23.  少年王

 祈りの時間の終わりはいつも同じだ。

 頃合いを見計らって筆頭賢者が北の塔に戻ってくる。だが〈少年王〉が気づくのはいつも彼が部屋の中に入ってきてからだ。なぜなら彼はいつも石の台座の上で揺り起こされるまで意識を失ったままでいるからだ。

 目を覚ました〈少年王〉は、自分の身に起こっていたことが夢だったのか現実だったのかわからず不安に襲われる。あんなにひどく〈あれ〉に蹂躙されたはずの体はきれいになっていて、身体中を湿ったものに這い回られた痕跡も、何度も搾り取られた精液の飛び散った形跡もどこにもない。ただ、体の奥にはうっすらと熱が残っていて筆頭賢者の枯れて老いた顔を見るのがどうにも気まずく感じられた。

 だが、今日の目覚めはいつもと異なっていた。

 大きな叫び声で〈少年王〉は目を覚ます。体はいつも以上にだるく、重い下肢を動かすと脚の間が鋭く痛んだ。何とか上体を起こすと、扉を開けたそのままの姿で筆頭賢者が恐怖の表情を浮かべて凍りついているのが目に入る。

「へ、陛下……」

 叫び声の次に、震える声で〈少年王〉を呼ぶ。

 老翁が今までに見たことのないような表情を浮かべ、聞いたことのないような声を発したことから、ただ事ではない何かが起こっているのだと察した〈少年王〉は、重いまぶたをこじ開け視線を動かす。

 そして気づいた。台座の上にいる自分が一切の衣服を身につけていないこと。裸の体のあちこちにひっかき傷や噛み跡がついていること。台座の周囲にばらばらにちぎれた布きれがちらばっていて、ひどく痛む脚の間が……血と白濁で汚れていること。

 はっとして視線を落とすと、台座のすぐそばの床で獣が眠っていた。前の晩に部屋で見たのと同じような穏やかな表情ですやすやと眠っている。しかしその姿を見て??〈少年王〉の記憶にはさっきまで自分の身に起こっていたことが蘇った。

 そうだ。最初は何が起きているのかすらわからなかったのだ。毎日のように体を蹂躙してくる忌まわしい〈あれ〉を退治してくれたはずの獣が、我を忘れたかのように凶暴に〈少年王〉の体に襲いかかってきたこと、それ自体が信じられなかった。

 嫌悪とは違ったと思う。驚きと戸惑い。自らの手から直接ものを食べさせたり、体を拭いてやったりしたときの穏やかで優しげな獣と、うなり声を上げて〈少年王〉の体を組み敷いてくる獣はまるで別の生き物のように思えた。

「待って! どうしたの?」

 声をかければ冷静さを取り戻すかもしれないと思い呼びかけるが、獣の耳に届いている様子はない。抵抗を試みようと手足をばたつかせると、獣のうなり声はむしろどう猛さを増し、押さえ込んでくる脚先からは鋭い爪が飛び出した。勢いあまって右腕が爪をこすると、そこにはすっと冷たい感触が走る。しまったと思い目をやると、腕に赤く細い一本線が現れ、そこからじわじわと血がにじむのが見えた。

 血を見たことで抵抗する気力を失った〈少年王〉だが、しばらくは獣の目的がわからないままでいた。あんなにもうまそうに肉を食べていたから、自分も食われてしまうのかもしれないと思った。しかしやがて、獣の目にみなぎっている欲望が食欲とは違うものであることに気づく。

 獣の赤い舌が首筋をべろりと舐めると、背筋を何ともいえない感覚が走り抜けた。

「あっ……」

 その舌は「あれ」と同じように湿っているが、〈あれ〉とは違ってざらついてひどく熱い。気持ちが悪いけれどそれだけではないのは〈あれ〉に襲われるときと同じ。いや、たくさんの触手にいっせいに触れられるのと比べて、熱い舌で一箇所だけに触れられると感覚がそこに集中するのか体はより鋭敏になる。

 まるで〈あれ〉の動きをなぞるように獣が舌で体をなぞる。首筋から鎖骨へ、胸から脇腹へ。

「やっ、んん」

 熱く濡れた舌が尖った乳首を舐めあげると、思わず〈少年王〉の口からは甘い声が漏れる。何度も何度も、まるで煽るように獣は〈少年王〉が体を震わせる場所ばかり強弱をつけて舌で嬲った。

 おそろしいのは〈少年王〉自身も〈あれ〉に襲われているときとは違って嫌悪を感じないことだ。ためらいがちな吐息はやがてあからさまな喘ぎになり、獣の舌が胸の突起から腹へ下がっていくにつれて、まだ少年らしく未熟な下肢は期待に角度をつけはじめた。やがて、獣がへその下を舐めはじめる頃には、期待でみっともなく腰を揺らし、ようやく生えそろったばかりの下生えは自らにじませ滴らせたものでびっしょりと濡れていた。

「ああっ! は、ぁんっ」

 獣がいよいよそこに舌を滑らせると、〈少年王〉の口からはたまらず歓喜の声がこぼれた。気持ち良くてたまらず、もっともっととねだるように自らそこを獣の口にこすり付けるような動きさえしてしまう。どうしようもない快楽に〈少年王〉は身もだえした。

 だがそれも獣の大きな体の下で屹立する大きな性器が目に入るまでだった。

「やっ。だめ。それはだめ、無理……」

 あまりに凶暴で大きなそれが自分に向けられていることに気づき、さすがに怯えて後ずさるものの、細い体はやすやすと押さえ込まれ、そこからの記憶は定かではない。

 気を失う前に起こったことを思い出した〈少年王〉は戦慄した。自分が獣と交わったことはもちろんだが、何より今、言い逃れしようのない姿を筆頭賢者に見られていることがおそろしかった。

「陛下。その獣は一体どこから……」

 怒りが混じる声が耳に入ったのか、獣が目を覚ました。その目にもはや凶暴さは宿っておらず、昨晩まで〈少年王〉が見てきたのと同じ優しく寂しい。一瞬、何が起こっているかわかっていないかのように獣は周囲を見回した。

 そして〈少年王〉を視界に入れた獣は動揺したようだった。もしかしたら彼自身が何をしでかしたかを理解したのだろうか。ひどく気まずい、怯えた表情を見せた。

「貴様、陛下に一体何を!」

 叫び声をあげた筆頭賢者が獣に向かって鍵の束を投げつける。唖然としていた獣は突然の攻撃を避け損ね、金属の塊が横っ腹を直撃した。慌てたのか、おののいたのか、獣は弾かれたように走り出すと筆頭賢者の隣をすり抜けて地下室を出ていく。

 そして、目の前の出来事をただ呆然と眺める〈少年王〉に、筆頭賢者は震える声で問いかけた。

「陛下、獣と交わったのですか……?」

〈少年王〉は黙り込む。そしてもちろん筆頭賢者はそれを肯定だと捉える。

「悪魔です。獣と交わるなど、悪魔の所行です……」

 真っ青な顔で震えながら〈少年王〉に歩み寄った筆頭賢者は、次の瞬間とても老人とは思えない強い力で赤い爪痕のついた細い腕をつかみ、冷たい目で彼をにらんだ。

「あなたは、もはや王とは呼べない」

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