初夏。日が暮れれば涼しげな風が吹き、ぐっと色を濃くした公園の緑からは鮮烈な夏の匂いが立ちのぼる。薄くなる衣服にどこか気分も解放的になるこの時期こそ――。
そう、絶好の青姦シーズン。
人肌恋しさと懐の寂しさが限界に達したアカリは、いつも使っているスマートフォン用のマッチングサイトに書き込んだ。
「8時にS駅で会える人。当方大学生、やせ形中背顔普通。継続なし。2。」
週末の夜で、指定した場所もアクセスしやすいターミナル駅。書き込みボタンを押して数分もたたないうちに、アイコンの右上に新着メッセージを示す数字が赤く表示される。どんどん増えていく数字をアカリはにんまりと眺めた。
その手のサイトは掃いて捨てるほどあるけれど、管理体制や利用者層はピンキリで、何度か痛い目に遭いながら結局ここに落ち着いた。利用は月に数回。惚れた腫れたは面倒なので固定の相手は作らず一人につき会うのは一度きりと決めている。
メッセージの最後に書いた「2」は「二万円」のことで、仕送りを受けていない苦学生のアカリは、セックスには必ず対価を求めることにしている。金のやりとりは、相手に恋愛面での期待を持たせない予防措置としても有効だ。
慣れた仕草でアプリを再び開き、画面をスワイプしながら受信したメッセージを次々流していく。一見して怪しいものは即削除。気になるものだけ相手の名前をクリックしてプロフィール画面に飛ぶ。身長、体重、アピールポイント。アプリの利用履歴も重要だ。このアプリはマッチング相手から悪い評価が一定数以上つくと利用停止になる。利用履歴が長いということはイコール、トラブルなくやってきたという証明になる。
最後まで残った幾人かを見比べ、アカリは結局「都内在住会社員。30代。趣味はジム通い」を選んだ。返信して、詳しい待ち合わせ場所とお互いの今日の服装を伝える。それでおしまい。
ネットが発達する前のゲイはわざわざ同じ嗜好の人々集まる場所に出かけていかないと相手のひとつも見つけられなかったらしい。しかし今では出会いも別れもスマホひとつ。つくづく良い時代に生まれたものだ。
本日も首尾は上々。対面した相手は容姿、物腰ともにアカリの想像の上をいっていた。百八十センチ超えの長身に、ジム通いを趣味にしているだけあって適度に筋肉の付いた細マッチョ。抱き締められるところを想像すると、それだけで腰がうずく。
なにしろ、ここのところレポートや発表準備で忙しくてそっちの方はずいぶんご無沙汰だったのだ。
「どうしよう、アカリくん。もしメシ食ってないならどこか行く? 苦手なものとかある?」
「うわあ、マジですか? 超腹減ってるんで嬉しいです! 何でも食べられます!」
大げさに驚いて見せるが、こちらとしては一食分の金を浮かす気で早めの時間を指定しているのだから、食事に誘ってもらわなければ困る。そして、アカリの「さも食事に誘われて驚いている姿」がポーズだということは相手もおそらく百も承知だ。
でも、こういう関係ではポーズこそが重要だったりするのだ。お互いの下心をわかった上で、礼儀正しくうわべを取り繕ってみせる、それはポーズというよりむしろマナーの一種と言っていい。
ちなみに「アカリ」は本名ではない。といっても架空の名前というわけでもなく、明里亮介の姓を音読みして、親しい友人は昔から彼を「アカリ」と呼ぶ。
ちょっと女の子っぽくはあるものの、覚えやすくて自分でも気に入っている呼び名だし、妙な源氏名で呼ばれるのも好きではないので、出会い系サイトにもその名で登録をしている。
雰囲気の良い居酒屋で軽く飲みながら改めて自己紹介をし、腹も満たしてほどよく雰囲気がほぐれたところで二人は店を出た。人気の少ない通りに入ると男はそっと手を繋いできた。
「ここからは、ホテルで良い?」
「えっと、実は……」
少しでも相手が引くようならばすぐにあきらめようと思っていたが、意外にも男は二つ返事で公園での行為に同意した。
近くに何度かセックスに使ったことのある公園があるので、アカリは男を連れてそこへ行く。
近場の人々からもハッテン場だと認識されている小さな公園なので、遅い時間にお仲間以外が入ってくることがまずもってないのも安心できる。たまに他のカップルの声がうるさいときはあるが、それはまあお互い様といったところ。
さすがに地面でやる気にはなれないので、空いているベンチを探すが、今日に限ってはその必要もなかったらしい。男は立ったまま行為に及んできた。
セックスが目的なので当たり前といえば当たり前だが、出会い系で会う相手は全般的に即物的だ。男はキスも愛撫もそこそこに、後ろをほぐして挿入してくる。
アカリはどちらかといえばいちゃいちゃと肌を触れあうことが好きな方だが、さすがに野外で濃厚な前戯を求めるわけにもいかないし、飢えている今日はまどろっこしいあれこれよりも、さっさと前と後ろを満たして欲しかった。
正面から抱き合って、片足を持ち上げた不安定な体勢でつながる。さすが鍛えているだけあって、体重をかけても相手はびくりともせず、力強い動きで突き上げてくる。
――やばい、今日の相手、超当たりかも。
禁欲生活の後だからか普段以上に体も敏感になっているのか、凄まじい快感に襲われる。このままさっさと意識を飛ばして二回戦、三回戦といきたいところだが、男に揺さぶられながらアカリは何となく集中しきれない。
「待って、なんか……」
そう言って、アカリは後孔を硬いペニスで貫かれたまま周囲に目をやる。
どこからか、視線を感じるのだ。
ハッテン場にはたまにいるのだ、好き好んで人の情事をのぞくような変態が。もちろん世の中には見られることに興奮する性癖の人間もいるが、残念ながらアカリはそういったタイプではない。健全な社会生活を送り続けるためにも、こういった場面を赤の他人に見られるのはできれば避けたい。
いったん交合を解こうと身をよじるが、行為に夢中になって視線に気づかない男には、ただのじらしだと受け止められたようだ。突き上げてくる動きはさらに激しくなった。
「あっ、あっ、やだって」
抑えようにも抑えきれない声を上げながら揺さぶられていると、不意に男がアカリの体を抱き上げてぐるりと体勢を変えた。今度は後ろから――。
かくして、アカリは勃起した下半身をみっともなく露出して後ろから貫かれたままの姿で、のぞき魔野郎と正面から顔を合わせることになった。
植え込みの向こうからこっちをじっと眺めているのは、アカリと同世代くらいの若い男だ。のぞき魔というのはモテない気持ち悪い外見の奴ばかりなのだと思っていたが、その男の見た目は普通の学生風。しかし、特段興奮した風でもなく真顔で生態観察でもするかのようにこっちを凝視しているのがなんとも不気味に思える。
アカリはだんだん腹が立ってきた。
ちょっと失礼なのではないだろうか。人の行為をただ見、しかも興奮するわけでもなくまったくの真顔で。まるでこっちのセックスがよっぽど退屈だとでも言いたげなあの態度。
悔しくなって、アカリはわざと見せつけるように足を開き、挑発するようにのぞき魔に向けて自分で股間をいじってみせた。そして、お前がこっちを見ていることはわかっているんだ、という気持ちを込めてぐっと相手をにらみつける。
正面からぶつかる視線。するとのぞき魔はさすがに気まずくなったのか、ふっと顔を下に向けて。
――なんと、そのまま嘔吐した。