気まずく視線をそらす栄だが、羽多野はむしろそんな反応を意外に思っているようだった。
「ああ……これ? フィットして蒸れにくいから運動するときも楽だぞ。ボクサーなんかより絶対快適だから谷口くんも試してみればいいのに」
「結構です」
決してそういう意味で言っているわけではない。栄は大学まで体育会系運動部に身を置いてきたが、周囲にはひとりだってそんな下着を身に着けている人間はいなかった。もしかしたら二丁目界隈などでは事情は異なるのかもしれないが――少なくともありふれてはいないだろう。一般的でないといえば、もちろん「下の処理」だって同じだ。
「それに、そんなの履くためにはいろいろと手入れも……いや、変だと言っているわけじゃなく、欧米では珍しくないんだろうと思いますけど純ドメの俺には」
間抜けな言い訳をしながらちらりとそこに視線を向けると、羽多野はようやく栄の意味するところに気づいたようだ。
「大学時代は風呂トイレ共用の寮に住んでたからな。シャワーで人と出くわしたときに変な目で見られるのも嫌だし、それに――……まあいいか」
無神経なりに一応は栄に遠慮したのか言葉を止めるが、その先は聞かなくたってわかる。アンダーヘアの処理が当たり前な文化圏では、郷に従わなければ女と寝るにも差し障りがあったということなのだろう。あえて問い詰めるような野暮なことはしないが、決して楽しい話題ではない。
微かに栄の表情がこわばったことに気づいたのか、羽多野はすぐさま話題を変えようとする。
「君は手入れしないの?」
羽多野の視線が性器周辺に注がれるのを感じて勃起したままのそこはまたひとつ先端に新しい露をはらむ。
「そりゃ多少は気にしますけど、水着からはみ出さないようにとかその程度で」
男の割には体毛が薄い方だから、正直アンダーヘアのことなどほとんど気にしたことはない。ジムで使っている水着は腿まで覆うハーフスパッツタイプなので、ずり落ちたときに備えて上の方は少し深めに剃っているが、その程度だ。
だが羽多野のそこは――再度ちらりと視線をやると、羽多野は自ら下着を下にずらして栄に中身を見せつけた。つくづく恥じらいのない男だ。とはいえ栄がそこの状態に興味を抱いているのも否定できない事実ではあるのだが。
「……それくらいが、普通なんですか?」
あらわになったそこは、確かにためらいなく人前に出せる代物ではあった。栄自身の持ち物も男としては決して恥じ入るようなものではないが、陰毛の面積が少なくかつ性器周辺の小さな逆三角形部分も短めにトリミングされているせいか羽多野のそれはより長く大きく見えた。
「普通って、ナニの大きさ?」
「違います!」
とんでもない誤解をされて栄は思わず声を荒げる。内心で値踏みしてしまったことは事実だが、そんな品性下劣な質問を口に出す人間だと思われるのは本意ではない。
「そっちじゃなくて、あの、て、手入れの話です」
しどろもどろに付け加えると、ああ、と羽多野は自身の下半身に視線を落とす。
「地域や人にもよるみたいだけど、周囲はけっこうハイジーナ……日本でいうパイパンにしてる奴が多かったな。俺はさすがに抵抗あったから全部はいかなかったけど。最近手入れさぼってただけで、普段はここももうちょっと短めに……」
「……はあ」
そういうものなのか。栄は洋モノのポルノにも関心がないので、そこに何もない状態にしている男が多いのだと聞いても遠い世界のことのように思える。パイパンなんて日本ではよっぽどマニアックな性癖に分類されるが、それがマナーと見なされる文化圏もあるとは。
興味本位で聞いてはみたものの想像以上に過激な回答にどう反応すれば良いのかわからずぽかんとしている栄を見て、羽多野は年甲斐もなくいたずらを思いついたかのような顔をする。
「谷口くんも今度やってやるよ。涼しいし引っかからないし衛生的だし良いこと尽くめだ」
マシントレーニング、ビキニブリーフの次はアンダーヘアの処理。次から次へと、冗談じゃない。
「いや俺はいいです。っていうか自分のやってること何でもかんでも勧めないでください」
「ほら、このあたり全部つるつるにしたらきっと」
否定の言葉などろくに聞かずに手を伸ばし、羽多野は栄のペニス周辺の茂みに指を差し入れた。
「っ、な、……あ」
陰毛を撫でられ、引っ張られ、その奥の肌を指先でなぞられれば体が慄く。馬鹿馬鹿しい会話と隠微な肌の触れ合いを振れ幅大きく行ったり来たりするのはこの上なく心臓に悪い。
羽多野はそのまま栄の右手を導き自分のペニスに直接触れさせる。抵抗はあるが与えられる快感にそれどころではなく、結局されるがままに従わざるを得ないのが悔しかった。求められるままに撫でさすり握るうちに、手の中のそれは温度を上げかさを増し、やがて濡れてくる。
そもそも、なんでこんな男とこんなことをする羽目になっているのか。現実逃避の一種なのか、ふと根源的な疑問が頭に浮かぶ。急に悔しさを思い出した栄は顔を伏せて、ごつんと羽多野の胸に頭をぶつけた。
「どうした? そろそろ一回出しときたい?」
先をねだられていると勘違いした男は、普段とは打って変わった甘い声色で囁く。その声に逆らえないことがわかっている栄にできるのは悔しまぎれの言葉をつぶやくことだけ。
「ったく……、こんなはずじゃなかったのに」
「俺だって、まさか今日ここでこんなことになるとは。わかってたらもう少し身ぎれいに……」
完全に勘違いした返事に栄は再び軽い頭突きをくらわせる。エントランスで栄を追い返そうとしたくせに、己の過去を告白している最中はあんなにしおらしかったくせに、よくもそんなことが言えたものだ。
それに栄が言いたいのはそういうことではなくて――伝わっていないのかわざとはぐらかされているのかはわからないが、とにかくもどかしい。
「そうじゃなくて! 言っただろ、嫌いだって。自分より背が高い男も、学歴が高い男も……こんな……」
「こんな品のないパンツ履いてる男も、か。そりゃ谷口くんは、もっと穏やかで従順で、君が好きなように染められるようなタイプが好きだろうな」
駄々のような訴えに、羽多野は栄の髪に顔を埋めると宥めるようなキスを落とす。
「そうですよ! なのに……」
「不本意か?」
栄は精一杯の感情をこめてうなずいた。
「ええ、大いに不本意です!」
別に同意してほしかったわけでもないし、「はいそうですか」と手を引っ込められても困る。今のこの状況が嫌だというのではなく、ただこんな自分は普段の姿ともこれまでの姿とも違うのだとわかっていて欲しかった。こんなに簡単に誰かに言いくるめられることも、好きなように触れさせることもない――これがどれだけ例外的で特別なことかを、羽多野は本当に理解しているのだろうか。
栄にとって精一杯の訴えに羽多野はうんうんと間に合わせのような相槌をうつ。本当にわかっているんですか? そう畳みかけようとした栄だが、それは叶わなかった。
「じゃあせっかくだ、不本意ついでに……」
そう言って次の瞬間、羽多野は栄の両脚を持ち上げた。てっきりこのまま向かい合って互いの手で達するまで……という展開を予想していた栄は防御姿勢をとることすらできずにバランスを崩しかけ、なんとかソファの座面に留まった。
「何するんですか……っ」
声を張り上げたときには遅い。羽多野のぼさぼさの髪はすでに栄の視界の下の方にあった。
床に降りた男はソファに座った状態の栄の両ひざのあいだを陣取り満足そうに笑う。そしてすでに半分脱げかかっていたボトムと下着を栄の下半身から一度に取り去ると、最後におまけのように左足だけ残っていた靴下を抜いた。
「いい眺めだ」
両脛のあたりをつかんで持ち上げた栄の脚を膝を立て、左右に割り開いた形に固定しながら羽多野は改めてそうつぶやく。栄のしとどに濡れて勃起したペニスと震える陰嚢――さらにその下まで何もかもが羽多野のすぐ目と鼻の先にある。
「……冗談じゃないっ」
そう言いながら羽多野を蹴りつけて何とかこの恥ずかしいという言葉ではとても足りない状況を脱しようとするが、ソファの布地のせいなのか汗をかいているからなのか暴れるほどに栄の腰は前に滑り、きわどい場所を自ら見せつけるような体勢になる。
「前にも言った気がするけど、改めて間近で見ると谷口くんのここの形は惚れ惚れするな」
「そんなの褒められたって嬉しくないからやめろって!」
動きを封じられ恥ずかしい場所をじっくり眺められながら栄はせめてもの抵抗を続けるが、羽多野にはどこ吹く風だ。
「嬉しくない? 男ならここ褒められるのってまんざらでもないだろ」
「あなたが言うと違って聞こえるんです!」
男同士の競争心で、でかいの長いの剥けてるのと比べ合うのとは話が違う――もっともそれすらただの耳年増で、栄自身は「品評会」などという品性に欠ける猥談には参加したことすらない。思春期の男子の悪ふざけにすら距離を置いてきた自分がなぜ今になって、しかも明確な意図をもってこんな場所を凝視され感想までも聞かされる羽目になるのか。
「違うってどんな? 確かにまあ……美味そうだなとかちょっとは思ってるけど、普通だろ」
毎度のごとく何の根拠もない「普通」という言葉で栄を丸め込もうとしてから迷いなく目の前の勃起を口に含む羽多野を、栄は信じられない思いで凝視した。