僕と機械仕掛けと思い出(1)

「絶対に絶対に内緒だから、誰にも言うなよ!」

 僕の袖を引っ張って教室の隅に連れて行くと、ベンは耳元に口を寄せてくる。息が当たるくらいの距離で、ちょっとくすぐったい。

「わかったよ。ていうかそれ、もう十回くらい聞いた」

 ちょっと呆れた顔で僕――アキヒコ・ラザフォードは答えた。

 幼稚園の頃から友達のベンは、さっきから「内緒」「誰にも言うな」ばかり何度も何度も繰り返している。とはいえ彼がいま明かそうとしている秘密に僕はあまり興味がなくて、聞かせてくれと頼んだこともない。なのにベンはやたらと深刻な顔をして、そのくせはしゃいだような雰囲気で僕をひと気のない場所まで連れて来て続きを聞かせたがっているのだ。

 本当は話したくてしかたないくせにもったいぶってみせる。そんな態度に正直うんざりしている僕は、わざとらしく時計に目をやる。

「ベン、話すならさっさとしろよ。もう外に迎えサーシャが来てる時間だし、そっちも同じだろ」

 決して単なる脅しではない。今日最後の授業が終わってからもう十五分経ったから、普段ならばすでに育児支援ロボットのサーシャが校門に到着している時間だ。いかにもロボットらしく予定が狂うことを嫌うサーシャを長くは待たせると、きっとご機嫌が悪くなる。

 お迎え、と聞いてベンはあわてた顔をした。後ろを振り返って改めて周囲に「聞き耳を立てているならず者」がいないかを確認して、それから小さな小さな声で言った。

「俺、シルビアが好きなんだ」

「――へえ」

 白いほっぺたを赤く染め恥ずかしそうに目を伏せるベンを眺めて、僕は返事に困ってしまった。なにしろベンの好きな子が誰であるかなんて、まったく興味がない。しかし僕の反応の薄さを別の意味に受け取ったらしく、ベンは怖い顔でこちらをにらんだ。

「なんだよ、黙っちゃって。もしかしてアキもシルビアのこと好きなんじゃないだろうな!」

「えっ? そんなはずないだろ」

 すぐさま否定したのに、なぜかベンはさらに顔を赤くしてむきになる。

「そんなはずない、ってひどい言い方だな。シルビアはクラスで一番可愛いし、ピアノもダンスも上手で、俺が知ってるだけでもライバルは三人もいるんだ!」

 僕がシルビアが好きかもしれないといって怒ったかと思えば、僕がシルビアを好きではないと言えばまた怒る。普段のベンからは想像できないくらい取り乱している。一体どんな返事をすれば満足してくれるんだろう。

「えっと、シルビアは確かに可愛いし優しいし、すごく人気があるけど……でも僕は違うんだ」

 理由になっていない理由をどうにか絞り出すと、ぎゅっと眉間に力を入れたままでベンが顔を寄せて来た。

「本当だろうな! 絶対に横恋慕しないって神に誓えるか?」

 ドラマで犯人を問い詰めているときの刑事みたいな勢いに押されて僕はこくこくと首を縦に振り、それから促されるままに今後はできるかぎりベンの恋愛成就の手伝いをすることを誓わされた。

 それどころか学校を出て別れ際、もう一度念押しするように呼びかけてくるのだからベンの執念深さは完全に理解を超えている。

「おい、アキ! さっきの約束忘れるなよ!」

「わかってるって! 何度も同じこと言うなよ、しつこい……痛っ!」

 大声で叫び返した最後が悲鳴になってしまったのは、手の甲をぎゅっとつねられたからだ。

 もちろんそんなことをするのはただひとり――。

「何するんだよ、痛いじゃないか!」

 僕は意地の悪い手を振り払いながら、隣に立つサーシャを見上げて文句を言った。サーシャの指は男にしては細くて、とても器用に動く。だからなのかはわからないが、ぎゅっとつねられた場所は真っ赤になって、彼の手が離れたあともヒリヒリと痛む。

「アキヒコ・ラザフォード。呆れますね、外ではこんな乱暴な口をきいているんですか?」

 サーシャは冷たい目で僕を見下ろしている。

「あ……」

 僕は、うっかり彼の前で「学校での話し方」をしてしまったことに気付いてぎくっとした。

 五歳の頃から一緒に暮らしているサーシャは、ものすごくマナーにうるさい。血が繋がっていて僕に対して法的に責任を持っているおじいさんや、何かと説教したがりの弁護士であるベネットさんと比べても、このロボットの躾へのこだわりは格別で、彼の前で少しでも乱暴な言葉を発しようものなら、即座に叱責の言葉が飛んでくるのだ。もちろんたまにはいまみたいなちょっとしたお仕置きも。

 まずい、普段はサーシャやおじいさんたちの前では折り目正しい口のきき方を心掛けているのに、ベンがあまりにしつこいせいでうっかり「学校での話し方」が口から飛び出してしまった。

 だって、僕はもう十一歳。

 出会った頃はサーシャの腰くらいまでしかなかった身長はもうすぐ彼の肩に届きそうだ。登下校の送り迎えは続いているけれど、いつからか手を繋ぐこともなくなった。

 クラスの友達も、テレビや映画で覚えた「男っぽい」話し方を意識するようになってきて、サーシャが好む甘ったるく子どもっぽい口調でいたならばきっと、馬鹿にされてしまうだろう。

 とはいえそんな事情がこの頑固で厳しいロボットに理解してもらえるわけもないので、普段の僕は割り切ってサーシャの前ではお利口さんな話し方を心がけているのだ。

「えっと……普段はこんなんじゃないんだ」

「本当ですか? 一歩学校に入ったら不良みたいな態度でいるんじゃないでしょうね」

「そんなことないよ。ただちょっとさっきのは……ベンにつられただけで」

 サーシャの隣を並んで歩くことに居心地の悪さを感じながら、僕は必死に言い訳を紡いだ。まったく、今日はどうしてこんなに理不尽に追及されてばかりなのだろう。それもこれも、こちらは一切興味ないのにベンがシルビアの話なんてしてくるからだ。

「アキヒコくん、バイバイ!」

 噂をすれば、ちょうど後ろからやって来たシルビアが僕たちを追い越して、目の前に停車している車の後部座席に乗り込んだ。運転席にはサングラスをかけたシルビアのお母さん。車で迎えにくるのは習い事がある日だけだから、きっと今日はピアノかダンスの日なのだろう。

 真っ白い肌に深緑の瞳、飴色の髪。制服のスカートがひらりと舞って、車のドアが閉じる。誰にでもニコニコと愛敬あるシルビアは確かに男子生徒の中では人気がある。ベンだって悪い奴ではないけれど、顔は普通だし、スポーツも並みで成績は――真ん中よりもちょっと下。友達だから贔屓目に見てやりたいのはやまやまだけど、勝算はあまりなさそうに思える。

 僕は車の中のシルビアにお愛想程度に手を振りながら、ベンの恋路を思ってため息をついた。首尾良く両思いといってくれればいいけれど、もしも振られようものなら、きっと愚痴を言ったり泣いたり、今日の百倍も厄介だ。

「あーあ……めんどくさい」

 思わずつぶやくと、サーシャが不思議そうに首を傾げた。

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