僕と機械仕掛けと思い出(26)

 運ばれてきたアイスクリーム・サンデーは予想以上に大きくて、豪華で、素敵だった。

 バニラ、チョコレート、ストロベリーと、アイスクリームは三種類。トッピングに本物のイチゴと、チョコレートで動物の顔を描いたマカロン。猫、熊、うさぎ……どれも食べるのがもったいないけれど、思い切って噛みつくと、さくっと崩れてアーモンドの香ばしい香りが口の中に広がる。

 サーシャはアイスクリームにはまったく興味なさそうで、コーヒーを頼んだ。アンドロイドは何も食べなくても平気だし、どんな美味しそうなものを見ても食べたいとは思わない。食いしん坊な僕には、何年一緒に暮らしても理解できない部分だ。

「そういえばさっきの続きだけどさ……」

 僕はマカロンを食べながら、おばあさんと会ったことで中断してしまったベンの話を再開した。

「ベンも現金ですね。昨日までシルビアに夢中だったのに」

 どうやらサーシャも僕と同じ意見らしい。

「そう思うだろ? 僕、女の子なんてどこがいいのかわかんないよ。気まぐれだし、意地悪だし、すぐ泣くくせに人のせいにするんだから、やってられないよ」

 ベンの前では遠慮して言えなかったシルビアへの文句も、サーシャ相手ならすらすらと出てくる。よくよく考えると、勝手に好かれて、勝手に振られて、そのくせ「自意識過剰」だなんて言われて、僕ひとりが損しているじゃないか。

 いまさら悔しさを噛みしめる僕を見て、サーシャはいたずっぽく笑う。

「だったらちょうどいいんじゃないですか? サー・ラザフォードがあなたの入学を望んでいる学校は男子校です。嫌いな女子に会わずにすみますよ」

 その言葉に僕は、口に含んでいたイチゴを吹き出しそうになった。

「サーシャ! それとこれとは別だよ」

 一方的に損した気分ではあるけど学校のトラブルが解決して、あのおじいさんとおばあさんも幸せそうで、憧れのアイスクリーム・サンデーも食べられて、最高だった気分が急降下する。そうだ、問題はまだひとつ残っている。進学についての決断はまだ僕の肩にかかっているのだ。

 だからサーシャが「安心なさい」と続けたときには、心底ほっとした。

「サー・ラザフォードは、あなたが全寮制の学校を選んだとしても私の契約は続けるとおっしゃっているそうですよ。毎週末も、休暇にも会えます」

「……休みだけかあ」

 確かにサーシャの契約を終了すると言われるよりはずっとましだ。でも週末――それも、おじいさんの家で過ごす日も作らなければいけないとすれば、やっぱりサーシャといられるのは週に一日。

 僕はさっきのおばあさんの話を思い出す。

 おばあさんとおじいさんは、別々に暮らすようになってから前よりも仲良くなったと言っていた。前は一緒にいると喧嘩ばかりで……というとまるで僕とサーシャみたいだ。もしかして僕たちも、ときどき会うだけならもっと仲良くなれるのかも――いや、やっぱりそれじゃ駄目だ。

 僕は言葉を強めた。

「駄目だよサーシャ、ときどき会って思いだしてもらうなんて、僕は嫌だ」

「アキ、あのご老人たちと私を一緒にしないでください。思い出すどころか、私はいつだってあなたのことを考えていますよ。もちろんあなたが目の前にいないときだって、ずっと。だから赤ちゃんみたいに感情的になるのは……」

「違うよ! そういうんじゃなくて僕はさ!」

 思いどおりにならないときに「赤ちゃん」という言葉でごまかす作戦にはもうだまされない。だって、これは子どもっぽいわがままではない。むしろその逆だということを僕は知っている。

 「好き」という感情や「大切な人」とは何であるかをいろんな人に聞いて、その上で僕は誰より大切で一緒にいたい相手はサーシャだと思った。前よりも少しだけ大人の感情を理解して、だからこそサーシャと離れたくないと言っているのだ。

 でもその気持ちを改めてここで口にするのはなんだか恥ずかしくて、僕は口をつぐんでしまう。

 そのときだった。

「君……」

 僕とサーシャの会話をさえぎるように、頭上から男の人の声が降ってきた。

 一体何事かと顔を上げるとその人――年寄りでもないけどすごく若くもない、スーツを着た男の人は、じっと僕たちを見ていた。いや、「僕たち」ではなく「サーシャ」を。

「知り合い?」

 サーシャにきいてみる。でも、もしサーシャが知っている人なら、僕だって知っているはずだ。だってサーシャが買い物に行く店にはだいたい一緒に行ったことがあるし、そのほかの場所だって全部。だから僕の知らない人をサーシャが知っているはずはない。

 実際にサーシャは顔色ひとつ変えないまま「いいえ」とつぶやき、男の人にそっけなく言った。

「どなたですか?」

 男の人は、サーシャが彼を知らないことに驚いたようだった。

「覚えていないのか?」

 その態度はひどく馴れ馴れしく見えて、むっとした僕は割って入る。

「おじさん、ロボットに何か用?」

ロボット?」

 彼はますます目を丸くする。

「そうだよ。お母さんが僕のために契約してくれた。もうずっと、長いあいだ僕と暮らしてる」

「子どもと……ってまさか、育児支援なのか」

 戸惑いながら僕とサーシャを見比べる男の人に向かって、サーシャは事務的に言った。

「ええ。私はこちらのアキヒコ・ラザフォード様の育児教育支援のために契約いただいている、電子的家庭支援社エレ子トリック・ファミリー・サポートの家事育児支援ロボット、AP-Z92-M。必要があれば登録証と法定検査の証書も提示できます」

 これは、外を歩いていて急にを受けたときの、サーシャの決まり文句だった。

 ロボットと人間が歩いていると、ときどき見知らぬ人に話しかけられる。それは人型機械ヒューマノイド管理局の監査官で、街にあふれるロボットが合法か、きちんとメンテナンスされていて誤作動などの危険性がないかを確かめるため抜き打ちで検査を行っているのだ。契約にも検査にも問題のないサーシャは淡々と製造情報を明かし、必要があれば持ち歩いている証明書を取り出す。問題など起こりっこない。

 この人も人型機械ヒューマノイド管理局の人だろうか。だとしたら嫌な感じなのも当然だ。

 いくら、ルールを守って安全にアンドロイドを使うために必要だと言われても、僕は彼らを好きになれない。だって僕の友達だったビビを「違法なアンドロイド」だからと連れて行ってしまった人たちだから。

 サーシャがあまりに堂々していたからか、彼はうろたえたように何度か首を振って、ぎこちない作り笑いを浮かべた。

「いえ……そうか、育児ロボットね。どうやら勘違いだったようだ、申し訳ない、失礼した」

 そして、一緒にいた女の人に目で合図すると、並んで店を出て行った。

「何、今の……」

 証明書を見たがらなかったところを見ると、管理局の人ではなかったのだろうか。わけがわからずぽかんとしていると、サーシャは「人違いでしょう」と言った。

「正確には〈ロボット違い〉でしょうか。こういうこともたまにはあります」

「ふうん、そんなもの?」

 あまりにあっさり流されてしまったからか、そんなものかと僕も納得してしまった。

 それから気を取り直して僕は、密かな考えをサーシャに打ち明ける。実は今日、シルビアの件以外に、僕の進学問題についても改めてベンに相談した。そして、いいアドバイスをもらったのだ。

「ところで名案があるんだ。こういうのは〈折衷案〉っていうらしいんだけど」

「難しい言葉を覚えましたね」

「おじいさんの出身校に行くのは、あきらめてもらおうと思う。代わりに、寮に入らなくていい学校を探す」

 あのパンフレットの学校は、このあたりでは最も伝統の古い良い学校だと言われている。ただし、そこ以外にも歴史があって評判の良い学校はいくつもあるらしい。そして、中には全寮制ではないものもある。

「そりゃ、おじいさんはがっかりするだろうけどさ、代わりにうんと勉強するし、何ならおじいさんの仕事も手伝うよ。二番手や三番手の学校出身の立派な人だってたくさんいるから、そこでも勉強もできるし人脈もできるってベンのパパも言ってたらしいよ」

「簡単に言いますね。確かに老舗の有名校にも最近は通学を許可するところが増えているようですが、ベネット氏がそれで納得するかどうか。彼はあなたをいかにして〈立派なサー・ラザフォード〉にするかで頭がいっぱいなのですから」

「サーシャは気にしないでいいよ、僕が交渉するから」

 記憶を失いつつあるおじいさんは言った。愛する人と一緒にいることよりも重要なことなんて、人生にはないのだと。だから僕は他の何よりも、僕にとって〈大切な人〉であるサーシャと過ごすことを優先する。

 ただしおじいさんとベネットさんのことも大事だから、その学校には行かなくとも、期待されるものを身につけられるように、ちゃんと頑張るつもりだ。

 力説する僕の話を、サーシャはただの夢想だと思ったのかも知れない。

「頼もしいですね。まあ、あなたが自分で納得いくまで考えて、後見人を説得できるならいいんじゃないんですか。私はどっちだって構いませんよ」

 まともに受け取っていない素振りで、それでもサーシャの表情は明るい。

「馬鹿にしないでよ。ベネットさんなんかに負けないんだからさ」

 僕はアイスクリームが溶けるスピードに負けまいとスプーンを口に運びながら、目の前にいる僕の機械仕掛けを見つめる。

 大丈夫、きっと僕とサーシャの暮らしはこのまま続いていく。そう信じて、祈りながら。

 

(終)
2020.05.21-2021.09.29

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