21.  王殺し

 やがて溶けた体が元どおりに戻る感覚があり、気づけば〈王殺し〉は北の塔の中にいた。

 一瞬、入り込む場所を間違えたのかと思った。というのも、そこは薄暗く冷たくじめじめとした狭い場所で、王の祈りのための神聖な場所というよりはむしろ牢獄のように見えたからだ。しかし、先ほど塔の外側で聞いた宰相と筆頭賢者の怪しげな会話を思い出すと、彼らが〈少年王〉をこんなひどい場所に押し込めてしまうのも不思議はないような気がしてくる。

 狭い部屋の真ん中に石でできた人ひとりが横たわれるほどの台座があり、〈少年王〉はぐったりと横たわっていた。祈っているというよりはただ具合悪そうに倒れこんでいる姿に〈王殺し〉は焦った。昨晩床で寝たりしたから病気にでもなったのだろうか。

「ガウ、ガウ」

 近寄り呼びかけるが、〈少年王〉は〈王殺し〉と二人きりのときに見せるような柔らかい表情とも、人々の前に出るときの憂鬱で不安げな表情とも違う、焦点の合わない目で虚ろな様子をしていた。

 体を揺さぶって起こそうとした〈王殺し〉は動きを止める。生まれ育った西の果ての村には不思議な力を持つと言われる巫女がいて、村民の病気のときなど頼りにされていた。もちろん〈王殺し〉のような底辺に位置する人間は巫女に頼るどころかその姿を見ることすら普段は許されていなかった。だが、一度だけ村の祭りで豊穣を祈る巫女の姿を見たことがある。彼女は今の〈少年王〉と少しだけ似た虚ろな表情で祈りの儀式に臨んでいた。そして、誰かが、神と交信するときにはあんな風になるのだと言うのを聞いた。

 もしかしたら〈少年王〉もあのときの巫女のようなトランス状態に入っているのだろうか。だったら、祈りに集中できないことを嘆いた彼がせっかく神と通じているのに起こしてしまうのはいけないことなのかもしれない。どうすればいいかわからなくなった〈王殺し〉は少しだけ距離を置いて〈少年王〉の姿を見守ることにした。異変があればすぐに飛びかかって、起こせばいい。

 ぐったりと横たわっているだけだった〈少年王〉は、しばらくたつと異変を見せた。びくりと全身を震わせると、小さな唇が戦慄くように動く。ほとんど吐息だったが、かすかに「嫌」という声が聞こえたような気がする。

 悪い夢でも見ているのだろうか。〈王殺し〉が不安な気持ちで見守る中で、次第にうなされているかのように〈少年王〉は呻き声を上げながら、身悶えはじめた。

「……っ、あっ」

 苦しんでいるような悩ましいような吐息を次々こぼす〈少年王〉にいつ飛びかかるべきかタイミングを伺っていた〈王殺し〉はしかし、次の瞬間驚きのあまり動きを止めた。

 石の台座の上で横たわったまま〈少年王〉は薄い着衣の上から自らの胸元に右手を伸ばした。それと同時に両膝を軽く開いた形で立て、服の裾から空いている左の手をすっと差し込む。

 その動きの意味は〈王殺し〉にすぐにはわからない。なぜなら〈少年王〉は少年から青年に変わりつつある年頃ではあるものの、あまりに頼りなく幼く、これまでまったく性の匂いを漂わせることがなかったからだ。もちろん〈王殺し〉自身が今まで誰かからそういった意味で関心を持たれたこともなく、性愛についてとんでもなく無知だったというのもある。

 とにかく〈王殺し〉は目の前で何が起きているのかわからず、しばらくの間はただじっと、隠微に自らの体に触れ、悩ましい声を漏らす〈少年王〉をあっけにとられて見つめていた。

「嫌……、ああっ」

〈少年王〉は薄い絹の上から自らの胸をまさぐる。その下に何があるかは知っているが、男がそんな場所に触る意味は〈王殺し〉にはわからない。だが〈少年王〉の指先がその場所を指の腹で数度こすると、衣の下から濃い桃色に色づいた小さな突起が透けて浮かび上がる。いやらしく布を押し上げたそれを〈少年王〉は二本の指で擦るようにつまみ、さっきより強くなぶっては、ひときわ甘い声をあげた。

 左手は彼の両脚の奥深い場所へ潜んでいく。そこに何があるかは〈王殺し〉だって知っている。女は知らないが、生理的な欲求に突き動かされて自慰をすることくらいは自分にもある。だが幼く清廉に見える〈少年王〉がこのような生々しい行為を自らの手でするとは思ってもみなかった。

 目の前で、何かに取り憑かれたようにいやらしい行為に耽る〈少年王〉の姿は、あまりにも意外で、おそろしくて美しかった。衣装が大きくめくれ上がって細く白い太ももの上の方まであらわになり、そこに足の付け根からつうっと透明な液体が流れてきた。

「……ん、ふ、あっ」

 その奥に指を進める〈少年王〉の隠微な表情に、気づけば〈王殺し〉の口はだらしなく開き、石の床にぼたぼたとよだれをこぼしていた。はっとして石の台座から目をそらす。だめだ、自分が何をしにここへきたのか思い出せ。俺は彼の助けになりたくて――。

 ふと、台座の近くに置かれた盃が目に入った。薄汚れているが中にはまだ少しだけ暗い色の液体が残っている。状況からして〈少年王〉が祈りの前に何かを飲んだ、いや、飲まされたのだろうか。そういえば彼の姿はまるで酩酊しているようにも見える。

 酒かもしれない。〈王殺し〉は盃に近寄ると中に残った液体をペロリと舐めた。薬草のような匂いがして、苦みの強い今まで口にしたことのないような味がした。酒を口にしたときのような刺激はないので、つい正体を見極めようとして〈王殺し〉は残りの液体すべてを舐めつくしてしまった。

 効果が出るまでには少し時間がかかった。視界の隅に奇妙なものが現れたので〈王殺し〉は全身の毛を逆立て、〈それ〉に向かってうなり声をあげた。

 黒っぽい〈それ〉は草の蔦のような形をしているが、大人の男の腕くらいの太さをしたものから、ごく細い紐状のものまで大きさはさまざまだ。表面は粘液に覆われているのか、ぬらぬらと若干の光沢を持っている大小の無数の〈それ〉が部屋の隅から現れ、ざわざわと石の台座に向かっていた。

 異様な光景に圧倒された〈王殺し〉は、はっとして台座に視線を戻す。そこでは〈少年王〉が全身を〈それ〉に全身を拘束された上で、まさぐられ、なぶられ、悩ましい声をあげていた。

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