マークと百合子の結婚式が行われたのは、十二月はじめのよく晴れた日曜日のことだった。
安定期まで待って、などと言ってはいたものの、百合子はあの後すぐに猛烈なつわりに襲われてしまい、周囲に妊娠を隠し続けることは不可能になった。幸いゼミのメンバーも、他の友人も百合子の決断を尊重し祝福した。百合子は三年の学期末を終えたら一年の休学という名の産休育休に入る予定だ。
「挙式は親族だけでこじんまりやるんだけど、アカリには特に迷惑と心配かけちゃったからね。よければ出席してくれない? お腹大きい花嫁姿でよければ、見に来てよ」
招待状を差し出しながら、百合子は目立ちはじめたお腹を愛おしそうにさする。その姿からはすでに母性が滲み出ているようで、アカリは人間の神秘に感動すら覚えてしまう。
「あ、そうだ。一人じゃ来づらいでしょう。よかったらもう一人くらい誰か誘って……」
「蒔苗。蒔苗と行ってもいい? あいつもきっと、ゆりっぺの晴れ姿見たがるよ」
アカリが即答すると、もちろんいいわよと百合子は笑った。百合子自身は気づいていないとはいえ、あんなに振り回されたんだから、蒔苗にだって晴れ姿を見に行く権利はあるはずだ。
「それにしても、最初は嫌ってる風だったのに、アカリと蒔苗くんって本当に仲良いわよね。まあ蒔苗くんもだいぶとっつきやすくなってきたっていうか、雰囲気変わった気もするけど」
それは愛の力です、という言葉はそっと心にとどめて、アカリは「そうかなあ?」ととぼけてみせた。
そして挙式当日。
「花嫁ってのも、きれいなもんだな」
「バカ、そういうこと言うなよ」
純白のドレスに身を包んだ百合子を感心したように見つめる蒔苗が、アカリは少し面白くない。このあいだの百合子のコメントもそうだが、最近アカリの愛の力が効力を発揮しすぎているのか、蒔苗がときたま普通の人間のようなことを言う。
それはそれで心配になってしまうのだ。この世に万が一、アカリ以外に蒔苗の謎の魅力に気づく人間がいたならば──。
ほぼ童貞だった蒔苗を先行者利益で手にしてしまったのはラッキーだったが、生きた人間にも欲望を抱くことができるようになった蒔苗がもしアカリより魅力的な物好きと出会おうものなら、心変わりしないとも限らない。
恋愛とは成就するまでも大変だけれど、その後も不安は尽きないものだと最近では日々思い知らされている。
マークと百合子の結婚式が行われたのは、十二月はじめのよく晴れた日曜日のことだった。
安定期まで待って、などと言ってはいたものの、百合子はあの後すぐに猛烈なつわりに襲われてしまい、周囲に妊娠を隠し続けることは不可能になった。幸いゼミのメンバーも、他の友人も百合子の決断を尊重し祝福した。百合子は三年の学期末を終えたら一年の休学という名の産休育休に入る予定だ。
「挙式は親族だけでこじんまりやるんだけど、アカリには特に迷惑と心配かけちゃったからね。よければ出席してくれない? お腹大きい花嫁姿でよければ、見に来てよ」
招待状を差し出しながら、百合子は目立ちはじめたお腹を愛おしそうにさする。その姿からはすでに母性が滲み出ているようで、アカリは人間の神秘に感動すら覚えてしまう。
「あ、そうだ。一人じゃ来づらいでしょう。よかったらもう一人くらい誰か誘って……」
「蒔苗。蒔苗と行ってもいい? あいつもきっと、ゆりっぺの晴れ姿見たがるよ」
アカリが即答すると、もちろんいいわよと百合子は笑った。百合子自身は気づいていないとはいえ、あんなに振り回されたんだから、蒔苗にだって晴れ姿を見に行く権利はあるはずだ。
「それにしても、最初は嫌ってる風だったのに、アカリと蒔苗くんって本当に仲良いわよね。まあ蒔苗くんもだいぶとっつきやすくなってきたっていうか、雰囲気変わった気もするけど」
それは愛の力です、という言葉はそっと心にとどめて、アカリは「そうかなあ?」ととぼけてみせた。
そして挙式当日。
「花嫁ってのも、きれいなもんだな」
「バカ、そういうこと言うなよ」
純白のドレスに身を包んだ百合子を感心したように見つめる蒔苗が、アカリは少し面白くない。このあいだの百合子のコメントもそうだが、最近アカリの愛の力が効力を発揮しすぎているのか、蒔苗がときたま普通の人間のようなことを言う。
それはそれで心配になってしまうのだ。この世に万が一、アカリ以外に蒔苗の謎の魅力に気づく人間がいたならば──。
ほぼ童貞だった蒔苗を先行者利益で手にしてしまったのはラッキーだったが、生きた人間にも欲望を抱くことができるようになった蒔苗がもしアカリより魅力的な物好きと出会おうものなら、心変わりしないとも限らない。
恋愛とは成就するまでも大変だけれど、その後も不安は尽きないものだと最近では日々思い知らされている。
「でもまあ、きれいだな、ゆりっぺ」
チャペルでは今まさに、結婚式のハイライト。神父が新郎新婦に誓いの言葉を読み上げるところだ。一面の窓から太陽の光が降り注ぐ中で百合子とマークが向かい合う。
「あなたは、滝百合子を妻として、病めるときも健やかなるときも愛し続けることを誓いますか?」
神父の言葉に被せるようにして、蒔苗がそっとアカリの手を握った。隅の席だから、どうせ誰も気づかない。どきどきしながらアカリがちらりと視線を向けると、蒔苗はアカリの手を握る力をぎゅっと強くした。
百合子とマークは誓いのキスを交わし、指輪を交換し、拍手の中チャペルを出て行く。その後ろ姿を見ながら蒔苗はつぶやいた。
「俺は、きっとかなりお得だぞ?」
「何が?」
「だって、病めるときと健やかなるときはもちろん、死体になったっておまえを熱烈に愛することができる」
心の準備ゼロのところに突然告げられた愛の言葉に、アカリの心臓は驚きのあまり破れそうになる。それに、蒔苗がまさかこんなこと口にするなんて――。
「やめろよ、そういうの。ドキドキして本当に死んじゃいそうになる」
照れ隠しに、返す言葉は素っ気なくなってしまう。でも本当はとても嬉しくて、もし今正面から蒔苗の顔を見たら泣いてしまうかもしれない。アカリは顔をうつ向けた。しかしアカリのそんな気持ちを知ってか知らずか、蒔苗はのんびりした調子で続ける。
「そういえば、生きてる明里もいいけど、死んでるのも捨てがたいな。そうだ、今晩久々に薬飲んであれやらないか?」
「せっかくいい感じだったのに、やっぱりおまえはそういう奴だよ」
滲みかけた涙は一気に引っ込んでしまう。呆れ顔でため息をついては見せるが、しかし実のところアカリだって 内心まんざらでもない。
すでに他の参列者は出て行ってしまい、チャペルに取り残されたのは二人だけ。
これは俺の男。病めるときも健やかなるときも、死んでしまっても熱烈な愛を注いでくれる、俺だけの男。そう思うとたまらなくなる。
「なあ、蒔苗」
名前を呼んで、自分の方を向いた顔をとらえ、アカリは「今夜のお誘い」の承諾がわりに素早くひとつキスをした。
(終)
2017.08.02-08.26