夏の夜の(奇妙な)夢:(4)尚人

 乱暴な行為などまったく好きではないはずなのに、倒錯したシチュエーションと背徳感ゆえなのか、熱は増すばかりだった。自分の体の奥に自覚していないアブノーマルな欲求が眠っていたことに尚人は驚き、戸惑った。

 いや、アブノーマル? 普段の優しい未生の姿を知っているからこそ、ごくまれにであるならば別の一面も見てみたいだけ。決してひどく抱かれたいというわけではない。逸脱した行為に自ら飛び込む言い訳を紡ごうとする尚人だが、すぐに何もかもどうだってよくなる。

 首筋に歯を立てられるたびに、しびれるような感覚が全身を貫く。くすぐったさ、かゆみ、痛み――そして性的快感。すべては同じ皮膚刺激で境目はひどく曖昧なのだと聞いたことがある。確かに今、熱に浮かれた尚人の脳にはそれらを峻別することは難しい。

「……っ」

 ちょっとしたきっかけで未生がいつもの未生に戻ってしまえば、この「非日常」は終わる。欲望でぎらついて、我を忘れて抱きしめてくる未生を見ることも、こんな風に触れられることも二度とないかもしれない。だから尚人は唇を噛んで、必死に声を殺して快感に耐えた。

 いつもの夜とは違って、気づかいの言葉もからかいの言葉も与えられることはない。

「……なおと」

 ときおり耐えきれないかのように、熱くて荒い息に紛れて唇からこぼれる名前だけが、今夜の未生が口にする言葉。飢えきった未生は尚人に触れて味わうことに前のめりで――そして、今では一瞬でも早く中に入りつながることしか考えていないようだった。

 強引に前を高めた手はすぐに脚のあいだに伸ばされる。硬くすぼまった場所を焦れたようにまさぐる乾いた指先に、尚人の下腹部には新たにきゅっと疼きが走った。

 自ら濡れることのない場所だから、普通に触れても簡単には開かない。しかし、未生がくるくると慣れた手つきで襞を撫でると、無骨な指先はわずかに内側に入り込んだ。

 飲み会を理由にアルバイトを休んだ未生は、普段の週末よりも少し長く尚人の部屋に滞在できる。あまりに楽しみで、待ち遠しくて、尚人は風呂に入ったときにほんの少しだけそこをほぐしていたのだ。まさか、こんな展開になるとは予想していなかったが、準備をしておいて結果的には大正解だった。

 普段ならば潤滑剤や、ときには唾液や先走りを用いてゆっくり時間をかけてから挿入する。多少慣らしているからといって指先と未生のペニスでは質量の差は圧倒的で、尚人に不安がないわけではない。もしも怪我をしたら自分が肉体的なダメージを負うだけではなく、後にそのことに気づいた未生だって傷つくかもしれない。

 でも、そんなリスクがちっぽけに思えるくらい、尚人は未生が欲しかった。未生が尚人を早急に求めてくるのと同じくらい、もしかしたらそれ以上に尚人は今すぐに、未生が欲しかった。

 できるだけ危険を避ける努力はしようと、組み敷かれたままで尚人はもぞもぞと体勢を探る。どのような角度であればスムーズに受け入れることができるかは、経験上わかっている。

 カチャカチャと未生がベルトを外す音が聞こえる。衣類越しには何度も押し当てられているから、未生のそこも既に硬く熱くなっていることはしさっている。でも、どんな風に、どれほど尚人を欲しがっているのか――本当は目を開けて見てみたい。でも、今さら寝たふりを止めるのも気が引けるし、まぶたを開いたところで暗闇の中ではよく見えないだろう。

 尚人は目を開く代わりに、未生と触れ合っている部分、そして彼が今まさに触れようとしている部分に意識を集中した。これから与えられる快感を想像するだけでたまらない気分だった。

 入り口あたりを軽くかき回しただけの指が抜き去られると、尚人は脚を大きく開いて腰を持ち上げた。これで挿入はスムーズにいくはずだ。暗闇だからどうせ未生にもろくに見えてはいないし、見えたとしても酔っ払いの記憶からは消えてしまうはず。そんな思いが尚人を大胆にする。

「……ぁ」

 殺しきれない吐息と飲み込みきれない唾液が唇から思わずこぼれる。そのくらい、触れたものは熱かった。そして、ぬめりが足りないのではないかという不安を打ち消すに十分なほど濡れそぼっていた。

 押し当てられて、動きが止まったのはほんの一瞬。体の力を抜いて、息を吐いて……衝撃を和らげるための努力をする間もなく未生は一気に押し入ってきた。

「あっ、あ……」

 ずっ、と脳までも犯されるような強烈な衝撃。生々しい感触に、そういえば未生は「着けていない」のだということに思い当たる。

 栄への対抗心ゆえに「生」にこだわったときを含めて、何度か直接交わったことはある。だが通常は尚人の負担や後始末のことを考えて、未生はきっちりゴムをつけてくれた。

 コンドーム有のセックスでも十分気持ちは良いし、不満はない。とはいえ、ただでさえ普通ではない状況下で、しかも粘膜同士でつながっているのだと思うと否が応でも興奮は増す。

 前戯の足りない狭いままの場所をこの上なく凶暴なものに貫かれているのに、痛みや恐怖どころか尚人はひたすら快感に喘いだ。丁寧さも優しさも、今は欲しくない。ただきつく抱きしめて欲しいし、無理やりにでも深く入って、激しく揺さぶって――最後はその熱を奥にかけてほしい。こんな恥ずかしいこと、死んだって未生には言えないけれど。

「尚人……なおとぉ……」

 熱で浮かれているのは未生も同じだ。途切れ途切れに名前を呼んで、腰をたたきつけてくる。ときどきろれつが回っていないせいか、声色は普段以上に甘ったるく響く。年上の恋人を翻弄しようと計算ずくで甘えてくるときとは違う、未生の内側に隠れている寂しがりで甘えたがりの部分が、酔った勢いで隠しきれなくなっているのだろうか。

 可愛い、なんて口にしたら怒るだろうが――覆い被さって、挿入して、揺さぶってくる自分より大柄の若者のことを、尚人は今心底、可愛くて愛おしいと思っているのだった。

 互いにいつしかキスを求めるが、闇の中動きながらではなかなか狙いが定まらない。鼻、頬、まぶたと顔面を迷走してからようやく唇と唇が触れ合う。

 もう、こうなったらやぶれかぶれだ。未生が正気を取り戻そうが取り戻すまいが、覚えていようが忘れてしまおうがどうだっていい。尚人はひたすらに未生の唇や舌を貪って――最後の一瞬に間違えても未生が出て行ってしまわないように、その腰にしっかりと両脚を絡めた。

 

←もどるすすむ→