第1話

 書店に寄ってしばらく本を見て歩き、外に出たときにはひどい雨が降っていた。意識したわけではないのに右脚にぐっと力が入り、同時に左脚に視線を落とす。最悪だ、と心の声が思わず口からこぼれた。

「あの、通ってもいいですか」

 自動ドアのすぐ近くで立ち止まっているのが邪魔だったのか、後ろからやってきた女性が困ったように、そして少しだけ迷惑そうに声をかけてきた。

「あ……すみません」

 そう返事をすると同時に横に避けようとして、焦ったせいでよろめいてしまう。不自然に思われただろうか、脚が悪いことに気づかれただろうか。そんなことを考えながらぼくは視線を伏せた。

 交通事故でぼくが左脚の膝下部分を失ってから、早くも半年以上の時間が経った。

 術後ずっと幽霊のように付きまとっていた「幻肢」――なくなった脚がまだ存在しているかのように、なにもない場所に痛みを感じる不思議な現象だ――の頻度もかなり少なくなった。新しい身体感覚に馴染んだはずなのに、ふとした拍子に脚があるときと同じように動きそうになる。それはとても危ないことだ。

 切断面の傷がふさがってからまもなく補装具、ぼくの場合は義足の作成や、それを使って歩くためのリハビリテーションがはじまった。

 ――君は若いし、膝下切断は腿から切った場合に比べればずっと楽だ。いまは辛いが、慣れれば前と大差ないくらいスムーズに歩けるようになるよ。

 装具制作者や、リハビリを担当する理学療法士がそう言うのを、ぼくはただの気休めだと思っていた。いや、甘い言葉を真に受けて、後で思うようにいかない現実に傷つくのが怖かったのかもしれない。

 だが彼らの言葉は少なくともまったくのでたらめというわけではなかった。「最近の、ぐっと性能がよくなった」下腿義足は、バランスの取り方や体重の置き方をマスターしさえすれば、歩く分にはそこそこ優秀な代物だったのだ。

 リハビリ開始から半年を過ぎて、ぼくは平坦な場所を前に進むだけの歩行については驚くほどの上達を見せていた。足首まで覆うズボンを履いて歩くぼくをちょっと見ただけでは、左膝ですっぱり脚がなくなっていることや、その先にサイボーグのような義足がついていることに気づかない人も多いだろう。

 だいぶ慣れてきた――その気の緩みがまずかったのだ。

 退院してからも、野外での義足歩行に自信が持てるまでしばらくは、クロスカントリーのように両手に杖を持っていた。やがて杖は一本になり、いまでは基本的に家に置きっぱなしだ。

 平面歩行に慣れた今でも、階段や坂道でバランスを崩してヒヤッとすることはある。義足では本物の足のようには踏ん張りがきかないので特に下りでの加減がむずかしい。なのに、すれ違う人の注目を集めたくないぼくは杖を捨てることを選んだ。

 とりわけ、休学している大学の指導教官に会いに行った今日は、できるだけに振る舞いたかった。

 入院初期は何度も見舞いに来てくれた友人知人の足が次第に遠のいたのは、ぼくが彼らの訪問を歓迎していないことをはっきり態度に出していたからだろう。

 当初、現状への絶望や将来の不安は、ふわふわとどこか遠いものに感じていた。こんな悲劇も意外と平気なもんだな、とのんきなことを考えていたくらいだ。しかし事故から時間が経ち、現実に引き戻されるにつれてドロドロとした汚泥のような感情がぼくにまとわりつくようになっていた。

 体調さえ良ければいつでも復学して欲しい。手伝いが必要なら喜んでやると仲間たちも言っている。指導教官の言葉は親切で、友人たちのサポートの申し出にも嘘はないのだろう。でも、いまはまだそんなこと考えられない。

 長く歩くと切断面が痛むし、体力も心許ない――そう言って当面の復学を否定して、しかし内心では焦っていたのだと思う。まっすぐ家に帰る気になれずに本屋に寄った結果がこの大雨だ。

 雪や雨で地面の感覚が普段と異なる場合、ぼくの歩行は不安定になる。かといってここには座って休むような場所もない。ぼくにしては長い距離を歩いたせいで、すでに義足の装着箇所は痛みはじめていた。

「もしかして、傘がなくて困ってます?」

 途方に暮れた顔で雨を見つめていると、さっき邪魔そうに声をかけてきた女がこちらを振り向き、手に持っているビニール傘を差し出した。

「え、いや、まあ……」

 ぼくは口ごもった。義足の存在に気付いていない彼女に、わざわざ自分から「大雨の中を義足で歩くのが不安で」とは言えない。

「これ、どうぞ使ってください。わたし、あそこの塾で働いていて、事務所に行けば折り畳み傘もあるんです。返していただく必要はありませんから」

 雨に降られるたびについ買い過ぎちゃって、とぐいぐい来られて断りきれず、彼女が雨の中に去ったときにはぼくの手に傘が残っていた。

 念のためスマートフォンで天気予報を確かめてみると、雨はこのまま夜半まで続く見込みだった。朝見たときにはずっと曇りの予報だったのに……憎々しく思うがどうしようもない。ここに立っていたからといって雨が止むわけでもなく、いたずらに体力を消費するだけ。

 最寄りの駅から本屋までは徒歩五分ほど、そこからひとり暮らしのワンルームマンションまでは約十分。しかも途中には坂道がある。合計十五分は健常者にとってはたいした距離ではないし、急坂だって気にならない程度のものだ。しかし義足では話が違う。

 やっぱりもう少し駅の近くに引っ越そう。ぼくはそう心に決めて、激しい雨の中に踏み出した。しかしそれはやはり、間違った判断だったのだ。

 用心深く一歩一歩踏み締めて歩いたせいで、体力はますます消耗していた。義足のソケット部分に長いあいだ体重をかけ続けたせいで、脚の断切部分はひどく痛んだ。

 桜が散った季節とはいえ日が落ちれば肌寒い。なのにぼくの体は熱くて、冷や汗だけが背中を伝う。頭の中で繰り返す「あと少し、あと数百メートル進めば家に着く」という言葉、それだけが頼りだった。

 そろそろ坂も終わろうというところで、義足をつけた左脚を前に出して地面に下ろした。けれどそこはぼくが思っていたのとは違って――アスファルトには濡れてふやけた大きな落ち葉が張り付いていた。

「あ……っ!」

 あわてて右脚で踏ん張ろうとするが、もう遅い。

 下半身は勢いよく前向きに滑り、気づけばぼくはうっすら水溜りのできかけた路肩に尻餅をついていた。と同時に左膝に嫌な感触。打ちどころが悪かったようで、義足が外れたのだ。

*  *  *

 しばらく、ぼう然とその場に座り込んでいた。

 ビニール傘は転倒の衝撃で手から離れ、一メートルほど先に落ちている。しかし尻を引きずってわざわざ取りにいくような気にはなれないし、すでに傘などあってもなくても変わらないくらい濡れている。

 あまり人通りが多いとはいえない道で、しかも雨の夜。数台の車は通り過ぎたが、いずれもぼくの存在には気づかないようだった。

 どうしよう。

 雨の中で転んで義足が外れた場合――ぼくはまだそんなケースへの対処法を知らない。長ズボンの中で外れている義足を再装着するのは簡単ではなさそうだ。かといって右脚だけで立ち上がって、飛び跳ねて家まで帰るというのもこの雨の中現実的ではない。

 焦って、混乱して、だからぼくは背後から近づいてくる人の気配にも、声をかけられるまで気づかなかった。

 まず頭や顔に叩きつけていた雨粒が止まった。続いて、控えめな声。

「あの、大丈夫ですか?」

 顔を上げると若い男が立っていた。雨の感触がなくなったのは彼がぼくに傘を差しかけたから。腰が引けているように見えるのはきっと彼も警戒しているから。

 暗闇で、街灯からも離れているから彼にぼくの足元は見えていない。見えていたとしても膝下が奇妙に折れ曲がっていることに簡単には気づかないかもしれない。若くて健康そうな男が大雨の中で地面にへたりこんでいるなんて尋常ではない。彼はもしかしたらぼくを酔っ払いか何かだと思っているのだろうか。

 ぼくはどう返事するか迷った。

 こんな惨めな状況、本当は誰にも見られたくないし構われたくない。でも、このチャンスを失ったら? ひとりで家に帰ることはおろか立ち上がることすらむずかしいのだから、このところ連絡を絶っている友人知人に恥を忍んで電話するか。それともいっそ一一〇番にでもかけてみるか。

 両親や友人が向けてくる気まずそうな、哀れむような視線が何より嫌いだ。しかも雨の中座り込んで動けなくなっているこの状況。きっと彼らは、記憶の中にある健常だったころのぼくの姿を思い浮かべて「ああ、土岐津は本当に脚を失くしてしまったんだ」「もう前みたいには動けない、不自由な体になってしまったんだ」と思うだろう。けれどそれを口にすることができず、悲しく気まずそうな顔をするのだ。

「もしかして……具合が悪いんですか? 病気とか、交通事故とか。救急車呼びましょうか」

 返事がないことに困惑したように、男はもう一度ぼくに呼び掛けた。

 改めて顔を見ると、それは同世代くらいのまったく見知らぬ男だった。そしてぼくは惨めな失態を見られたのが友人や知人ではないことに安心していた。

 彼は、ぼくを知らない。彼にとっていまここにいるぼくは、「脚を怪我してまともに歩くこともできなくなってしまった可哀想な友人」ではない、ただの通りすがりだ。

 だったら、一度くらい頼ったって。

「具合が悪いわけでも、怪我をしているわけでもないんです。ただ、足を滑らせて転んだ拍子に義足が外れてしまって……」

 ぼくはそう言って、ズボンの裾をめくってみせた。そこにはカーボン素材でできた骨組みが剥き出しになっている。

 彼ははっとしたように顔色を変え、ぼくを見た。