Dance with Cherry(4)

 今回こそ、どうやら和志は本気であるらしい。スマートフォンの日付表示をにらみつけて、圭一はため息をついた。

 今日は火曜日。カフェの定休日。

 つまり、和志が「ちょっと頭冷やすよ」と言い残してこの部屋を出て行ったあの日からは丸一週間経ったことになるが、和志からはこの間電話の一本、一言のメッセージすらない。

 出会って二十年近い年月の中で、どれだけ圭一が理不尽なことを言ったとしても、いつだって折れるのは和志だった。そっと携帯電話の着信拒否を解除すれば、数日どころか数時間も待たずに声を弾ませた和志から電話がかかってきて、圭一が嫌々ながらのポーズで「許してやる」のがいつものことだった。

 予定のない休日。二度寝でもしてやろうと再び布団をかぶり、寝返りを打とうとしたところで圭一は小さく舌打ちをする。固く勃ち上がった下半身が邪魔だ。数日前から飲みはじめた亜鉛やマカが効いているのか、それともただの気の持ちようなのかはわからないが、起き抜けのそこは以前より元気が良いようにも思える。

 仕事に行くわけでも予定があるわけでもない。圭一はそこに手を伸ばすが、少し考えてから引っ込める。今自分で慰めれば、きっと頭の中には和志の顔や手や声が浮かんでくるだろう。シモの事情がきっかけで喧嘩をしている相手の顔を思い浮かべて性器を握るなんて、馬鹿馬鹿しさを通り越えて惨めですらある。

 しばらくぼんやりスマートフォンのパズルゲームをやっていると、朝勃ちはおさまった。しかし圭一の心の曇りは晴れないままだ。

 和志との喧嘩なんて慣れているはずなのに。少し前までの自分ならば、「オレはあいつのことなんて興味ない。連絡してこないならせいせいする」と言い切って、内心の動揺から目を背けて少なくとも表面上は平静を装えていたはずなのに。

 圭一が出会い系サイトのサクラをはじめたことに起因する一連の出来事は、いろいろなことを変えた。圭一と家族の関わり、仕事や人生、自分の弱さとの向き合い方。そして、間違いなく和志との関係も変わった。和志はその変化を喜ばしいものとして受けとめ前に進もうとし、圭一はこれ以上踏み出すことをまだ戸惑い怖れている、そのギャップこそが二人の間にこれまでにないきしみを生んだ。

「あーあ、こういうとき『ほのか』のアカウントがあればな」

 すでに消し去ったアカウントのことを今になって懐かしむなんて、愚かなことだ。でも正直そんなことを考えてしまう。子どもの頃からの関係性を変えるのが怖くて、未知の方法で体をつなぐことも怖くて、それであんな態度をとってしまったことを素直に和志に告げるのは勇気がいることだ。誰か別の人間になりきればもっと素直に気持ちを伝えることができるし、和志の言葉に耳を傾けることもできる。

 でも、本当はわかっている。

 圭一は、圭一として和志に向き合わなければいけない。曖昧な言葉や態度でごまかさずに、きちんと。

 自分の狡さはわかっている。子どもの頃から圭一は、自分がどんなひどい態度を取ろうと和志が決して離れてはいかないのだということを知っていた。その感情が恋愛感情だとまでは思わなかったものの、和志がとことん圭一に甘いことを知っていたから、暴言を吐いてもひどい態度を取っても、容赦なく着信拒否した。すべては「最終的に和志が折れる」とわかっていたから、対等でない関係を理解した上で和志の愛情にあぐらをかいた。そして和志は長い間、そんな茶番に律儀に付き合ってくれたのだ。

 恋愛はめんどくさい。セックスもめんどくさい。でも今、圭一はそれ以上に和志と会えないこと、和志の声を聞けないことを寂しく物足りなく感じている。

 その日の午後、圭一は和志の家に向かった。電話やメッセンジャーではなく、会って話をしようと思った。しかし、いざたどり着いた澤家はしんと静まりかえり、数度チャイムを押しても反応はない。和志はもしかしたら大学にいるのかもしれないし、和志の両親は仕事に出かけているはずだ。だが祖父母すら留守というのは完全な予想外で、腹をくくってここまで来ただけに、完全な拍子抜けだった。

「……せっかく来てやったのに」

 小さく呟いて、門柱を軽く蹴る。

 仕方がないから隣にある自分の実家で暇を潰して、和志の帰宅を待って出直そうと思うが、実家のドアの前に立ったところで鍵がないことに気づいた。以前父親と喧嘩をしたときに、アパートの鍵をつけたキーホルダーから外して、仲直りした後も面倒でそのままにしていたのだ。よりによってこんな日に限って置いてきてしまうなんて、いくら気が焦っていたとはいえ迂闊だった。

 澤家は空っぽで、実家にも入れない。完全に意気消沈した圭一の思考はどんどんマイナスにふれる。これはもしかしたら「今日は和志と話をすべきではない」という神のお告げなのかもしれない。いや、きっとそうであるに違いない。やっぱりアパートに帰ろう。そう決めつけ、実家の門を出ようとしたそのときだった。

「……和志」

 偶然、路上で和志と出くわした。

 シャツにチノパンにリュックサック。大学帰りなのか、一見いつもと変わらない様子の和志は、しかし圭一の姿を認めると一瞬目を泳がせた。普段だったら飼い主を見つけた大型犬よろしく見えないしっぽを振って飛びついてくるのに、むしろ困惑したような表情をして、それからとってつけたように笑った。

「あれ、圭ちゃん、帰ってたんだ?」

 取り澄ました作り笑いを目にして、急に怒りが湧き上がる。

「おい、何が『あれ?』だ。何ヘラヘラ笑ってんだよ」

 圭一は自分でもコントロールし難い衝動のままに、ずいと和志に向けて身を乗り出した。

 こっちは一週間もうじうじ悩んで、自分の恋愛適性の低さを認め、和志に少しでも歩み寄る助けになるのではないかと亜鉛やらマカやら買い込んで毎日必死に飲んでいる。なのに勇気を振り絞って会いにきてみたら、この態度。

「っていうか、なんでいないんだよ。火曜午後は大学ないって言ってただろ。チャイムいくら押しても、てめえもいないし、じいちゃんばあちゃんも出てこないし、どうなってんだ」

「いや、あの、午後空けてるって言っても研究室に行けばやることあるし、じいちゃんとばあちゃんは今日は老人会の旅行で……」

「ぐだぐだ言い訳はいいんだよ!」

 低い声で圭一がすごむと、和志は一歩後ずさりし、周囲を気にするようにキョロキョロと左右を見回した。そして、圭一の腕を引き耳にさりげない動きで唇を寄せると、言った。

「大声出したら近所迷惑になるから、とりあえず入ろう」

 思いがけない近さからの囁き――、一週間ぶりに聞く和志の声に背筋が震えて、圭一は自分がこの間どれだけ和志に会いたかったのかを思い知った。

 和志は黙ったまま圭一を家まで引っ張って行き、玄関の鍵を開けると家の中に招き入れた。その間ずっと無言で、笑顔も見せない。圭一の怒りは段々と不安へと変わっていく。

 もしかしたら頭を冷やして考え直した結果、和志は圭一への気持ちを失ってしまったのではないだろうか。そんな想像が頭をもたげるに従って足が重くなり、なんとか靴は脱いだものの二階へ向かう階段の途中でそれ以上進めなくなってしまう。

「圭ちゃん?」

 先に階段を上りきった和志が、圭一の異変に気付いて振り返る。圭一は不安で膝が震えていることを気づかれたくなくて、必死に体に力を入れる。

「……帰る」

 小さな声で告げた。

「別に、家に来たついでにちょっと寄っただけで、なんでもない。用事思い出したから帰る」

 くるりと和志に背を向け階段を降りようとするが脚が震えているので動きがぎこちなくなる。もしかしたら声だって震えていたかもしれない。動揺に勘付かれたくなくて圭一は必死だが、いくら鈍い和志だってこの状況にはさすがに不審を抱く。

「どうしたの、圭ちゃん? なんか変だよ」

 和志が心配そうな顔で階段を数段駆け下りる。その腕に捕まらないよう圭一は身を翻して――。

「危ない、圭ちゃん」

 体が傾いだと思ったと同時に一瞬だけ引き上げられるような感覚。しかし、結局重力に逆らうことはできず、圭一と、圭一を引き止めようとした和志は、もつれ合いながら大きな音を立てて階段から踊り場まで転げ落ちた。

「痛て……」

 幸い民家の階段なので大した高さはなかった。頭も打たずにすんだから、大きな怪我はないだろう。だが、転がり落ちる過程で背中やら脚やらを盛大に階段の角に打ち付けた痛みは大きい。それに、痛みだけではなく。

「圭ちゃんっ、大丈夫?」

 圭一の上にかぶさるようにして一緒に落ちた和志が、がばっと顔を上げて心配そうに顔を覗きこんでくる。さっきの取り澄ました顔ではなく、圭一のよく知っている和志の顔。いつも通りの子供っぽいほどに感情だだ漏れの、和志。

「大丈夫じゃねえよ。重いからどけ」

「あ、ごめん!」

 和志が慌てて体をどかす。

「いいよ、バランス崩したオレが悪いんだし」

 正直、和志が一緒に落ちて来たせいで、その重みまでも受け止めた圭一の痛みは倍になった。でも今はそれを責める気にはなれない。たとえ結果的に圭一のダメージが大きくなったとしても、和志が手を伸ばして、一緒に落ちてくれたことが嬉しかった。

「でも、怪我とか……どうしよう、119番かけた方がいい?」

 圭一は慌てて上半身を起こし、ポケットから取り出したスマートフォンで今にも救急車を呼びそうな和志の鼻をぎゅっとつまむ。

「ばか、ちょっと階段の角で打っただけだよ。せいぜい打ち身ってとこ」

「でも挫滅症候群っていうのがあって。災害で瓦礫の下敷きになった人が、そのときは平気そうに見えても後で急変して……」

 ええい、面倒くさい。

 真っ青な顔でオロオロとよくわからないことを口走る和志を黙らせるのと、頭の中身を一旦リセットするのを同時にやってのける方法を、圭一は知っている。

「……っ」

 突然圭一から噛みつくように口付けられた和志は、電源を抜かれた機械のように一瞬でおとなしくなった。正面からぎゅっと押し付けるだけの、色気もくそもないキス。それでもこれまでのどんなキスより、もちろんファーストキスよりも、圭一にとっては大きな意味を持つものだった。

和志は、息苦しくなった圭一が口を離すまで人形のように硬直したままでいた。

 いや、圭一が口を離してもまだ、冷たい床板の上で放心しているようだった。

「嘘だよ。なんでもないなんて、嘘。おまえに会いたくて、話がしたくて来たんだ」

 その声に、和志がピクリと動いた。ゆっくりと目の焦点を圭一に合わせ、持ち上げた手で圭一の手を握る。圭一もぎゅっと力を込めてその手を握り返す。和志はじっと圭一を見つめ、何か言いたいことがあるのか池の鯉のように口をパクパクさせるが、声が出てこない。

 あんなにセックス、セックスと騒いでおきながら、圭一側からのキスひとつでこんなにも動揺してしまうなんて、やっぱり和志は童貞だ。そして、圭一は、そんな等身大の和志のことを妙に可愛らしく、愛おしく感じた。

「なあ、オレから仲直り言い出すなんか、貴重だろ」

「……」

「なんだよ、まだ拗ねてるのか? 和志のくせに何様だよ」

 再び鼻先をつまんでやると、ようやく和志の表情がじわじわとほどけていく。そして最初に口を飛び出したのはまるで拗ねた子どものような恨み言だった。

「だって圭ちゃん、ひどいこと言うし。俺のことなんか好きじゃないんだって」

「うーん、まあそれはオレも悪かったけどさ」

 顔を見て謝るのが恥ずかしいので、圭一は向かい合った和志の肩に額をこつんとぶつけて表情を隠す。

「あれは売り言葉に買い言葉っていうか。だってさ、十五年以上もただの腐れ縁だったんだぜ」

「ただの腐れ縁って……」

「いや、じゃあ幼馴染」

 しまった、このままだと元の木阿弥だ。そう思い慌てて言葉を選び直した。

「でさ、確かにおまえはオレのことが、す……好き? で、ずっと色々思って、やりたいとかそういうのもあったのかもしれないけど、オレがそんな話聞いたのつい最近だし、おまえのことそういう風に考えたことなかったし。だからさ、もうちょっと待ってよ。オレの気持ちがおまえのとこまで追いつくの」

 恥ずかしいから顔は上げないまま一気にそう告げると、大きな温かい感触が圭一の後ろ頭を覆う。和志の手がゆっくりと圭一を撫でているのだ。それはうっとりするほど気持ちいい。

 しばらく何やら思案していた和志は、それからゆっくりと口を開いた。

「追いつくの?」

「……多分」

「圭ちゃん、俺のこと好き?」

「……まあ、多分」

 正直圭一は、いつか自分が和志に「好き」という気持ちを伝えてやったら、その瞬間に和志は千切れんばかりに尻尾を振って、目を輝かせて「本当! 俺も圭ちゃん大好き!」とはしゃぎ回るのだろうと想像していた。

でも、現実の和志はただ黙って圭一を抱きしめた。圭一が和志の表情を見ることを拒むかのようにぎゅっと頭ごと抱え込んで、強く強く抱きしめてくる体が小刻みに震えていることに気づいて、圭一は――和志はもしかして、泣いているのかもしれないと思った。

 圭一は手を伸ばし、和志の頭をなだめるようにぽんぽんと叩く。和志が今泣いているとしても、情けないともみっともないとも思わない。ただ、嬉しかった。

 和志が落ち着いてから、改めて二階へ上がる。

 部屋のドアを開けた瞬間、和志は「あ!」と素っ頓狂な声をあげた。

「どうした?」

 せっかくのロマンチックな雰囲気のままに、なんならこのまま和志のベッドで――くらいの気持ちになりかかっていた圭一に完全に冷水を浴びせる勢いで、一度部屋に足を踏み入れた圭一を外に押し出そうとする。

「あ、ちょっと待って。散らかってるから五分、いや三分。圭ちゃんは出てて」

 これは、怪しい。まさか浮気相手を部屋に隠しているわけでもないだろうが、それにしても見せまいとされればむしろ気になるのが人間心理な訳で。

「なんだよ、オレとおまえの仲だろ。今さら散らかってるくらいで……」

 嫌がる和志を押しのけてぐいぐいと部屋に乗り込んで、ベッドの上に散らかるものを観て、今度は圭一が硬直した。

 ベッドの上には、明らかに性行為に使うためのローションと、まだ封の開いていないコンドームが散らばっている。その横には現物を見るのははじめてだが、後学のため「男同士のセックス」で検索をしてみたときに出てきたものとよく似たT字形をしたシリコン製の器具。確か「アナルプラグ」とかいうやつだ。

「……おい、これ」

 一週間もこんなもの集めて次の機会に備えてたのか、このエロ童貞――という言葉が喉まで出かかったところで、和志があわあわとそれらを紙袋に投げ込みながら口を開く。

「だって、圭ちゃんが後ろでやるの嫌みたいだったからさ」

「……は?」

「俺、物心ついてから圭ちゃん一筋で、絶対に最初の相手は圭ちゃんって決めてたから。圭ちゃんが下になるの嫌なら俺が受け入れるしかないだろ。でも俺が不器用なのか一番細いのもなかなか入んないし。なんの解決策も示せないままじゃ圭ちゃんに会いにもいけないし」

 和志の言葉を理解するのにしばらく時間がかかった。

 要するに和志は、ある程度は圭一のセックスに関する不安を理解していた。そして、「圭一がどうしても入れられるのに抵抗があるならば、逆になればいい」と思いつめて、これらの道具を買い集めて自分の尻を開発しようとしていたと――。

「和志、もしかして一週間連絡もよこさなかった理由って」

 圭一が訊くと、和志は顔を赤くして小さくうなずいた。そして、当然ながら圭一は吹き出した。一旦笑いはじめると止まらず、ベッドに倒れ込んで、転がりながら、息が苦しくなるほど笑い転げた。

「ひ、ひどい、圭ちゃん。俺は真面目に圭ちゃんとの関係を考えて努力してたのに、笑うなんて」

「いや、わ、悪い。馬鹿にしてるんじゃなくて、はは」

「馬鹿にしてるだろ、どう見ても」

 和志はそう言うが、圭一は必死に笑いながら首を振って否定する。なんというか、ホッとしたのだ。どうやったら和志の旺盛な性欲に応えたくなるかと思い悩んで精力増強サプリを買った自分と、圭一に尻を差し出す覚悟を決めてその準備をしていた和志。二人とも同じように悩んで、くだらないと思いながらもなんとか和解できる方法を探して、一週間もがいていたのだ。

 自分たちは、案外お似合いなのかもしれない。

 圭一は思う存分笑い転げてから、ベッドに腰掛けて不満げな視線を投げかけてきている和志を抱き寄せた。

「なあ、和志。オレもよくわかんないけど、こういうのって一緒に手探りでやってけばいいんじゃない? 焦ったり、ブレーキかけたりしながら、ふたりで少しずつさ」

 額がくっつきそうな距離で、圭一が真顔でそう告げると和志も真剣な表情になる。

「ふたりで?」

「おまえがその、オレを良くしたいとかさ、逆にオレが無理そうなら入れられる方でもいいとかさ、色々考えてくれてるのは嬉しいけど、こういうのってどっちか一方が頑張ったり考えたりする話じゃないと思うんだ。オレだって……まあ、和志が気持ちよさそうな顔してたら、興奮するし……その、おまえがしたいなら、受け入れてもいいかなって気持ちもあるし……まあそんなすぐ上手くいくかわかんないけど」

 手を伸ばして和志の髪をくと、ふわりと甘い香り。あのシャンプーの香り。胸がどきりとざわめき、同時に腰のあたりに緩やかに血液が集まりはじめる感覚。

「圭ちゃん……ありがと」

 和志が笑った。子どもっぽいけど、もう子どもではない青年の顔に見えるのは、圭一の心の持ちようが変わったからだろうか。その笑顔にさらに体の内側のざわめきが大きくなる。あれ、なんだ、なんかおかしい。圭一は落ち着かない気持ちでもぞもぞと体を動かし、少し和志から距離を取ろうとする。しかし和志は圭一の異変に気づかず、腕を伸ばすとぎゅっと圭一を抱きしめる。

「圭ちゃん、圭ちゃんの髪いい匂いがする」

 和志は和志で、圭一のシトラスの香りのシャンプーにドキドキしていたりするのだろうか。そんなことを気にしはじめるとどうにもたまらなくて、和志の髪の香り、近い場所から響いてくる声や吐息、密着した体温、何もかもが圭一を熱くする。

 いや、やばい。これは、まずい。そこに血液が集まりはじめていることを気づかれないうちに、と引きかけた腰をぐっと抱き寄せられた。

 目の前には満面の笑顔を浮かべた和志。

「受け入れてくれる気持ちになってくれて嬉しいよ、圭ちゃん。圭ちゃんの『ここ』もその気になってるみたいだし、さっそく『一緒に手探りで』できるとこまでやってみようか」

 怪しげなおもちゃ一式は紙袋に片付けたはずだったのに、いつの間にやら和志の手にはシリコンの小さなプラグとローションのボトルがある。

 しまった、早まって余計なことを言い過ぎたか。そんなことを思いながらも、圭一は圭一で体の熱をコントロールできなくなりつつあった。

 ――ふたりで少しずつ、なんて言いながら、意外とここから先はそんなに時間がかからないのかもしれない。

 

(終)
2018.05.06-06.09