24.  王殺し

 目を覚ました〈王殺し〉は、一瞬自分がどこにいるのかわからず混乱した。石の床に腹をつけて、いつのまにか眠っていたようだ。そういえば、粗悪な酒を飲んで眠った翌朝にもこんな気分になったことがあったかもしれない。頭は重く少しばかり痛むが、一方で体の奥がすっきりとしたような感覚もあった。

 顔を上げると、そこには〈少年王〉がいた。しかしその姿は奇妙としかいいようがない。石の台座の上で上半身だけを起こしているが、その体には何もまとっていないどころか白い肌の至るところにひっかき傷や咬み傷といった、まだ新しく生々しい跡がたくさん残っていた。

〈少年王〉が〈王殺し〉を見た。寂しそうな顔、嬉しそうな顔、不安そうな顔……たった二日間の間にこの少年の多くの表情に触れた気がするが、今彼が浮かべているのはそのどれとも違っている。

 そして彼の黒い目に射貫かれて〈王殺し〉は眠りに落ちる前に何が起きたか、自分が無力な彼に何をしたかを思い出し戦慄した。

 杯の液体を飲んで、奇妙な気分に襲われた。

〈少年王〉の幻覚を共有したのだろうか、それとも〈あれ〉は本当に存在したのだろうか。ともかく〈少年王〉の体に襲いかかりむさぼる〈あれ〉の影を目にした瞬間、頭に血が上った。怒りに任せて飛びかかると、影は〈王殺し〉の鋭い爪や牙の前にあっけなく消え去った。

 昨晩〈少年王〉が言っていた祈りの時間が苦痛である理由はきっと、あの影のことだったのだろう。〈王殺し〉は彼の苦痛が何であるかを探りそれを取り除くためにここにやって来たのだから〈あれ〉を退治した時点で目的は果たされたはずだった。それだけでよかったのだ。

 だが〈王殺し〉は、影の前に喘ぎ乱れる〈少年王〉の姿に我を忘れた。たとえあの液体に何か特別な作用があって、その結果として自制心が失われたのだとしても、きっと芽は自らの中にあった。自分自身でも意識していなかった少年への劣情がかきたてられた、その結果がこの有様だ。

〈王殺し〉はうろたえ怯えた。自分は〈少年王〉を傷つけ、辱めた。そしてきっと失望され、嫌われた。

 次の瞬間大きな音がして横腹に衝撃が走る。金属の塊が投げつけられ無防備な腹を殴りつけたのだ。顔を上げると白髪に白鬚の老人、あの筆頭賢者が怒りに燃えた目でこちらを見ている。

「貴様、陛下に一体何を!」

 かすれ気味な怒号は耳に鋭く響き、動転した〈王殺し〉は石の床を蹴った。どうしたらいいのかわからない。ただ、ここから逃げ出したかった。だって、あの優しい〈少年王〉をひどい目に遭わせてしまったのだ。恥ずかしくて情けなくておそろしくて、そしてあまりに気まずくて同じ場所になどいられない。

 憤怒を浮かべる筆頭賢者の脇をすり抜けると〈王殺し〉は疾風のような勢いで階段を上り、塔の外へ飛び出した。

 混乱と後悔はとめどなく湧いてくる。なぜこんなことになってしまったのだろう。ただ〈少年王〉を助けたかっただけなのに。だって彼は、これまで誰ひとりかえりみなかった自分を清潔で心地よい部屋に招き入れてくれた。食べ物を分け与え、体をきれいにしてくれた。なにより優しく見つめ、話しかけ、体に触れてくれた。血を分けた母親すらそんな風に接してはくれなかったのに〈少年王〉だけは違っていた。何か特別な、この世界でたった二人きりの仲間であるかのように〈王殺し〉を扱ってくれたのだ。なのに――。

 だが、激しい後悔の一方で〈王殺し〉の肉体は、昨晩の興奮と無理やりの行為から得られた満足をはっきりと記憶している。そんな自分を忌まわしく思うが、はじめて味わった快楽はあまりに大きかった。なぜなら〈王殺し〉は、これまで女とも男とも寝たことはなかった。そもそも自分が誰かと褥をともにすることが許されるとも思っていなかった。

 今の〈少年王〉と同じくらいの頃、村の若い男たちから面白半分に山羊をあてがわれたことがある。嫌だと拒んだが許してくれないので、手でこすって何とか性器を硬くしてから雌山羊に背後から近づいた。驚いた山羊はしなやかな後ろ脚で〈王殺し〉を蹴飛ばし、去って行った。周囲の男たちは笑い転げ、地面に無様にのびた〈王殺し〉は、狭い場所にそれを押し込む快楽が得られなかったことにわずかに失望しつつ、動物と交わらずにすんだことにほっとした。

 そう、獣と人が交わることが禁忌だということは、学のない〈王殺し〉ですら知っていることだ。しかしこんなにも醜い獣の姿をしておきながら、〈王殺し〉はあの細く頼りない〈少年王〉を力で組み伏せ、硬くそそり立ったものを脚の間の狭い場所にねじ込んだ。

 周囲の白い肌と色の異なる充血した場所に舌を這わせれば〈少年王〉は普段のあどけなさからは考えられないような反応を見せ〈王殺し〉はそれだけで欲望をおさえることができなくなった。〈少年王〉はざらついた舐められている間こそ気持ちよさそうに声をあげ、腰を揺らしさえしたが、〈王殺し〉の興奮を目にするとさすがに恐怖に怯えた。なぜなら脚の間にそそり立つそれが、人間の大人の男と比べても大きく凶暴だったからだ。

 だが、獣の欲望を抑え込むことはたやすくない。震えながら「嫌」とつぶやいて後ずさりする体を抑え込んで〈王殺し〉が無理やり挿入すると彼は苦痛の声を上げ、白い腿を破瓜の赤い血が伝った。しかも〈王殺し〉の性器の根元には精液を溜めた瘤が大きく膨らみ狭い内部にひっかかる構造になっている。すべての欲望を吐き尽くすまではこの凶器を〈少年王〉の体内から取り出すことすらできないことを〈王殺し〉は本能的に知っていた。

 苦痛にうめく体の上で無心に腰を振った記憶は苦いのに、思い出せば体の中に甘ったるい感覚がわきあがる。〈王殺し〉は白い肌を反芻しては再び欲望が首をもたげるのを感じ、そんな自分をただ恥じた。