るの嫌だったんだろ?」
そう言ってぴらりと短いスカートの裾をめくってみせる未生に、尚人は苦笑した。いくら女装をしているからといって、未生の体格ではとても女性には見えない。「男二人」が「男二人(うち一名は女装コスプレ)」に変わっただけで、むしろ怪しさが増しているような気もする。
冗談交じりのやり取りをしながら、部屋に入って扉をしめると人目を気にする必要がなくなったことへの安堵がこみ上げた。緊張の糸がゆるんだ尚人は急に息苦しさを感じ、ベッドに座り込む。
未生はすかさず、正面から膝立ちで尚人の体をまたぎながら迫ってきた。
「これっぽっちで息切れかよ。尚人体力なさすぎ」
「うるさいな、わかってるよ」
体力作りの必要性は理解している。年下の未生と付き合うのだから、老け込むわけにはいかないと、ランニング用のウェアとシューズも買った。ただ、元来のインドア派の尚人には、運動習慣を継続させることが難しいだけで。
未生はゆっくりと尚人を押し倒す。ただでさえ短いスカートがずり上がって、今にも下着が見えそうだ。
――そこで尚人は妙なことに気づく。それが男であろうと、ミニスカートの裾から「禁断の領域」が見えそうになることには妙な罪悪感や背徳感を伴うのだと。
「どうした?」
恥ずかしそうに視線を逸らす尚人に、未生が問いかける。
「いや、なんか……改めて見ると照れくさいなって。僕がゲイだからなのかもしれないけど、未生くんのミニスカートって……」
「ああ、これ?」
尚人が未生の倒錯した服装に共感的な羞恥心を超えた感情――もしかしたら欲情に近い何か――を抱いてしまったことは、もしかしたら知られない方が良かったのかもしれない。だが、口に出してしまった以上は取り返しがつかない。
新しい遊びを思いついた未生は楽しそうに、改めて尚人の体をまたぎなおしてから上体を伏せ、顔を近づけてくる。
「患者さん、息苦しそうですね。お手伝いが必要ですか?」
にっこりと爽やかな、もしかしたら将来本物のナースになった未生はこんな風に患者さんに話しかけるのだろうかと想像してしまうような笑顔。だとすれば頼もしい一方で、優しくい声を掛けられる相手に少し嫉妬してしまうかもしれない。
だが、尚人のそんな妄想を打ち消すように、白衣の天使の笑顔は一瞬のうちに欲情を秘めた隠微な笑みに置き換わる。
「どうも、人工呼吸が必要みたいですね」
どうやら未生は本気で看護師さんごっこを続けるつもりらしい。たまらなく恥ずかしくて、尚人は身をよじる。が、当然ながらすでに組み伏せられているのだから逃げ場などどこにもない。未生の顔が近づいてくると、尚人は観念して目を閉じた。
もちろん人工呼吸というのは冗談で、呼吸を送り込んでくるようなことはしない。代わりに未生は尚人の口を開かせて、その内側にあるものすべてを丹念に味わった。
「ん、あ……」
舌を絡めるのも、口内をなで回すのも、互いの唾液を送り合うことにもいつのまにか慣れた。未生の味と尚人の味が溶け合えば、それは何より強烈な催淫剤になる。抵抗のポーズを見せたことも忘れ、尚人は未生の頭をかき抱いてより深いキスを求めた。
キスをしながら服の内側に手を差し込んで肌をまさぐってきた未生は、激しいキスで痺れかけた唇をいったん離すと尚人のシャツのボタンを外しにかかる。
「患者さん、運動不足がたたってあちこちにガタがきてるかもしれないから、服脱いでもらって全身をよく確かめないと。ほら、下も脱いで」
高まっている尚人としても、すぐにでも先に進みたいのが本音だが、そんな言い方をされると羞恥心でいたたまれない。
「そういう遊び好きじゃない。普通にしようよ」
服を脱ぎながら不満を訴える尚人だが、未生は非日常的なシチュエーションをとことん楽しむことに決めているようだ。
「んなこと言ったって、尚人だって俺のナース姿見て興奮してるくせに」
「してないよ、そんな」
「嘘だ、キスだけにしてはここも」
ボトムを下ろしたところですかさず下着の上から股間を撫でられて、ぞくりと背筋に快感が走り抜ける。確かに触れられる前からそこは兆している。でもそれが未生のコスプレのせいかといえば、絶対に違う。
「違うってば、これは未生くんの服装とは関係なくて」
「だったら、何?」
「君とキスするといつもすぐ、こうなっちゃうから……」
恥ずかしいシチュエーションから逃れようとして同じくらい恥ずかしいことを言ってしまったと気づく。これではキスするだけでいつも欲情していると告白しているようなものだ。
「ふうん」
案の定未生は満足そうにうなずくと、改めて尚人の下半身をまじまじと眺める。
「患者さんは、キスされただけですぐにここがおっきく硬くなっちゃうのが悩みなんですか。それは困りますね。ちょっと見てみましょう」
「だからそういうの、やだってば」
どんどん墓穴を掘っていく頼りなさから、反論の声は弱々しくなる。それに――ここで未生の遊びを制止するよりも、本当はすぐに、もっと触って欲しい。
下着をずらすと、すでに角度を変えはじめたペニスが顔を出す。ひんやりとした空気にぞわりと鳥肌が立つのは一瞬で、すぐにそれは未生の大きく熱い手のひらに包み込まれた。
「ああ……」
抱き合うたびに未生は貪欲に尚人の体を拓いて、学んで、どこがいいのかを彼自身覚えると同時に尚人にも覚え込ませてきた。筒状にした手でゆるゆると擦られると腰が震えて、すぐに先端からはぬるぬるとしたものがあふれだす。
快楽で憎まれ口を封じることに成功したと悟った未生はそのまま尚人の胸に頭を寄せる。さらさらとした髪が肌に触れ、敏感な乳首をくすぐった。
「すげえ、どきどきいってる」
ぴったりと尚人の胸に耳をつけて、未生は少しの間恋人の心音に酔いしれているようだった。
こんなのセックスのときだけじゃない。未生といるとちょっとしたことで、まるで思春期みたいに鼓動が激しくなる。でもそれを伝える代わりに尚人は手を伸ばした。
「君は?」
衣装の上から未生の胸に手を当てる。手のひらには早い脈拍。
「患者さん、ナースの胸触るなんて、それセクハラですよ」
しつこい遊びを続けながら、未生が冗談まじりにつぶやく。その声はすぐに甘い吐息に解けて、胸に寄せた顔の角度を変えると未生は尚人の胸を唇でついばむ。
「んっ、あ……、ああ」
「感度いいですね。反対側も確かめてみましょうか」
「はあ、んっ」
反対の乳首はピンと爪先で弾かれる。ねっとりと唇や舌で愛されるのもたまらないし、軽く噛まれたり弾かれたり、瞬発的に与えられる刺激もたまらない。尚人のそこは未生の愛撫に喜び、懸命に応じようとするかのように健気に赤く膨れてみせるのだ。