26.  少年王

〈少年王〉に「あなたは、もはや王とは呼べない」と宣告した筆頭賢者は、せめてもの情けをかけるように自らの羽織っていた衣を一枚だけ投げ与えると、いったん北の塔を出て行った。衣類はすべて獣に破られ着用に耐える状態ではなかったので、〈少年王〉はありがたくそれで体を覆った。

 獣は逃げ筆頭賢者も出て行き、〈少年王〉だけが取り残された。

 意識を取り戻した瞬間の驚きや混乱が収まってくると、身体中のいたるところがひりひりと痛みはじめた。咬み傷や引っかき傷は軽いものだが、一番痛むのは尻の奥。怖がる〈少年王〉を抑え込んで獣が猛った生殖器をねじ込んできた場所だ。おそるおそる手を伸ばし入り口に指で触れるとひどく裂けているのか激痛が走った。

 これから自分はどうなってしまうのだろう。筆頭賢者は獣と交わったことを悪魔の所業だと言った。やはり自分は悪魔に魅入られていたのか。だからいくら祈ったところで雨は降らず、汚れた魂が獣を惹き寄せこんなことになったのか。

 ふう、と〈少年王〉はため息をついた。

 深刻な状況であるにも関わらずひどく投げやりな気分になっていた。〈あれ〉に散々なぶられ免疫ができていたせいもあるのか、自分が醜い獣に犯されたことに対して不思議なほど嫌悪はなかった。それどころかあの寂しい灰色の目が怪しい情熱にぎらぎらと光る様を思い出すと、体の奥に再び熱が生まれるような気すらする。大きな性器で強引に揺さぶられているときこそ痛くて怖かったが、獣に組み敷かれ、あの分厚い舌で敏感な部分を舐められるのは……思い出すと腰の奥が小さく疼く。

 でも、行ってしまった。

 今、何よりも〈少年王〉の心を暗くさせるのは、獣が自分を見捨てて去ったことだった。一体あの生き物はなんだったんだろう。なぜ自分の前に現れ、あんなことをしたのだろう。もちろん獣がここに残ったとすれば捕らえられひどい目に遭わされるに決まっている。彼が自らこの場に止まるそぶりを見せたならば〈少年王〉は何とか逃がしてやろうと躍起になっただろう。だが、その必要はなかった。獣は〈少年王〉が声をかけるまでもなく驚き怯えたそぶりで振り向きもせず去ってしまったのだ。唯一の友人に見捨てられた、その悲しみはじわじわと裸の胸に染み込んでいく。

 やがてざわざわと人の声と足音が近づいてきて、再び祈りの間の扉が開いた。と同時に十名近い重装備の兵士がなだれ込んできて、一気に石の台座の上にいる〈少年王〉を取り囲んだ。

「動くな!」

 隊長の紋章をつけた男が〈少年王〉に槍先を向けて、そう命じた。言われなくとも動く気も争う気もない。ただ、これまで自分を守ってくれる存在だった兵士たちがこうして武力を向けてきていることはひどく奇妙なことに思えた。

「気をつけろ。そいつは悪魔に魅入られて、獣と交わった。何か怪しい呪術で反撃してこないとも限らないから、注意深く捕らえろ」

 兵士たちの包囲網の外側から、聞き慣れた声が響いてくる。人々を刺激しないよう視線だけを動かすとそこには筆頭賢者と宰相が渋い顔をして立っていた。

 呪術なんて使えない。そんな能力があるならば何よりもまず雨を降らせていた。そう思うが〈少年王〉は言い返すことなく黙ってそのままうずくまったままでいた。きっと何を言ったって聞き入れてはもらえない。

 彼を囲む兵士たちの輪は「悪魔」「呪術」の言葉に警戒しながらもじりじりと包囲の輪を狭め、やがて〈少年王〉の腕を捻りあげると身動きできないよう体をロープでぐるぐる巻きにした。

「宰相殿、こいつ、どうしましょうか。殺しますか?」

 長いあいだ忠実に仕えてくれた臣下たちとは思えないくらい、彼らは恐怖と嫌悪でいっぱいの目で〈少年王〉を蔑んだ。

 宰相は、答える。

「いくら悪魔に魂を売ったとはいえ、現時点では我らが王であることには変わりがない。我々は公正に物事を進める必要がある。明日、王の処し方に関する審議会を開き、今後について相談する。今日のところは牢に入れて、逃げないよう見張っておけ」

 そして〈少年王〉は、暮らし慣れた広く快適な部屋とは似ても似つかぬ、冷たく暗い地下牢に連れて行かれた。だがなんということはない。そこは祈りの間と似たようなものなので、押し込められたところでそう驚きもしない。

「体を拭いて、着替えさせてやれ。明日、審議会に出すのにそんな格好ではさすがに差し支える」

 衛兵隊長は牢番にそう言い残して去って行った。

〈少年王〉の体は獣の唾液でベトベトにされた上に、自分と獣の精液や自分の血液で汚れたままだった。筆頭賢者にもらった衣でなんとか隠してはいたが、衛兵隊長の命令に応じた牢番たちが「悪魔に魂を売った〈少年王〉」の体を検分してやろうとばかりにその布を取り去ると、異様な情事の痕跡を色濃く残した体は男たちの前に晒された。

「すげえ、どろどろじゃないか。冗談かと思ったけど、本当に犯されたのか」

 興味津々に見つめられ、どうにか体を隠そうとするが、隠れる場所もなければ隠すものもない。せめて股間だけでも覆おうとしたところで細い腕は捻りあげられ、〈少年王〉はそのまま冷たい床に仰向けに押しつけられた。

「確かに子どもだが、高貴なだけあって、妙な色気はあるな」

 そう言って下卑た笑いを浮かべた男は、太い腕を伸ばすと〈少年王〉の小さな乳首をつねりあげた。〈あれ〉にも獣にも触れられた場所だが、こんなにひどくされたことはない。性感を高めるのではなく、折檻を目的とした動きに思わず〈少年王〉は細い叫び声をあげる。

「……痛いっ」

 びくりと体が跳ね、それを面白がった男はさらに反対側の乳首にも手を伸ばしひどく捻った。あまりの痛みに〈少年王〉の背中を冷や汗が伝う。

「う……、あっ」

「おい、見ろよ。真っ赤に腫れてきたぜ」

 だが、そこから先は用心深い同僚たちが止めに入った。

「おい、相手は男だぞ。それに今のところはまだ『我らが陛下』だ、妙な気は起こすなよ」

 釘を刺された男は慌てたように〈少年王〉の胸から手を離すと、言い訳をする。

「そういうつもりじゃないさ。ただ、衛兵隊長殿から綺麗にしてやれと言われたからな」

 そして、濡れた布を取り出すと乱暴に〈少年王〉の汚れた体を拭いはじめる。男たちは妙なことはしないながらも、興味深そうに〈少年王〉の体のあちこちでごわごわに固まった精液のあとを眺め、最終的には横たわる少年の脚を大きく開かせた。

「うわ、ひどいな。裂けてるぜ」

「こりゃ人間相手って感じじゃないな。やっぱり獣と交わったっていうのは本当なのか」

 そこを複数の他人にのぞきこまれていると思うと、羞恥で死にそうになる。だが職務に忠実な彼らは、散々観察して辱めはしたものの傷ついた場所をきれいに拭い薬をつけてくれた。それから、普段身につけているような上等なものではないが、清潔な新しい衣類を与えられ、ようやく〈少年王〉は少しだけ落ち着くことができた。

 くたくたに疲れているが、なかなか眠る気にはなれない。ずいぶん遅い時間になっても宮中は騒がしく、外から時折大きな物音や人の声が聞こえてきた。

「……ずいぶん騒がしいね」

 ぽつりとつぶやくと、見張り番の男が答えてくれた。

「あんたを犯した獣を捜索してるのさ」