市販品で最高ランクの育児支援ロボットがこのような作りなのだから、サーシャの服の下も同じなのだろうか。少しがっかりした気分になる。
でも、どうしてがっかりするんだろう?
僕はサーシャがどんなアンドロイドより精巧に作られていて、完璧に役目をこなすことを誇りに思っていたのだ。いや、もしかしたらどんな人間より――。だから、十年も一緒に過ごしている僕ですら一度も目にする機会がない部分であろうと、造形が省略されている部分があることにショックを受けているのかもしれない。
それにしても、指紋やまつ毛の一本まで精密に作っているのに、服の下だけ手を抜くだなんて、意味不明だ。このカタログの商品は間違いなく、人型ロボットとしては最高級品。コストなど度外視して体の隅々まで人間そっくりに作ることなど造作ないはずなのに。
これまでロボットの服の下のことなど考えもしなかったのに、一度気になると頭から離れなくなる。
サーシャの胴体部分はどうなっているのか。このカタログ写真と同じなら、そんな手抜きがされている理由は何だろう。
この疑問は、サーシャにはもちろんおじいさんやベネットさんにもぶつけてはいけないような気がする。なぜなら相手が人間である場合、服の下について質問するのはとても失礼で、いやらしいことだとされいるからだ。そして、僕は「人間相手にやっていけないことは、アンドロイドに対してもやってはいけない」と教えられて育った。
ヒューゴは育児支援ロボットの胴体は人間そっくりに作られていないことを知っているようだったけど、彼との間でこの話題を蒸し返すことにも抵抗がある。
知りたいけど、わからない。身近な人に聞くこともできない。もやもやした気持ちでカタログを閉じたところで、裏表紙にあるカスタマーセンターの電話番号が目に入った。
もしかしたら、ここに電話すればいいのでは? 商品の購入を検討している大人のふりをすれば、どんな質問にも答えてもらえるに違いない。僕は今おじいさんと電話をしていることになっているから、部屋で話声がしていてもサーシャは気にしないだろう。
僕は電話端末を手に取って、何度か小さく咳払いをした。できるだけ低い声を出して、本物の大人からの問い合わせだと信じさせなければ。頭の中で何度か質問の内容を繰り返して、ゆっくりと電話番号の順番に数字のボタンをプッシュする。
きっちり三度呼び出し音が鳴ってから、オペレーターに切り替わった。
「はい、電子的家庭支援社商品お問い合わせ担当でございます」
完璧に聞き取りやすい高さの女性の声で、発音もイントネーションも国営放送のアナウンサーのように正確だ。人間だったらもうちょっと揺らぎがあるだろうから、きっとこの電話オペレーターもアンドロイドなのだろう。
僕は緊張を悟られないよう、意識してゆっくりと用件を切り出す。
「あのう、そちらの商品についてお尋ねしたいことがあるんです」
「具体的な商品についてのご質問でしたら商品コードを、ご要望に合致した商品のご案内を希望されるのでしたらお求めの機能についてお聞かせください」
おそらくはマニュアル通りの案内。少なくとも第一声で子どものいたずらだと電話を切られてしまうことはなかった。安心から少し気が楽になる。
「AP-V88シリーズのカタログを見ているんですが、これより高級な商品はありますか? えっと、もっと精巧なものがないか知りたくて」
「いいえ、そちらの商品が現行商品では一番ランクの高いシリーズになります。ただしオプションで追加機能の相談は承ります。どのようなご要望ですか?」
「……その、このカタログでは体が……マネキン人形みたいだから。見えないところも含めて人間みたいに作り込まれているものがないか、知りたかったんです」
完璧な接客用ロボットであるはずなのに、僕が質問を口にした瞬間オペレーターの態度がすうっと冷淡になるのがわかった。
「申し訳ありませんが、お客様――」
冷たい口調に、どきんと大きく心臓が鳴る。
「法律第295号により、育児支援ロボットについて、衣類等で被覆される部分については一定程度の造作の省略が義務付けられております。まさかお客様がそのようなものをお望みとは思いませんが、乳房や性器については法規制により付属することは禁止されておりますので、念のため申し上げます」
まるでクレーム対応マニュアルを読み上げているような平坦な声色。言葉遣いは難しいけど、つまり彼女は「育児支援ロボットの服の下がマネキンみたいに雑な作りをしているのは、法律で決まっているから」と言っているのだ。
「どうしてそんな決まりがあるんですか? 作れないわけじゃないんでしょう?」
「家庭内に常駐することが想定されますので、不要な部分まで作り込むことでトラブルを招く危険があります。詳細は判例集をお調べいただくことをお勧めしますが、法律第295号の規制は、育児用ロボットに対してユーザー男性が性的行為を強要したことをきっかけとして制定されました。機械相手ですので正確には不貞行為ではありませんが、ユーザーの配偶者女性は夫婦関係の破綻を招いたとしてロボットの製造しメーカーを訴えました」
「え……?」
「同様の訴訟が相次いだことから、家庭向けアンドロイドは性的な部位を省略するよう法規制が進みました。ですからお客様、育児支援ロボットのカテゴリーでお探しになる限りは当社、他社を問わずご希望の形状の商品は製造されておりません」
それから彼女は、乳房や性器といったデリケートな部位については厳密な規制のもと、性産業や医療従事者の訓練用など、ごく一部のアンドロイドのみに付属しているのだと付け加えた。
「当社からお答えできるのはこれだけです。他にご質問はありますか?」
「……いいえ。ご親切にありがとうございました」
本当はもっと聞きたいことはあった。例えばヒューゴが言っていた「独身男性用の闇オプション」のこととか――。けれど、法規制について知ってしまった以上「闇オプション」が違法行為を指していることは確実だ。これ以上食い下がれば、僕は違法な形状のロボットを、しかもいかがわしい目的で手に入れたがっているけしからん人間だと思われてしまうかもしれない。
疑われるだけならともかく、電話口で怪しまれた挙句、警察に通報でもされようものなら大ごとになる。ここは素直に引き下がるしかないだろう。
何より僕が知りたいのはただ、サーシャの服の下がどうなっているか。決して全身くまなく人間そっくりに作られたロボットが欲しいわけではないのだ。
サーシャは人型機械管理局の認定を受けたアンドロイドだし、決められた年数ごとに法定点検も受けている。育児支援ロボットの造作に法律の規制があるならば、ルールに沿って作られていることは疑いようもなかった。