20.  王殺し

〈少年王〉は眉根を寄せて、言葉を続ける。

「毎日、午後に北の塔の地下室でお祈りをするんだ。国や人々のために一生懸命祈っているつもりなんだけど、最近どうしても……。もしかしたら雨が降らないのも、僕がちゃんと祈れていないからなのかもしれない」

 あいまいな言葉のみで〈少年王〉は、それ以上話を続けようとはしなかった。疲れたように黙りこんで、やがて前の晩と同じように〈王殺し〉の体にもたれて眠ってしまった。

「ガウ……ウウ……」

 せっかくあんなに立派な寝台があるのに、床で獣と眠るなんてもったいない。それに〈少年王〉は透けそうなほど薄い寝巻き一枚しか着ていないのだ。上掛けのひとつもなしに眠って風邪でも引いてしまったら大変だ。

 だが、さっきまでの不安そうな表情とは打って変わって、すやすやと気持ち良さそうに眠っているから起こすのも可哀想になってしまう。〈王殺し〉は少しでも〈少年王〉の体が冷えないようにと、汚れを拭われてきれいになった大きなしっぽで少年の体を覆った。

 それにしても、ちゃんと祈れないというのはどういう意味なのだろう。雨が降らないことが気にかかって集中できないということなのだろうか。自分なりに考えてみるが〈王殺し〉には〈少年王〉の言っていた意味がよくわからない。たとえわかったところで自分ごときに何ができるとも思わないが、彼を苦しめるものが何なのかを知りたいという欲求は感じる

 翌日、ちょうど昼過ぎの王の挨拶にあわせて人が少なくなった隙に〈王殺し〉は部屋を抜け出した。

 聞き耳を立てながらひと気のない方向を選んで外を目指すが、途中で何人かに姿を見られた。迷い込んだ野良犬だと思われたようで、大声で追い立てられ一度はものを投げられたがなんとか逃げおおせることができた。でもきっと、警戒されてしまって〈少年王〉の部屋に戻ることは難しくなっただろう。

 北の塔の近くはうら寂しく静かで〈王殺し〉にとっては落ち着ける場所だった。塔の裏の茂みに潜んで、今日もここを訪れるであろう〈少年王〉を待つことにする。

 思ったよりはずいぶん長く待たされた。場所か時間を間違えただろうかと不安になりかけた頃になってようやく、白髪に白いひげをたずさえた年老いた男と〈少年王〉が現れた。きっと、あれが〈少年王〉の言っていた筆頭賢者と呼ばれる男なのだろう。

 実は〈王殺し〉には「賢者」というのがなんなのかもよくはわかっていないのだが、国で一番力を持つはずの王に言うことを聞かせるというのだから、何か特別な知恵や能力を持っているのだろう。例えば〈王殺し〉の暮らしていた西の果ての村にも、人々に尊敬されている長老がいたが、彼はちょうどあの筆頭賢者のように年老いて立派なひげをたくわえていた。

 筆頭賢者が鍵を開け、憂鬱そうな顔をした〈少年王〉の背中を押すと二人は塔の内側に入っていった。跡をつけるかどうか悩んだが〈王殺し〉は外で様子を見ることにする。しばらく経ってから筆頭賢者ひとりが出てきた。中に残されたのが〈少年王〉だけであれば、様子を見に行く好機だと思った。

 北の塔の扉を閉めると筆頭賢者は小さくため息をつく。そこにちょうど別の男がやってきた。この男は筆頭賢者ほど年老いてはいないが、貫禄のある態度と立派な装いからして同じく高い地位にある人間だろう。

 筆頭賢者はその男に気づいて「宰相殿」と呼びかけた。

「どうだ? あの子どもの様子は」

 宰相と呼ばれた男は筆頭賢者に質問をする。答える老人はひどく憂鬱そうだ。

「どうにもこうにも、相変わらず不機嫌な顔で黙ったきりだ。昨晩は珍しく食事はたいらげたと聞くが、元気もなさそうだ。雨が降らないばかりかあんな頼りない態度でいるものだから、そろそろ民衆の不満も抑えきれなくなりそうだ。今日はとうとう王の挨拶の時間にヤジが飛んだらしいではないか」

「……新しい王探しも楽ではない。もうしばらくはあの子どもで持たせたいものだが」

 宰相の言葉に筆頭賢者はうなずく。

「そうだな、様子を見よう。もしも王を焼いても雨が降らなければ、それもまた厄介だ。王をおろすならば用心深く、民衆の不満を焚きつけて国民の判断として行われるようにしなければ我々にも火の粉が……」

 小さな耳を精一杯立てて〈王殺し〉は必死に会話の内容を聞き取ろうとした。男たちの話している内容が十分に理解できるわけではないが「もうしばらくは」とか「王を焼く」とか「民衆を焚きつける」とか、聞き捨てならない言葉があちこちに散らばっている。

 一体彼らは何を企んでいるのだろうか。

 少なくとも〈少年王〉の感じている孤独は間違いではなかった。彼をすぐ近くで見守っているはずの国の高官たちは〈王殺し〉が見る限り〈少年王〉の敵だ。

 男たちの姿がなくなると、とりあえず〈少年王〉の様子を確かめようと〈王殺し〉は北の塔への侵入を試みる。しかし出て行くときに筆頭賢者が施錠してしまったので、いくら鼻で押したところで重い扉は開かない。

 他に入り込める場所も見つからないので〈王殺し〉は老婆に授かったあの不思議な術を使うことにした。地下に続いているであろう小さな換気用の窓を見つめて強く願うと〈王殺し〉の体は再び溶けて黄金色の雨へと変わった。