僕と機械仕掛けと思い出(6)

 一度は口論になったものの、僕の進学問題についてサーシャは距離を置くことに決めたらしい。

「契約どおりにあなたのお世話をするのが私の務めですから、進学について口を挟むことはやめておきましょう。アキが嫌がるならその話はしません。サー・ラザフォードやベネット氏とよく話し合ってください」

 翌朝さらりとそう言って、おしまい。

 口出しされればうっとうしいけれど、興味がないと言われれば面白くはない。僕がもし全寮制の学校に進学することになったら、少なくとも週のうち五日間はサーシャと離れて暮らすことになる。寂しいとは思わないのだろうか。

 

「アキが寮のある学校に入るなら、サーシャはレンタル会社に返すことになるんじゃないの?」

「えっ!?」

 前の日にあった出来事について休み時間に話していた僕は、ベンの言葉に思わず飛び上がった。

「な、何言ってるんだよ。返すなんて、そんなことあるわけないだろ。だってサーシャは、僕が大人になるまでお世話をする契約になってるんだから」

 どきどきする心臓をできるだけ気にしないように、平気を装って言い返す。ベンの発想があまりに突飛だから驚いたけれど、彼はサーシャのレンタル契約がどうなっているか知らないから適当なことを言っているだけだ。

 だって、パブリックスクールの寮にいる子どもは、週末には家に帰ることができると聞いている。そりゃあ、すごく遠くから来ているなら毎週は帰れないかもしれない。でも僕の家はパンフレットに載っていた住所からバスや電車を乗り継いで一時間そこらだ。毎週末を家で過ごすなら、そのあいだサーシャは僕の世話をしなければならない。それに、僕の留守中にはあの家をきれいに整えておくという大切な仕事がある。

 でも、ベンは僕の言い分に納得がいかないようだ。

「アキは今も毎週末、おじいさんのところに言っているじゃないか」

「それは、でも、寮に入ったら……」

 寮に入ったら、どうするんだろう。週末をずっとサーシャと過ごすならば、おじいさんと会えなくなる。だったら土曜日はサーシャで日曜日はおじいさん、それとも一週間おき?

「ほとんど誰も住んでいない家のためだけにお世話ロボットを借っぱなしなんて聞いたことないよ。うちだって、妹と弟が小学校に入ったらアニーの契約を止めようかってパパとママが相談してる。レンタル代、けっこう高いんだってさ」

 悪気なしにたたみかけてくる言葉がぐさぐさと僕の心に刺さった。

 ベンの家にもずっと前からお世話ロボットがいる。サーシャのような男性型ではなく、ブルネットに青い目をした、やや年配の女性の姿をしたアニー。今は主に妹や弟のお世話をしているらしいけど、ナーサリーの頃はよくベンのお迎えに来ていたから僕も彼女のことはよく知っている。そのアニーを返却してしまうだなんて。

「そ、そんな……。ベンは寂しくないの?」

「そりゃ寂しいさ、アニーは俺が赤ちゃんのときからずっと家にいたし。でも、仕事がなくなるんだから仕方ないよ。アニーはお手伝いロボットで、お婆さんでもお母さんでもないんだから、ナーサリーを卒業したら先生に会えなくなるのと同じだ」

 確かに寂しそうではあるけれど、ベンの表情も口ぶりもさばさばしている。アニーを返却することよりも、僕にとってはベンの態度の方がショックだった。

 そういえばベネットさんは、パブリックスクールの話を嫌がる僕に、呆れた顔で「いいかげん〈親離れ〉しないと」と言った。いつもの嫌味だと気にしていなかったけれど、十一歳というのはもしかしたら本当にそういう年齢なんだろうか。ずっと一緒にいた相手と離ればなれになることを、あっさり受け入れてしまえるくらいの――。

「それに、アニーだってずっとベンの家にいたのに……寂しがるよ」

 小さな声で言い返す僕に、ベンはあいまいに首を振る。

「アニーはロボットだから、俺たちとは違うんだってさ。もちろん一緒にいる間は僕たちを好きで、一生懸命お世話してくれるけど、それはそうするようプログラムされているからで、レンタル期間が終わったらうちにいたあいだのことはリセットされるんだって。ほら、前にアニーが全部忘れちゃったときみたいに」

 何年か前に定期点検時の事故でアニーのメモリーがすべて消えてしまったことがあった。運悪くバックアップデータまで破損していて、結局アニーはそれまでに覚えたベンたち一家の情報をすべて覚え直す羽目になった。ちょうど同じ時期にサーシャを初めての定期点検に預けていた僕は、彼にもアニーのようなトラブルが起きたらどうしようと不安になったことを覚えている。

 リセットとはつまり――契約が終わったロボットの記憶を消してしまうこと。

「全部……忘れる」

 ぽかんと口を開けてそれ以上何も言えなくなってしまった僕に、ベンは「しまった、言いすぎた」と言わんばかりに困った顔をした。そしてとりつくろうように肩を叩いてきた。

「で、でもさ、うちはお父さんとお母さんも、きょうだいもいるから! ずっとサーシャと二人きりで暮らしてるアキがうんと寂しいのはわかるよ。それに、アキのおじいさんはすごくお金持ちなんだろう? だったらサーシャの契約をやめるなんて言わないかもしれないから、あんまり気にするなって!」

 それからわざとらしいほど明るい表情で、話を変える。

「そんなことより、今日学校終わったらうちに来ない? 来月シルビアの誕生日なんだ。プレゼントあげたいから、作戦会議に付き合えよ!」

 うん、とうなずきながら僕の心にはまた新しい不安がどんよりと立ちこめた。