根本周辺が完全につるつるになる頃には、栄は完全に勃起していた。羽多野としてはそれが硬くなっている方が作業しやすい。左手でペニスと陰嚢を持ち上げると見えづらい場所に手をつける。
「あ……っ」
刃先が肌を滑るたびに面白いように体を震わせながら、栄は我慢ならないといった様子で吐息を漏らした。
「感じる?」
「違う……っ、それ、冷たいから……」
「ふうん」
本当に冷たさだけが理由なのか、それとも羽多野の想像どおりわずかな刺激のひとつひとつに感じているのか。ひくひくと掌の中で脈打つ陰嚢を軽く揉みしだくと引き締まった腰が揺らめいた。気をつけて見ていないとバランスを崩してしまうかもしれない。半歩分ほど体を前に進めると、意図を察したのか栄は両手を伸ばしてきた。羽多野の肩をぎゅっと掴んでくる、この姿勢ならばきっと倒れ込むようなことはないだろう。
締め切ったバスルームに響くのはシェーバーが動く音と、栄の濡れた息。あんなに嫌がっていたはずなのに気づけば先端はうっすら薄赤い内部を覗かせ、半透明の液体が茎にまとわりつくボディソープの泡を洗う。
「……っ、あ、はあ」
きゅっと目を閉じて喘ぐ姿はもはや羞恥を堪えているのか、それともただ快楽を追っているのかもわからない。
最初にこの体に触れてからは、そろそろ半年。無理やり四つん這いに組み敷いて、無理やりに性器をこすっていかせた夜は激怒され殴られた。これでもあの頃に比べればずっと素直になった。
「可愛いよ、谷口くん」
軽く脚を開かせて、陰嚢のさらに裏側もきれいにしてやりながら羽多野が呟くと、陰茎を伝ってきた滴がシェーバーを持つ手首にぽとりと落ちた。
責任を取る、という言葉に嘘はない――というのはつまり、ここを完璧に綺麗にしてやるという意味だ、羽多野はじっくりと時間をかけて栄の下半身を磨き上げた。立たせた姿勢では限界があるので、バスタブの縁に座らせて片膝を大きく持ち上げて、ほんの一本の剃り残しもないように。
一度はこうしてやりたいと思っていたが、まさかこんなに早くチャンスが訪れるとは思わなかった。すべての隠毛を取り去った栄の下腹部を改めて眺めると、そこはただただ淫猥だった。子どものようにつるんとした中に、立派に成長した大人の性器が反り返り蜜を垂らしている。
「……お、終わった?」
羽多野が動きを止めたことに気づいたのか、栄がうっすらと瞼をあげた。自分のそこがどうなっているかを直視する勇気はないのだろう、視線は中途半端な高さをさまよっている。
「終わった。きっと似合うだろうと思ってたけど、予想以上だな。それに君だって楽しんでいるみたいだし」
「なっ、何言って!」
「最後の方、泡を足す必要もなかったよ。谷口くんのここから溢れてくるので、十分ローション代わりになったから」
指先でぴんと亀頭を弾いてやると、栄はまたひとつ甘い息を吐いた。
それにしても、こうも反応するというのは予想外だ。栄にはMの気があることには薄々感づいていたが、もしかしたら羽多野が思っていた以上に辱められることへの感受性は高いのかもしれない。
「そ、それはあなたが触るから……」
「それだけでこんなに? セックスしてるときに負けないくらいガチガチになってるじゃないか」
栄はかつて仕事上のストレス――その原因の一部は紛れもなく羽多野にあったのだが――の影響でEDを患っていたのだという。男としての自負を人並み以上に持つ彼が男性機能の低下にどれほど悩んだかは想像に難くない。そして半年にわたる不能期間を経て彼が再び勃起したのは、恋人を他の男に寝取られたことを知った夜だった。
それ以降、栄はずっと自分が怒りを原動力にセックスをする人間であったことに傷つき、恐怖していたのだという。だが羽多野から見ればそんなもの攻撃性ではない。恋人を奪われ、他の男の手でその体を変えられてしまったショックや屈辱に性欲をかきたてられるだなんて、暴力性というよりはある種のマゾヒズムに近いように思えるのだ。
「ほら、前に言ったとおり。この方が長く見えるし、形や色がきれいなのもよくわかる。見てみろよ」
頬を両手で挟み込んで半ば無理やり視線を下に向けさせると、栄はアルコールで火照った顔をますます赤くした。
「羽多野さん、あなた最低です。どこまで品がないんですか」
腹立ち紛れに腹でも蹴ろうとしたのか、栄が振り上げた裸の足は目測を誤り羽多野の股間に触れる。言うまでもない、そこは痛いくらいに張り詰めていた。
「しかも、こんなことで勃つなんて、やっぱり変態……」
驚いたように離れようとする足首を捕まえて、羽多野は栄の足裏をぐいぐいと自分の勃起に押し付ける。服越しとはいえ恋人の足で愛撫していると思えばそれだけで興奮が増し、じわりと下着が濡れるのがわかった。
「確かに君の股間をつるつるに剃り上げるのに勃起するなんて、俺は変態かもしれないな。でも、ここを剃られて興奮するのも同じくらい変態だと思うけど」
――つまり、俺たちはお似合いってことだ。囁きながら栄の手を取りスウェットの中に導くと、戸惑いながらもその指が茎を握った。最初は直に触れることすら嫌がられたが、最近では手での愛撫には文句を言わなくなった。
ご機嫌を伺いながらでなければキスもセックスも許してくれない王子だが、ゆっくりとはいえ仕込めば仕込んだだけ成長するのだから育て甲斐はある。剃毛という偉業をやり遂げた今、次の目標は憎まれ口ばかり叩く口で奉仕させること――だが、まあそれは焦らずゆっくりと。
「……ん」
バスタブの縁に座った栄と、床に膝をついた羽多野。そのまま唇を合わせ、互いの性器をまさぐる。滑らかで敏感な皮膚をくすぐってからしとどに濡れた裏筋を辿り、くびれを経由して張り出した先端に。しかし緩急も重要だ。快感のあまり栄の手の動きが緩慢になると、お仕置きのように羽多野も愛撫を緩める。言葉を発する代わりに軽く舌を噛んで先を促してやると栄は再び羽多野のペニスを握る手を動かしはじめた。
体の中からは絡み合う唾液の音、外側からは先走りに濡れた性器を擦る音――隠微な音だけが羽多野と栄を満たし、包み込み、そして弾けるのは同時だった。
「あ、っ、ん……っ」
「――はぁっ」
手の中にどろりと濡れたものが広がり、それと同時に股間のあたりも生暖かい感触に包まれた。持久力には自信のある羽多野としては意外なくらい早い絶頂に、自分がこのシチュエーションにどれほど興奮していたかを改めて思い知る。微かな羞恥心を隠すように荒い息を整えながら濡れた掌を口元に寄せた。
青くさいにおいと、すっかり舌に馴染んだ栄の味。慣れたのかあきらめたのか、今では羽多野がそれを舐めても飲み込んでも栄は何も言わない。言わないはずなのだが――。
栄は突然羽多野の両肩を突き飛ばすと、冷たく言い放った。
「で、出て行ってください」
「え?」
最近では多少なりとも事後の甘い語らい的なものも許されるようになってきた。今の流れならば、もう少し抱き合ってキスして髪でも撫でて、それから一緒にシャワーを浴びてベッドに行くくらいのことは期待していた。しかし突如の豹変。栄は顔を赤くしたまま眉間に皺を寄せ、思い詰めた顔で羽多野を睨み付けていた。
「これで満足でしょう。後は自分で始末しますから、出て行ってください!」
羽多野が唖然と動きを止めたままでいると、急かすように今度は足で蹴り飛ばしてくる。あまりに急な展開に、あまりに余裕のない態度。これは一体どういうことかと思いを巡らせ、羽多野は気づく。つい今しがた射精したばかりなのに、栄のペニスはまだ勃起を維持している。腹にくっつきそうだった先ほどよりは萎えているものの、先端を上向けたそれが意味するのはつまり。
頭の中で、バスルームに来る前の二時間少々で栄が飲んだ酒の量を思い起こして、羽多野は正確な答えを導き出した。
「谷口くん、もしかして君、おしっこしたいの?」