宇田のボトムを脱がせようとすると、誘われたように彼の手もぼくの左ももに伸びた。その指先が、断端を覆うシリコンを捲ろうと動く。
義足本体は外してしまったが、断端にはシリコンライナーをかぶせたままだった。ライナーの先端には義足を懸垂するための金属ピンがついているので、このまま密着すれば宇田の体を傷つけてしまかもしれない。
下着を脱ぐこと以上にライナーを外すのは当たり前のことなのに、それでも躊躇したのは、今日のぼくは宮脇の言葉に動揺するがあまり、宇田を待つ間にシャワーのひとつも浴びなかったからだ。
リハビリを終えたときに一度タオルで拭いたとはいえ、それからは暑い野外を歩いてきた。昔からの義足利用者からすれば最近のライナーは驚くほど通気性が改善しているらしいが、ぼくにとってはこれが義足を使うようになって以来初めての夏。暑苦しさも不快感も尋常ではない。
きっとシリコンライナーの内側には汗が溜まっている。嫌なにおいがするかもしれない。せっかく好意を確認しあったところで宇田にマイナスの印象を与えたくはなかった。
「自分でできるよ」
「どうして? さっきはおれに外させてくれるって言ったのに」
やんわりと制するが、宇田は案外にしつこい。どうやら正直に理由を告白しない限りは許してもらえそうにない。
「……外から帰ってきたままだし。多分汗くさい」
「別に気にしないよ、そんなこと」
そのまま彼はするするとライナーを外してしまった。いくら気にしないと言われたところで、納得できないぼくは脱ぎ捨てたばかりのシャツを拾って汗で湿ったままの断端を拭った。
上半身を起こした宇田に、ベッドに膝をついた状態で向き合う。
「脚、痛くない?」
「膝は残ってるから、そんなに心配しなくてもいいってば」
いつまでも脚のことばかり心配されては先に進まない。宇田の言葉をさえぎるように唇に噛み付いてから首筋をたどることにする。他の部分と同じように彼の首からも薄い汗の味がした。
さっきの愛撫で乳首で感じることはわかっているから、片手で胸を触りながら反対の手で下着越しに性器を擦った。布越しにもわかるくらい硬くなっている茎部分を狙って輪郭をなぞると、すぐに宇田の呼吸は荒くなる。これでもう、脚のことなんて忘れてしまうはずだ。
「あ……、っ」
目元を赤くして吐息をもらす姿は、普段の穏やかで冷静で――どこか掴みどころのない彼とは違って見える。
数ヶ月のあいだ少しずつ距離を縮めながらも、ぼくにとっていつだって宇田は少し遠くて高い場所に存在していた。ただ憧れて崇めるだけの男をようやく手繰り寄せて、腕の中につかまえた。喜びにはほんの少しだけの背徳感が混ざる。
「宇田くん、見せて」
手の中で育てたものを直接見たくて乱暴に下着を引き摺り下ろすと、弾力のある性器が首を振って顔を出し、続いてその下にある柔らかな膨らみもあらわになった。細身の体の割には大きく、茎はすでに生々しい血管を浮き上がらせている。
これまで「擦りあい」をするときには、遠慮が邪魔をしてじっくり眺めることはできなかった。ようやく堂々と彼の体や反応のひとつひとつを観察し堪能することが許される、濡れて艶めく赤い先端にぼくはごくりと唾を飲み込んだ。
「すごい、エロいね」
「……土岐津くんっ」
露骨な言葉を咎めるように宇田が僕の名を呼ぶ。しかし羞恥心が結びつく先はどうやら嫌悪ではなく快楽であるらしい。舐めるような視線に彼の勃起は震え、ぬるつく液体が割れ目ににじんだ。
たまらず自分のペニスも取り出すと、ふたつの性器をひとまとめにして手で擦る。手での刺激が気持ちいいのはもちろんだが、宇田の欲望とぼくの欲望が触れ合い、擦れ合うと頭の奥がしびれて思考がとろける。
「宇田くん……」
うっとりと名前を呼ぶ。手の中で宇田の体温とぼくの体温が混ざり、ふたり分の先走りのせいで、ちゅくちゅくと濡れた音が部屋に響いた。より強い刺激を求めてぼくは腰を動かしながら宇田の手を導く。彼の滑らかな手は誘われるままに性器を擦り立てた。
目を閉じて、唾液で濡れた唇は薄く開いて、これまでに見たことないほど煽情的な姿で宇田はやがて達した。
いつもと同じように、彼の精液は粘り気が強く量も多い。それは宇田が頻繁に自慰やセックスをしないことを意味する。もちろんぼくにとっては嬉しいことだ。白濁を撒き散らしながら甘い息を吐く唇にむしゃぶりついて、ぼくもすぐに達してしまった。
射精直後の脱力感のせいか、宇田が俯きぼくの肩に額を押しつけた。まるで犬猫が懐いてくるような仕草は胸をくすぐり、すぐに下半身にも火をつける。ようやく宇田に受け入れられた喜びと興奮のせいで、とてもではないが一度の解放だけで終わることなどできそうにない。
くたりと力の抜けた体を抱きしめて、まずは未成熟な翼のように飛び出したふたつの肩甲骨を撫でる。そして前傾しているせいでくっきりと浮き出た背骨のひとつひとつをくすぐりながら、手を下にずらしていった。
「くすぐったい」
体をよじってくすくすと笑う宇田の息が首筋にかかって、ぼくもまたくすぐったさに身悶える。そして背骨を数える指はやがて尻の間に近づいていく。
中指の腹が尻の割れ目に差し掛かったところで指を止めた。この先に進むことはそのまま次の意図をあらわにする。宇田の薄い尻の間をもう少し先まで探れば、きっと小さく窄まった場所にたどり着く。
何度か意識したことがある〈ただ手で触れ合うだけの、その先〉にある行為。やり方としてはきっと、女の子相手とさして変わらないのだろう。もちろんセックスのための場所ではないから、少し念入りに、優しく。そうすればぼくはすぐにでも宇田とつながることができるのかもしれない。
でも――体と体が密着しているせいで、尻のあいだに触れられた宇田の体が緊張で硬くなったのが伝わってくる。
少し迷ってぼくは直截的な質問を口にした。
「経験は?」
あると言われれば傷つき腹が立ったに決まっている。だから宇田が控えめに首を振って「ううん」と答えたときには、ほっとした。
この先の行為には興味がある。本当ならすぐにでも彼の中に押し入りたい。一方で、あまりの急展開に知識や準備が追いついていないのはあまりに明白だった。
宇田にはずっと、だめな部分や醜い部分を見られてきた。そんな自分を受け入れてくれたからこそ彼に強く惹かれたのは確かだ。だが、いや、だからこそ、もうこれ以上の失態は晒したくない。
未練がましい気持ちをおさえてぼくは宇田の尻の割れ目から手を離した。
「……いいの?」
明らかに安堵しているにもかかわらず、宇田は一応こちらの意向を確かめてくる。その態度があまりに健気に感じられて、ぼくは、いっときの欲望で彼を乱暴に扱わなかった自分の選択に感謝した。
「無理させるつもりじゃないから」
これは過去に経験した幼稚で安っぽい恋愛とはまったく異なっている。
まるで性欲だけに突き動かされたような、そんな関係はぼくたちにはふさわしくない。宇田にも僕にもそこを使って愛し合った経験はないのだから、焦るよりはゆっくり、じっくりと関係を深めていきたい。
脚を失ってからぼくはずっと孤独だった。
けれど、もうひとりではない。
宇田だけはぼくを理解してくれる。宇田だけはそばにいて、ぼくを受け入れてくれる。あまりにも舞い上がった、おおげさな表現であることはわかっている。それでもぼくは宇田を腕の中に閉じ込めたまま思った。
――もしかしたらぼくは、宇田に出会うために左脚を失くしたのかもしれない。