20. 契りの儀式

 アイクはリュシカに支えられて、陽の落ちた広場の真ん中に立った。

 すでに興味本位で集った人々が周囲を取り囲んでいて、遠慮のかけらもなしに二人の全身をじろじろと眺め回してくる。観衆には男が多いが、ところどころに女の姿もあった。もちろん昨晩リュシカを襲おうとしたカイとその仲間たちも最前列の一角を陣取っている。

 触れてみて、リュシカの指先が冷たいことに気づいた。少年らしく体温の高い彼の手がこんなにも冷え切っているのは、ひどく緊張しているからなのだろう。アイクは腕の中にある細い肩をぎゅっと抱き寄せた。

「この者たちは傷が癒えるまでの間、客人としてここに滞在する。しかし自ら集落の掟に従うと申し出たため、今、契りの儀式を行うことになった」

 形式的には儀式を執り行うのは長の家の仕事であるようだ。スイが口上を述べると集まった数十人の人々は歓声をあげたり指笛を吹いたりして、戸惑う二人を囃し立てた。

「……では、私は行く。後は何をすればいいかはわかるな」

 スイは二人に革の袋を差し出した。

「酒だ。少し飲んだほうがいいだろう。特におまえ、顔が蒼白だ」

 そう言われ小さくうなずくリュシカを横目で気にしながらアイクは袋を受け取った。スイはそのまま広場に背を向けて去って行く。彼だって本音としては客人にこんな儀式をさせたいわけではないのだ。できるだけ目を背けていたいという気持ちは理解できる。

 黙ってスイを見送るアイクとリュシカに、観衆からさっさとしろと声が飛ぶ。契りの儀式とは普段はもう少しくらいは神聖なものなのだろうか。 自分たちがよそ者だから、こんな下卑た視線と声を投げかけられるのだろうか。ともかく、約束してしまった以上は儀式を最後までやり遂げる以外に解放される方法はない。

「悪いがリュシカ、おまえにも協力してもらわないと」

 アイクはリュシカにそう声をかけ、手を借りて黒い布の上に座った。左の下肢が自由にならない以上、アイクの動きや取ることのできる姿勢には限界がある。

 スイが指摘したとおり緊張したリュシカは唇まで蒼白で、このままではとても抱き合えるような状態ではない。アイクは微かに震える少年をあぐらをかいた脚の上に抱き寄せると、まずは先ほどスイから受け取った革袋の中身を自分が口にした。すぐに酔いが回るよう配慮して強い酒を選んでくれたのだろう、飲み下すと胃のあたりまで一気に熱くなる。そのまま二口目を口にするとアイクはリュシカを抱き寄せて口移しで酒を飲ませた。

「んっ……」

 突然の口付けに一瞬驚いた様子はあったが、リュシカは素直に受け入れた。白く細い喉が液体を飲み干す動きを見届けてから同じ動きを何度か繰り返し、空になった袋を投げ捨てる頃には冷たかったリュシカの指先にほんのりと熱が灯りはじめていた。

 甘い舌をねぶり、体の強張りが解けるのを待って唇を離す。蒼白だった小さな唇が、いつも体に触れてやるときのような薔薇色に染まっているのを見ると、安堵からかアイクの緊張も多少和らいだ。

「おい、さっさとしろ。いつまでも口を吸っているだけじゃ、儀式は終わらんぞ!」

「脱がせろ。そのガキのあそこがどうなっているのか見せてくれ」

 アイクの目には、ニヤニヤと笑みを浮かべる野次馬たちの顔が見える。

 抱きしめられているリュシカの目にはアイクの厚い胸板しか目に入らないはずだが、囃し立てる下品な声はどうしたって聞こえてくるのが気になった。

 できるだけ余計な言葉が耳に入らないようアイクはリュシカの耳を塞ぎ、再び深く口付ける。もう少し酒が回れば余計なことは気にならなくなるだろうが、それまではどうにかして気をそらしてやらなければ。

 リュシカは周囲の現実から目を背けようとしているかのようにいつも以上に夢中になってアイクにしがみついてくる。自分から小さな舌を一生懸命絡め、唇を吸い、やがて細い腰を揺らしはじめた。

「リュシカ……」

 名前を呼び、リュシカの腰紐を解く。どうせ脱がなければいけないことはわかっていたので、今日は長めの上衣しか身につけていない。はらりと前の合わせ目がはだけると、白い胸元が目に入った。

 昨晩伝えられた言葉。リュシカもアイクに愛情と独占欲を抱いているという告白のことを思い出し、アイクの中に湧き上がる熱は腕の中で甘い吐息をこぼしはじめている体に向けられる。羞恥や抵抗が薄らぎはじめているのは、アイクにも酔いが回りはじめているからなのかもしれない。

「背中だけじゃ、何も見えないぞ!」

「やっぱり、嘘なんじゃないか。あんな美しい少年と、あんな不恰好な大男が愛し合っているなんて、おかしいじゃないか。背中を向けてごまかす気だ」

 そんな罵声が耳を刺し、アイクは反射的にリュシカの肩にかかったままの衣をすべて剥ぎ取った。怒り――いや、独占欲だ。愛する人が自分だけのもので、他の誰にも手出しをさせないことを知らしめるのが契りの儀式の目的であるならば、そのとおり、リュシカがアイクのものであることを見せつけてやらなければ。

 松明に照らし出された真っ白い背中と臀部に、人々がどよめいた。

 アイクはリュシカの耳たぶを軽く噛み、空いた手で小さな乳首をくすぐりながら囁く。

「おまえの背中が美しいから、驚いているんだ。もっと見せてやるか?」

「えっ……?」

 戸惑う声を気にせず軽い体を持ち上げると、くるりと裏返す。突然、広場に集まった人々の視線と正面から向き合うことになったリュシカは慌てたように膝を閉じた。その恥じらいが可愛らしくて愛おしくて、下半身の真ん中でまだ縮こまっているものにアイクは右手を伸ばし、やわやわと揉みはじめた。もちろん空いている左手では引き続き、勃ち上がりはじめた赤い実のような乳首をこりこりと刺激し、唇は赤く染まりはじめる首筋をくすぐる。

「アイク……あっ、あ……や……恥ずかしい」

「だったら目を閉じて、俺の声だけを聞け」

 その言葉に小さくうなずいたリュシカはぎゅっと目を閉じる。その目尻にうっすらと浮かぶ涙は恥辱のせいなのか高まりつつある快感のせいなのかはわからない。アイクは首筋から離した唇をリュシカの目尻に持っていき、うっすらと塩の味のする温かい液体を吸った。

「んっ、ん……あっ、ああ」

 アイクの無骨な手の中でほどけていく、あどけなくも美しい少年に人々が目を奪われている。誰も触れることのできない宝石を見せびらかしているような、倒錯した感情がアイクの理性を溶かしていく。熱っぽく、汗で湿り、快楽で力の抜けた白くしなやかな体を思うように蹂躙しているところを、もっと見せつけてやりたい。

「すごいぞ、胸の先が真っ赤に染まって、熟れて落ちそうじゃないか」

「腿の隙間から、淫らな液が滴りはじめている」

 実際、膝を閉じたその内側で、アイクの固い手のひらでこすられ、指先で先端をくすぐられ、リュシカの性器はとろとろと透明な液体をこぼし濡れそぼっていた。

 アイクは衝動を抑えきれず、リュシカの小さな左右の膝頭に一つずつ手のひらを添えると、一気にそれを割り開いた。

「あっ……!」

 何が起きたのか気づいたリュシカが小さな悲鳴を上げ、思わず両目を開く。

 たくさんの欲望をたたえた野次馬の視線が、自分自身の健気に勃ち上がった性器や、その周囲に薄く生えた淡い金色の陰毛や、さらに下の方でそっと震えている窄まりに注がれていることに気づいたのだろう。リュシカはぎゅっとアイクの手を握り、しかし震える膝を閉じることなく堪えた。

 そして――その色や形について驚いたように言葉を交わす人々の声を耳にして、リュシカの性器はさらに角度をきつくし、新しい露をこぼした。

「見られて興奮したのか?」

「違う……っ、や、君が触るからっ……ああ」

 歓びと嫉妬の入り混じった、完全に倒錯した感情のままにアイクが耳元でささやきかけると、リュシカは必死に首を振り、しかしその側からアイクの指をどんどん濡らし腰をもぞもぞと揺らす。我慢のきかない若い体が愛おしくて、くびれた部分を少しくすぐってやると、リュシカは小さな悲鳴を上げて、人々の視線の中で白濁を吹き上げた。

「あ……っ。はあ……」

 びくびくと体を震わせる姿が愛らしくて、アイクはリュシカを後ろから抱きしめ、口付けた。酒で頭がどうにかしているのか、こんな状況なのにひどくいい気分だった。

 だが、野次馬の声がそれで終わりではないことを知らせてくる。

「おいっ。まだ終わりじゃないだろうが。大男のでかブツが、その小さい尻に入るところまで見せてもらわなきゃ契りの儀式は終わらないぜ」

 ぎくりとアイクの体はすくむ。

 契りというからには当然そこまで求められるのだろうとは思っていた。セスが渡してきた薬草入りの油も、その行為を想定したものだった。覚悟は決めたはずで、それでもアイクは恐ろしかった。再び自分が我を忘れた獣になって、リュシカをひどく傷つけてしまうのではないか。だから、できることならばそこまでは――。

 どう反応すべきかわからずぎゅっと拳を握る。しかし、その手を包み込んできたのはリュシカの手のひらだった。まだ頰を赤くし、荒い息を吐く少年はアイクを見上げ笑った。

「僕は大丈夫だから。心配ならこれを使って」

「でも、リュシカ……」

 セスにもらった瓶を差し出され、受け取ったもののまごまごとしているアイクの股間にリュシカは手を伸ばす。さっきからリュシカの体を触り、その痴態を間近に見て、もちろんそれは固く猛っている。リュシカを怯えさせる程の大きさと凶暴性を持って。だが、リュシカはそっとそこを撫でると、アイクの耳元で囁いた。

「ずっと僕が、これを欲しがっていたって言っても?」

 その言葉に、頭の中で何かが焼き切れた。