14.  王殺し

 温かな重さで〈王殺し〉は目を覚ます。

 窓の外はうっすらと明るくなっていて、ほんのひと眠りするつもりが熟睡してしまっていたようだ。顔を上げて重さを感じる方向へ目をやると、〈少年王〉が獣の黒褐色の毛皮に包まれた体に覆いかぶさるようにして眠っていた。全体的に硬くごわついた体の中で唯一柔らかなしっぽを枕代わりにすやすやと寝息をたてる少年の姿はひどく無防備で幼く見える。しっぽをそよそよと動かし白い頬をくすぐってやると、その口元は何やら楽しい夢を見ているかのように少しだけ緩んだ。

 布団も掛けずにこんなところで眠って、風邪を引いてはしまわないだろうか。まず浮かんだのはそんな考えで、〈王殺し〉は目を覚ましたらこの子どもを喰らい殺そうと思っていたことなど忘れ、眠る少年をじっと眺めていた。

 ただただ不思議だった。最初に湖に映したときには自分自身ですら驚き怯えたほどの醜い獣を〈少年王〉はなぜ寝室に招き入れ、食べ物を与え、寄り添って眠るのか。王というのはよっぽど退屈な仕事で、だから戯れに物珍しい生き物に構ってみようと思い立ったのだろうか。〈王殺し〉は、王の挨拶の時間につどった民衆たちのことや、あのときの〈少年王〉の不安そうな表情を思い出す。この国の人々はこんな子どもが国を背負い雨すら降らせることができるのだと信じている。そして、西の果てで〈王殺し〉から名前と姿を奪った不思議な声は確かに「王を殺せ」と言った。

 だが〈王殺し〉の体の上で眠る〈少年王〉は驚くほど軽く儚いただの子どもで、人並み外れた特別な力を持っているようには思えない。雨を降らせる力もわざわざ殺さなければいけないほどの価値も、一切感じることができないのだ。

 あの声は一体どうしてこの少年を殺すよう命じたのだろうか。もしかしたらあれは何かの間違いなのではないだろうか。あまりに穏やかに眠っているから起こすのも気が引けて、〈王殺し〉は丸くなったまましっぽで〈少年王〉を撫で続ける。うっすら金色の産毛が見えるほどの距離に無造作に腕が投げ出されていて、やがて本能的な欲求に突き動かされるように〈王殺し〉は舌を出し細く白い腕をぺろりと舐めた。少しばかり塩のような味がするだけなのに、なぜか強い酒を口にしたような気分になった。

「……ん……」

 ざらりとした舌の感触が刺激になったのか、〈少年王〉が声を上げて身じろぐ。いたずらに気付かれた子どものように〈王殺し〉はびくりとして、しっぽの動きを止め舌も引っ込める。

 髪と同じ銀色の厚いまつ毛に縁どられたまぶたが持ち上がるとそこからは黒い瞳があらわれる。焦点が合うまでは少し時間がかかったが、いざ意識を取り戻すと〈少年王〉は弾かれたように立ち上がる。つられて立ち上がった〈王殺し〉も毛を逆立てて警戒心をあらわにした。

 夜の魔法は解け〈少年王〉の気まぐれは終わったのだろう。朝の光の中ではっきりとこの禍々しい獣の姿を目にして、少年は怯えて人を呼ぼうとしているに違いない。だったらその前に、ひと思いにあの首筋を――。しかし〈少年王〉が次にとった行動は、思いもよらないものだった。

「いけない、もうこんな時間だ」

 廊下から人々の足音や話し声が響いてくるのに気づくと〈少年王〉は突然〈王殺し〉を抱え上げようとするかのように、その胴体に細い腕を伸ばした。しかしいくら痩せ細ったとはいえ少年の目方よりもずっと重い獣が手に負えるはずもなく、脚の一本を浮かせることもままならない〈少年王〉は困った顔を向けてくる。

「君、ここにいるのがばれたらきっとつまみ出されてしまう」

 そして自身の寝台に駆け寄ると床まで垂れたシーツをめくり、その下の空間を指で示すと意味がわからず立ちすくんだままの〈王殺し〉に懇願するような口調で語りかけた。

「お願い、ここに隠れていて。おとなしくしていればきっと大丈夫だから」

 ほとんど同時に扉を叩く音がして、外から侍女の「おはようございます陛下。湯浴みの準備が整いました」という声が聞こえてくる。〈少年王〉は部屋に入ってくる人間から身を隠すよう必死に訴え〈王殺し〉はどうするべきか考えを巡らせた。外にいる人々に見つかれば追い払われるか殺される。もちろんその前に〈少年王〉を食い殺すという選択肢もあるにはあるが、王殺しの約束を果たしたからといって瞬時に元の人間の姿に戻れるとは限らない。戻れたとして、首を噛みちぎられている〈少年王〉の隣に不審な大男が立っているところを見た従者たちが何を想像するかはわかりきっている。とりあえず今の〈王殺し〉には、〈少年王〉の言うがままに身を隠す以外の方法はなさそうだった。

「よし、いい子だ」

 おとなしく寝台の下に滑りこんだ〈王殺し〉に安心したような声をかけ、〈少年王〉はシーツを元どおりにした。ちょうどそれと同時にドアが音を立てて開き、複数の足音が部屋に入ってくるのを〈王殺し〉の鋭敏な耳は察知した。

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