この学校には、僕と同じように家の仕事を継ぐことになっている生徒は多い。もちろん目の前にいるヒューゴやロドリゴもだ。けれど、同じような境遇に身を置く彼らからしても、末端とはいえこの年齢から仕事を手伝いはじめる僕の姿は奇妙かつ哀れに映るみたいだった。
新学期のたびに国内外の旅行やパーティの思い出話を大量に持ち帰ってくる友人たちと比べて、確かに僕の休暇はひどく地味だ。とはいえ、サーシャという融通のきかないロボットや、郊外の邸宅でのおじいさんとの静かでつつましい生活に馴染みきった僕は、華やかな遊びについて聞かされたところでうらやましいとは感じない。
そう、僕の家には特別な事情があるのだ。
「うちは両親がいないから」
祖父、父親、そして彼ら……順番に家を継いでいく予定の友人たちと比べて、一世代分のショートカットを避けられない僕とおじいさんに、残された時間は少ない。別れについて考えることはひどく寂しいけれど、それは目を背けることはできない事実。
「おじいさんはまだまだ元気なんだけどね。年齢が年齢だから、もしもの場合に備えてって、口癖みたいに言っているよ」
ベネットさんみたいな法律家以外にも、会社の重役たち、税理士、コンサルタント。日曜日以外にもおじいさんの家を訪れるようになった僕は、思った以上にたくさんの人々が出入りしていることに驚かされた。
こんなに多くの、賢そうな大人の力を借りることができるならば、まだ子どもの僕が仕事について勉強する必要なんてないんじゃないか。思わず素朴な疑問を口にした僕に、おじいさんは言った。
「彼らは船員だ。いくら優秀な船員が揃っていたって、船長がいなければ船は航海できない」
彼らはあくまでサポーターであり、家のすべてを把握して取り仕切るのは船長――つまりおじいさんであり、将来の僕なのだという。船に乗ったことのない僕にはしっくりこないたとえ話だったけれど、おじいさんの言いたいことは理解できた。
「そっか、アキのとこはたいへんなんだな」
同情を込めて、改めてため息を吐くロドリゴに僕は笑う。
「わかってる? 僕が今から苦しんでる分、君たちは将来まとめて苦労することになるんだ。フットボールチームや百貨店の経営なんて、きっともっとずっと大変だよ」
「そうかな? 楽しみにしてるよ。チームが俺のものになったら好きな選手ばかりとってドリームチームを作ってやるつもりだ」
「ロドリゴの好きな選手ばかり集めたら、全員ストライカーのチームになりそうだ。一年でトップリーグ落ちだな」
「ひどいこと言うなよ」
からかいの言葉にロドリゴが顔を赤くした。
こういう会話を交わすとき、学校を移ったことは正しかったのかもしれないと思う。あのまま公立の学校に通い続けていたら、周囲はしだいに僕の家の事情や将来のことを知るようになっただろう。中には将来「サー」を継ぐ予定のクラスメートを快く思わない子も出てきたかもしれない。
同じような階級で固まることで視野が狭くなる――デメリットはわかっているが、互いの環境の違いに気を遣う必要のない関係は気楽だ。
「で、ヒューゴは?」
「週末には帰るよ」
しばらくは学校に残るというロドリゴと違い、ヒューゴは週末には北部の家に戻るのだという。
寮の話が出るたびに、ヒューゴは口癖のように言う。
「アキも来学期から入寮すればいいのに。その方がずっと楽しいし、通学の手間が省けるぶん今よりも寝坊できるよ」
そして、僕の返事もいつだって同じ。
「嫌だよ、休みのたびに荷造りするのも嫌だし、寮に入ったら掃除とか、上下関係とか面倒なこともある」
寮には寮の良さがあるのだろうし、通学には通学の良さがある。僕にとっては毎日家に帰ることが何より大事だという、ただそれだけ。
そろそろ自立心の芽生えてくる年頃の友人たちからすれば、車で片道一時間ほどをかけてまで自宅通学にこだわる僕が不思議でたまらないのだろう。
それを裏付けるように、ヒューゴが口を開く。
「そういえば俺、一度アキの家に行ってみたいんだよな。ラザフォード邸ってすごい豪邸だって聞いたことあるし」
「……いや、そんなことないと思うよ。普通のマナーハウスだ」
あの邸宅が一般的には豪邸に入ることは知っている。僕だってはじめておじいさんの家に行ったときには、ここは博物館か何かだろうかと思ったものだ。でも城を持っているような彼らからすればきっとあの程度、ただの田舎の邸宅だ。
それでもヒューゴが僕の家を見たいと言うのは、寮に入らず通学にこだわる僕が、よっぽどいい環境で暮らしているのだと思い込んでいるのだろう。完全な誤解だ。
「おじいさんの意向で住み込みのお手伝いさんたちもいなくなったし、昼間は人の出入りがあるけど夜なんかは本当に静かで、ただの古くて広い家。子どもの頃なんて、夜中にトイレに行くのが怖くて朝まで我慢したくらいだよ」
「確かに、田舎のでっかい家でふたりきりっていうのも寂しそうだな。だからおじいさんも、アキに家にいて欲しいのか」
「うん。でもふたり暮らしには慣れているんだ。母を亡くしてからはずっとそうだから」
僕はそう言って、話を終える。
カレッジの友人たちには、おじいさんと僕の関係は正直に話すことができる。その一方で、入学したときから僕の本当の生活については打ち明けないままでいる。
僕の本当の生活。
平日のうち二日は学校が終わったらおじいさんの家に行って手伝いをする。五歳の頃に決めた約束どおり、日曜日も昼間はおじいさんの家で過ごす。それでも、日が沈む頃には必ずのどかな郊外から騒々しい街へと戻る。
大きな川の近くにあって、窓からは発電所の煙突が見える小さなアパートメントの前で送迎の車から降りると、階段を五階まで駆け上る。
ドアを開けるとすでに夕食のいいにおいが漂っていて――キッチンでは僕の機械仕掛けが待っているのだ。