日曜の夜、アカリは再び蒔苗のマンションを訪れた。
なんとなく予想していたことではあるが、蒔苗は今日も冷めたペパロニのピザを食べていた。もしや、と思ってキッチンの隅に置かれたゴミ箱を見ると中はピザの空き箱でいっぱいだ。さらに念のためもう一つ置いてある分別用のゴミ箱をのぞくと、そちらはミネラルウォーターとコカコーラの空きペットボトルで埋まっていた。
「……蒔苗って、ピザ好きなの?」
「別に。頼んだら持ってきてくれるから楽だろ。手で食えるから洗い物も出ないし」
もはやこんなやり取りにすら「ああ、蒔苗らしいな」と思えるようになってきた。アカリは途中コンビニで買ってきたおにぎりとサラダを取り出して勝手に自分の食事をはじめる。今後の展開を思えば量は控えめなくらいでいい。
「サラダ、半分食う? ちょっとは野菜摂ったほうがいいよ」
「じゃあ、もらう」
勧めれば拒まないところを見ると、特に野菜嫌いというわけでもないようだ。ゼミで食事をするときなども普通のメニューを頼み普通にものを食べている。極端に食事に手間を割くことを嫌うタイプなのかもしれない。
手早く食事を済ませると、アカリは立ち上がった。
「なあ蒔苗、シャワー借りてもいい? 浴びてくる時間がなくて」
「ああ、好きに使っていい」
「ありがと。おまえはその間、ゆっくり好きなグロ映画でも観てろよ」
アカリは、にやけそうになる顔をどうにか抑えて足早にリビングを出る。
かばんは置いてきたから、まさか蒔苗の野郎、俺が何か企んでいるとは夢にも思ってはいまい。この日のために借りたコンパクトデジカメはパーカーのポケットに入れてあった。
アカリは手早くシャワーをすませると。足音を忍ばせ廊下に出る。ドア越しにリビングの様子を伺うと、「うおー」とか「キャー」とか「バスッ、ザクッ、ブシューッ」とか、それだけで情景が想像できる音が漏れ聞こえてきていた。どうやら蒔苗は、アカリが勧めたとおり趣味のスプラッタで気持ちを高めているようだ。
よしよし、今なら大丈夫。アカリはそっと寝室のドアを開ける。
よく言えばシンプル、悪く言えば殺風景な部屋にカメラを隠せる場所は少ないが、ちょうどキャビネットの上に何冊か本が積んであったのでその隙間になんとか設置を試みる。あとは蒔苗に気づかれないことを祈るだけだ。
部屋に戻り、アカリは蒔苗に渡された錠剤を今日は水で飲み込む。さすがに何もなしで「死体のふり」は難易度は高いが、前回のような最悪の目覚めは勘弁してもらいたい。話し合った結果、今回はアルコールなしの睡眠薬だけで試してみることにした。
そして、翌朝。
頭は痛くない。吐き気もない。体に傷は、多少はある。後ろの孔は――ゴムを付けてくれいう頼みはものの見事に無視されたようで、今日もそこには固まった精液のゴワゴワした違和感がある。
もちろん、蒔苗の姿はない。しかし今日のアカリは失望も怒りもしないどころか、蒔苗が「自分が犯した死体が生き返る」ことを恐れて部屋を出て行ってしまっていることを喜ばしく思う。なぜなら、デジカメの回収という重要作業を行うには蒔苗がいないほうが圧倒的に都合がいいからだ。
カメラは昨晩アカリが仕掛けたままの姿でそこにあった。バッテリーが切れるまで動画を撮り続けていたので、電源ボタンを押しても液晶画面には「充電切れ」の表示が出るだけだ。アカリは準備しておいた充電用のケーブルを挿してから再びカメラの電源を入れてみる。
小さな起動音とともにキャップが開いたカメラの背面液晶を操作してライブラリを呼び出すと、そこには一時間少々の動画が保存されていた。もちろん撮影日時は昨日深夜。確認がてら冒頭を少しだけ再生してみると、レンズの方向もバッチリだったようで、そこにはまだ無人の蒔苗のベッドがばっちり映し出されている。
ふふふ、大成功。アカリは安いアクション映画の悪役のように、誰もいないリビングで高笑いした。
その日は、一日がこの上なく長く感じられた。大学に行き授業を受けて、ゼミに顔を出してシンガポール行きの旅費十万円を支払う。夕方には大学からファミレスバイトに直行して、終わるのは深夜十一時。うきうきしたオーラが全身から滲み出ているのか、会う人会う人から「何かいいことでもあったの?」と聞かれた。
もちろんアカリの上機嫌が「昨晩隠し撮りした蒔苗聡と自分自身のセックス動画を観るのが楽しみで楽しみで仕方ない」からであることを知る人間は誰ひとりいない。
そして、待ち望んだ帰宅後。食事はファミレスの賄いで済ませてあるので、シャワーを浴びて着替え、奮発して買ってきたビールのプルタブを開ける。ローテーブルの前に座るか、ベッドに寝転がるか迷って、結局後者にした。
「さて」
ベッドに寝転び、ノートパソコンを開く。デジカメから取り出したSDカードをスロットに挿しこみ……。
いざ、動画鑑賞。