僕と機械仕掛けと思い出(7)

「ねえ、今日はベンの家に遊びに行っていい?」

 学校が終わって迎えにきたサーシャにたずねると、少し戸惑うような間を置いてからうなずいた。

「構いませんが……早く言ってくれれば、ちゃんと手土産を準備したのに」

「だって、急に誘われたんだ」

 うまくサーシャの顔を見ることができないのは、ベンが突然言い出した「アキが全寮制の学校に進学することになった場合、育児支援ロボットの契約が必要なくなるのではないか」という話が気になっているからだ。

 おじいさんやベネットさんはまさかそんなこと考えていないだろうけど――いや、最初の頃はベネットさんはサーシャを返却したがっていた。今では二人の中は悪くなさそうだけど、気は抜けない。

「サーシャ……」

 何か聞いてる? と本当は質問したいのに、喉がつっかえたみたいに言葉が出てこなかった。

「なあ、アキ。うちに来る話、大丈夫?」

 いつまでもサーシャと話している僕にしびれを切らしたように、ベンがこちらへ呼びかける。それに気づいたサーシャは、軽く僕の肩を押した。

「さあ、いってらっしゃい。私は郵便局に行ってから家に帰ります。夕方になったら迎えに行きますから、ベンの家で電話を借りてください」

「はあい」

 なんとなくサーシャから離れることに不安を感じながらも、僕はベンの方向へ歩き出した。ベンの後ろの方に立っている彼のお母さんが、僕の背後にいるサーシャに向かって軽く手を振った。

「アキヒコくん、しばらくサーシャとお話ししていたけど、もしかして他に予定があったんじゃないの? 無理してベンに合わせていない?」

 並んで歩きはじめると、ベンのお母さんが心配そうに言う。

「え? いや、そんなことないです。ただサーシャは、早くわかってたらお菓子でも準備したのにって」

「あら、ベンがお誘いしたんだからそんなこと気にする必要ないのに。サーシャったら本当にそういうところまめよね」

 同じようなことを以前ベネットさんが言っていたことをふと思い出す。サーシャは人間以上に細やかな気遣いをし、まめまめしく働くのだと。皮肉屋の彼はもちろんその後に「いや、ロボットだからこそ、手を抜くことを知らずきっちりしているのかもしれないけどな」と付け加えたのだけれど。

 ベンの家は僕の家から歩いて十分も離れていない。学校から帰るときは途中まで同じ道で、大きな交差点のところで反対方向に曲がる。そういえば、昨日サーシャと口喧嘩した後で頭を冷やすために訪れた公園の横を通るんだった。僕はふと、昨日公園で話をしたおじいさんのことを思い出した。

 おじいさんは待ち合わせ相手の「恋人」と出会えただろうか。そんなことを考えているうちにちょうど公園に差し掛かり、ふと視線を横にむけた僕の心臓は跳ねる。

 そこには、あのおじいさんがいた。

 僕のいる場所からは後ろ姿しか見えないけれど、ベンチに座る小さな背中も、かぶっている帽子も記憶にあるのと同じだ。いや、でも服はちょっと違うかもしれない。昨日は確か黒っぽくて、今日はキャメル。だから、あのままずっと公園にいるわけではないんだとほっとする。きっと、おじいさんは毎日この公園に来るのが日課なんだ。

 でも、何かが胸の奥に引っかかるのはどうしてだろう。

 

 公園のおじいさんのことは、ベンにもベンのお母さんにも話さなかった。ひとりでここに来たことを話せば、きっと理由を聞かれる。そうしたらサーシャとの言い争いのことを明かさなければいけない。なんだかそれは、恥ずかしいことのような気がした。

 家に着くと、アニーとベンのきょうだいが出迎えてくれた。同じロボットなのにアニーはサーシャとはまったく似ていない。いつもにこにこと笑っていて、一度もベンたちに声を荒げているところも、口うるさく文句を言っているところも見たことがない。今日も、リビングで子どもたちの遊び相手をしながら、僕とベンにトライフルを出してくれた。

 いや、訂正。アニーとサーシャはほとんど似ていないけれど、ひとつだけ――料理上手というところだけは同じだ。

 ベンはすごい勢いでトライフルをたいらげると、すぐに僕を部屋に連れて行って、簡単には外から扉を開けられないように内側に椅子を置いた。僕の部屋と同様に、この家でも子ども部屋には鍵がついていない。

「どうしたの、やけに厳重だけど」

 トライフルが心残りで、僕は未練がましくドアに目をやった。せっかくアニーがおかわりを勧めてくれたのに、ベンが勝手に断ってしまったのだ。

「だって、これは秘密会議なんだから、誰かが盗み聞きしたら困る」

「秘密会議って、おおげさだな。シルビアの誕生日プレゼントの話だろ?」

「アキ、声が大きい!」

 そこで僕はようやく、ベンは好きな女の子にプレゼントを贈る計画について家族の誰にも打ち明けていないのだということに気づいた。そういえばさっきも、今日は何をして遊ぶのかとお母さんに聞かれて、ベンは焦ったように話をそらしながら僕に目配せで「何も言うな」と伝えてきた。

 ベンの妹はまだ小さいから参考にならないけど、お母さんなら、僕なんかよりきとずっといいプレゼントを提案してくれそうなのに。

 どうして内緒にするのかよくわからないけれど、きっと何か理由があるのかもしれない。直接聞けばきっとベンは笑って――それは普段冗談を言っているときの笑いとは違う、大人が僕を見るときのような顔だ――「アキにもそのうちわかるよ」と言うんだろう。

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