Shall we have breakfast together? -5-

 名前を呼ばれれば、体の奥が燃え上がる。昨晩もしたばかりなのに、まだ朝なのに、触れたい気持ちが膨れ上がって止まらなくなる。なにが穏やかなセックスも悪くない、だ。一皮剥けばやっぱり自分なんて、こんなもの。

 おそらく責められることはない。だって未生はただのんびりと朝の時間を満喫していただけなのに、煽ってきたのは尚人の方だ――頭の中で言い訳を紡ぎながら、焦って尚人を起こせばなにもかも台なしにしてしまう予感はあった。ぱちんと風船がはじけるように尚人は現実に戻り、いつもの大人ぶった顔で「こんな朝から」などと未生を諫めるに決まっている。

 だから未生は、はやる心を抑え深呼吸しながら、恋人を起こさないようゆっくりと体を反転させることにする。

 息を止めて、そっとそっと。普段ならば気にも留めないようなマットレスのきしみにすら緊張しながら半回転すると、目の前には尚人の寝顔があった。

 つるんとした肌は、丁寧に手入れして整えた類いのものとは違う。小中学校にいた、クラスで一番真面目な子どもがそのまま大人になってしまったかのような、老成と幼さの同居した顔。柔らかな黒い髪、閉じられたまぶたから伸びるまつげは多くも少なくもないし、長くも短くもない。

 見れば見るほど、素材は悪くないけど地味な。それがこんなにも未生を惹きつけ夢中にさせる。

 唇からこぼれる穏やかな寝息から、思ったより深い眠りの中にいるのだろうと判断する。さらに念のため腕を持ち上げて試すように尚人の頬をぷにぷにと突いてみるが、くすぐったそうに身じろぐだけで特に抵抗はされなかった。目覚めているときなら「からかわないで」と叱られてしまうだろう行為も、いまならば許される。

 未生が寝返りをうったせいで密着していた体は離れてしまった。それを寂しがるように尚人はもぞもぞと体を動かす。

 夢の中でまだ尚人は未生の姿を見ているのだろうか。考えるだけで胸がざわめき、同時に恋人の夢の中にだけ存在する「未生」に対して、嫉妬にも似た感情が生まれてきた。だってそれは「未生」だけど「未生」ではない。本物は紛れもなく、ここにいる自分ただひとりなのだから。

「……尚人」

 起こさない程度に、小さな声で名前を呼んでみる。

「ん……」

 返事のような吐息を吐いて、尚人は今度は正面から未生の胸にぴったりと体をくっつけてきた。

「なあ、尚人。エッチな夢みてんの?」

 聞こえていないのは承知で――むしろ聞こえていないからこそ、そんな言葉で尚人を煽ってから、未生は尚人の股間に手を伸ばした。

 ゆるやかなセックスだったとはいえ、昨晩も射精はした。だが、ひと晩の眠りは「回復」には十分だったのだろう。根元の膨らみはしっかりとした重量を持ち、硬くなったペニスはスウェットを持ち上げている。

 手のひらでゆったりと包むようにしてやわやわと揉んでやると、尚人は素直に快楽を追って腰をこすりつけてくる。寝息がわずかに乱れて、閉じたまぶたがぴくぴくと痙攣するのを見ながら、未生はいたずらをする子どものような高揚感を覚えていた。

 どこまですれば、起きるのか。どこまですれば、叱られるのか――。

「……あ、っ……」

 少しずつ手に力を加えていくと、尚人のペニスはより硬くなり、完全な勃起状態になる。もちろん未生の興奮も高まり、ここまでくればもはや朝勃ちのレベルを超えている。

 せっかく昨晩はお行儀よくコンドームの中にしか射精しなかったのに、朝汚してしまうのでは意味がない。いや、清潔なベッドでひと晩眠ることができたのだから十分か? いくらか躊躇してから未生は、スウェットと下着を同時に下ろして自らの勃起した性器を露出させた。

 起き抜けとは思えない健康さで反り返ったそれをどうするか、少し迷う。尚人の手を引き寄せ握らせてみるが、夢の中の恋人に奉仕の心は薄いのか、手のひらはすぐに離れてしまった。

 自分で自分を慰めるのも虚しくて、未生はだんだんと、尚人が目を覚ましたってかまわないという気分になってくる。欲望のはけ口を求めて尚人のスウェットも引き下ろすと、体を仰向けに転がした。

 勃起したペニスでペニスに触れ、擦り合わせる。

「……っ」

 依然夢の中にいる尚人も、快楽だけはしっかり認識しているのか腰を浮かせて応じてくる。セックスの興奮で我を忘れているときともまた違う淫らな一面を見せる尚人。非日常的な興奮に、未生は夢中になった。

 ぬるぬると、互いの先端からこぼれ出るものが互いを濡らす。このまま射精したって構わない。でも――熱に浮かされたまま、未生は右手を尚人の尻の狭間に伸ばす。

 さすがに寝ている相手にこれはまずいだろうか。しかし、指先を難なく受け入れる媚肉の感触の前に、理性は消える。昨晩の名残なのか、そこはしっとりと湿ってむしろ未生の指を待ちわびていたかのようだ。

 一本、二本……性急に潜り込ませて、中を確かめると、ほとんどほぐす必要ないほど柔らかい内側がひくひくとうごめいた。

「……尚人、どんなエロい夢みてるんだよ」

 思わずそうつぶやく。

 尚人の夢の中の未生は一体どんな風に肌に触れ、どんな風にここに押し入ったのか。少なくとも眠ったままの尚人の体をこんなにもとろけさせる程度には――。

 嫉妬の熱に内側から焦がされて、未生はぐいと尚人の両膝を抱えて左右に開くと、自らの欲望を突き立てた。

「……っ」

「あ……、えっ?」

 正常位でぐっと腰を押し入れると顔と顔が近づく。と同時に、ぱっちりと尚人が目を開いた。

 眠そうな素振りは一瞬。想像だにしない状況に身を置いていることに気づき、驚いた声をあげる。ここで邪魔されてはたまらないとばかりに未生は噛みつくような口づけで、戸惑いの声を封じた。

「ん……ふ、ああ」

 目覚めた瞬間は緊張でこわばった尚人の体をとろけさせようと、舌を絡めながら内側の弱い場所を擦ってやる。

 思惑どおり、すぐに甘い声をこぼしはじめた恋人は、それでも唇が離れると納得いかないといった様子で声をあげる。

「な、何……未生くん、これ……っ」

 案の定、まるで朝っぱらから勝手に盛った未生が一方的に眠る尚人に無体を働いているかのような言いぶり。とんだ濡れ衣だ。

「何じゃない。誘ってきたのは尚人の方だろ」

「え? ……誘ってなんかないっ」

 驚いたようにかぶりを振る尚人の額に額をくっつけて、未生は笑った。

「尚人、どんな夢見てたんだ? 寝ながら勃起して、俺の腰にごりごりこすりつけて気持ちよさそうだったけど。やっぱ昨夜みたいな生ぬるいエッチじゃ物足りなかった?」

「嘘……」

 疑い100パーセントのつぶやきから、ぴったり三秒。何かを思い出したらしき尚人の顔は、火を吹くように赤くなった。