49. 愛を確かめるための

 蒔苗はそっとアカリに口付ける。動画の中で見たような、病院でされたような、優しく軽い口付けが何度も唇に落とされ、やがてアカリの側がそれだけでは堪らなくなる。

 両腕を蒔苗の後頭部に回し逃げないようにしてから、唇と唇はぎりぎり触れない程度の距離でアカリは舌を出す。様子を伺うように唇を軽く舐め、合わせ目をつうっと舌でなぞるとあっさりと開き、侵入を許してくれた。

 不安がなかったわけではない。生々しい反応を返す相手との接触に長年拒否反応を示していた相手だ。急に気分が悪くなることや、嘔吐することだってあるかもしれない。

 でも、例え今日が上手くいかなくたって、明日がある。

 明日もダメなら、明後日も、来週も、再来週も。

 アカリは蒔苗と唇を深く合わせ、まずは前歯の並びを舌で確かめる。キスに慣れない蒔苗はどう振る舞えば良いのかわからないようで、しばらくの間はされるがままになっていた。しかし、アカリがさらに歯列を割ると、見よう見まねといった様子で舌を絡め返してきた。

「ふぅ……ん……」

 舌と舌の絡まる生々しい感触と、口内から直接耳に抜けるぴちゃぴちゃという濡れた音に否応なしに興奮が高まる。最初は遠慮がちだった蒔苗も、深いキスの快感に目覚めたのかアカリを押しつぶさんばかりに体重をかけ、強く抱きしめて口の中を貪ってくる。

「んんっ!」

 上顎をざらりと舐められるとそれだけで背筋が泡立ち、下半身がむずむずしてくる。アカリは蒔苗を抱き返す腕の位置を腰のあたりまで下げて、硬くなりかけてきた自分のそこを蒔苗の腰にはしたなく擦り付けた。我慢できず、発情期の動物のように腰を押し付けながら、キスの隙間からせわしなく喘ぎ声を吐く。

 動かし疲れた舌がすっかりくたびれてようやく蒔苗はアカリの唇を離す。蒔苗は夢中になりやすいというか凝り性というか、いったん気になったものは徹底的に弄び尽くすタイプなのだろう。しつこく舐められ吸われた唇はじんじんと、腫れているような感じがした。

「服、脱ごっか」

 アカリの側から言うと、蒔苗はいったん体を起こす。密着していた体温が離れてしまうのは少しの間とはいえ寂しいが、重ね着していたTシャツを焦れたようにまとめて頭から抜いた蒔苗の裸の体にアカリの興奮はさらに高まる。

 アカリの自慰を手伝う時には脱がなかったから、アカリが蒔苗の裸を生で見るのははじめてだ。少しぼけた動画でしか見たことのなかった体が今目の前にあって、当たり前のようにアカリもそれに触れていいのだ。

「うわ、やっぱろくなもん食ってない割にいい体してるよな」

「『やっぱ』……?」

 喜び勇んで胸やら腹やらをぺたぺたと触っていると不審な目を向けられる。いけないいけない。カメラを仕掛けてアカリを抱く蒔苗を盗撮したことは、絶対に知られるわけにはいかない。何でもないとごまかして、アカリも勢いよく服を脱いだ。

 先ほどの行為で既にアカリの下半身は勃起し先端を濡らしているが、蒔苗のそこはまだ静かなままだった。いかんせんはじめてのことなので上手くいくかはわからないが、向かい合って座るとアカリはそこに手を伸ばす。

「やだったら、すぐやめるから。少し触ってみてもいい?」

「上手くいかなかったら、ごめん」

 蒔苗も男だ。そのあたりは不安なのだろう。

「いいよ、ゆっくりでも。今日でおしまいってわけじゃないんだから」

 アカリがそう言うと、蒔苗もうっすら笑った。

 はじめて触れるそこはそこそこ立派な代物で、手に載せるとずっしりとした重みを感じる。まずは手の中に収め、軽く強弱をつけて握りしめてみる。それからゆっくりと手を上下に滑らせ、気持ちいいであろう程度の力で扱く。しかし。

 ――ぴ、ぴくりともしない。

 伊達に長年死人専門右手が友達で人生過ごしてきたわけではない。蒔苗はなかなかの強敵だった。

「これは?」

「気持ちいい」

「じゃあ、これは」

「気持ちいい」

 だが、返事と裏腹になぜかペニスは柔らかいまま。先端をくすぐっても、下の袋を揉み込んでも、裏筋に指を這わせても、勃起してくれない。ゆっくりでいい、などと殊勝なことを言ってはみたものの、やはり面白くないアカリは思わず身を伏せ、まだ柔らかいままのそれに唇を寄せた。

「あ、明里?」

 蒔苗は明らかに動揺した。そりゃそうだろう。死体は絶対にフェラチオはしてくれない。

 まずは舌だけ伸ばし、先端をぺろりと舐める。それから少しずつ唇を使い、亀頭部分を口に収めると、わざとちゅぱちゅぱと音を出しながら口から出したり入れたりを繰り返す。たまに強く吸い上げる動きを加えると、これで落ちない男は――。

 しかし蒔苗のそこは、かすかに芯を持ちはじめたような気はするものの、勃起にはほど遠い。なんとか蒔苗の反応を引き出そうとして躍起になっていると、ふいに冷たいものが耳に触れる。驚いて歯を立てそうになり、アカリは慌てて蒔苗のものから口を離す。

「何すんだよ、あぶな……っ、あ」

 蒔苗はアカリの耳に触れた指を、耳の裏からそのまま首筋へ滑らせ、鎖骨のくぼみをくすぐる。繰り返された自慰のサポートで知り尽くされた、弱い場所のひとつ。

「やだ、急に何っ。……これじゃ、あっ、口できなっ」

 いや、もちろん気持ちいいのは大好きだし、蒔苗に触れられるのは嬉しいけど、でも今アカリが求めているのはこれじゃない。身をよじって逃げを打つが、少し体がずり上がったところで意外にも器用な蒔苗の指はたやすくもっと弱い場所をとらえてしまう。

「蒔苗、蒔苗、何でっ」

 胸の先をくりくりと刺激されて、もはや抵抗することもできない。アカリは自分がやろうとしていたことも忘れて与えられる快感に夢中になった――はずだった。

「明里は本当にここが好きだな」

「だって、おまえの触り方がやらし……ああっ……あれ?」

 そこではっとして視線を下にやる。まだ軽く握ったままだった蒔苗の性器が、何だか様子が……。

「勃ってる! な、なんで?」

「やっぱり。言っただろう、俺のトリガーは明里の反応だって」

 ――俺の、反応が、トリガー。

 完全に勃起したペニスを見せつけてくる蒔苗はやはり変態としか思えない。ともかく、アカリの反応などというものが性欲のトリガーであるならば、自分はどれだけ喘がされ、泣かされる羽目になるのだろう。期待と不安に腰が震えた。

 そして、蒔苗はアカリの期待に過剰なほど応えてみせた。

 今日はシャワーを浴びていないから嫌だと言ったのに、蒔苗はアカリの体を表にして、それから裏にして、くまなく目と指と舌で確かめた。挿入前から二度もイかされ、もう無理だと思ったところで正常位で組み敷かれる。脚を大きく左右に開き、熱く硬いもので後ろを刺し貫かれるが、すでにここに至るまでで体力が限界に達していたアカリにとっては快楽も苦痛なほどで、ただ目を閉じて揺さぶられるままだ。

「明里……」

 少しかすれた声が色っぽく耳を刺激して、アカリは目を開けた。そして、欲しくて欲しくて仕方なかった、あの燃えるような、獣のような瞳がそこにあるのを見た。途端、指先を動かすことすら辛いと思っていた体に熱が灯る。

「ほら、まだ勃つじゃないか」

 自らの出したものでどろどろに汚れた性器が、またあさましい反応を示していることを、左右に膝を割られて確かめられ、アカリは羞恥に身悶えた。

「だって、蒔苗がそんな目で見るから。寝てるときの俺を見てるのと同じ目でっ」

「え?」

 とっさに口にしてしまった言葉を後悔するが、もう遅い。

「なんでそんなこと知ってるんだ? 意識はなかったのに、まるで、見てきたみたいに」

「あ、あの、それは……」

 言いよどめば続きを促すように強く奥を突かれ、ごまかそうとすれば浅いところをもどかしく擦って焦らされる。

 結局アカリは蒔苗に揺さぶられ涙を流しながら、蒔苗の寝室にカメラを仕掛けて動画を隠し撮りをしたことから、その動画を見ながら興奮して一人自分を慰めたことまで、恥ずかしいことを何もかも洗いざらい打ち明ける羽目になったのだった。